処置
『美鈴の体内には、ワタシのナノマシンの一部が完全に隔離された状態で保管されています』
『どうしてなの?』
『それは、ワタシのナノマシンが美鈴の肉体にどんな影響を及ぼすか不明な点が多かったので、安全のための措置が必要でした』
『だったら、最初からそんなもの体内に入れなければいいのに』
『仕方がなかったのです。セイジュウロウの体液の中には大量のナノマシン群が含まれていて、突発事態に対応できませんでした』
『へぇー、じゃあ私も玲ちゃんも同じくあんたの感染者なんだ……』
『いえ、美玲はともかく、人類には無害で影響はありませんので……まあ、先程の一件を見ていると、澪が人類ではない可能性も否定はできませんが……』
『だったら、さっき急に化け物の心が読めるようになったのも、あんたのせいじゃないの?』
『そんなことはあり得ません』
『嘘つき。今、もしかしたらッて思ったでしょ。正直に言いなさい、ゴンちゃん』
『スミマセン……可能性はゼロではありませんが、イクラナンデモ、ソレハチガイマスヨ』
『まあいいわ。それで、そのナノマシンを使って鈴ちゃんの体を治すのね』
『はい。正確に言うと、美鈴の肉体そのものを、今のセイジュウロウの手足に近い組織に作り替えます。ただそれには時間がかかり、その間ワタシが一時も離れることなくナノマシンを制御する必要があります』
『で、どのくらいの時間がかかるの?』
『およそ72時間』
『丸三日間か。じゃあすぐに始めて。清十郎もいいわね』
『はい、お願いします』
俺はそれしか言えなかった。
ナノマシンの正確なコントロールのためには、身体的に安定した接触が望ましいとゴンに言われた。俺は機械の右手で美鈴さんの左手を握り、その隣へ横になった。
『セイジュウロウの身体の消耗を抑えるため代謝を下げて休眠状態にします。体温を保つために、美鈴と同じ布団に入ってください』
『水分補給や食事は?』
『二人とも不要です。処置後に栄養価が高く消化の良い食事を用意してください』
『三日間の断食か。澪さん、起き抜けの携行糧食は勘弁してくださいよ。では行ってきます』
『四人の秘匿回線はこのまま維持します。澪には村内の監視とケアをお願いします』
『わかった。朝になったら村長の家に行き、病気の治療中だと言って食材を貰って来るわ。これから三日間、頑張りましょう』
『澪さん、おやすみなさい』
『おやすみなさい。たいへんな一日だったわね』
『ワタシは並行して村内の欺瞞工作と雷獣の警戒を続けます』
『お願いね』
『今夜は澪も早く休んだ方がいいですヨ。後はお任せください』
翌朝澪さんは偽村長隆二さんの家へ行き、美鈴さんの体調急変とその治療のため最低三日は動けぬことを伝えた。
監視カメラで大筋を承知していたはずの村長は事情を察し、協力に応じてくれた。しかも、必要な薬や物資を提供しようと約束してくれた。
澪さんは主に自分のための食材を確保して、宿舎へ籠ることになった。
だが、その割にはできることが少ない。
『ねえゴンちゃん、今回の処置は、具体的に何をしているの?』
暇なので、必然的にゴンと清十郎に語り掛けることが多くなる。
『娘たち試作型アンドロイドの肉体は、最初にドクターが設計した大島晃の手足と基本的に同じ仕様になっています』
『うん、それは私も10年前に関わっていたからね。この間壊れた清十郎の手足と同じような造りなんでしょ?』
『はい。その基本となった技術は、徹底的に肉体の代謝を効率化して、食事による補給なしで何か月も活動可能な怪獣の組織研究から生まれています』
『ドクターは当時の最先端技術だったマイクロマシンによる組織の修復と再生を行い人間以上の能力を発揮しながら連続して活動できる肉体を設計しました』
『だからアンドロイドは、寝ないで働けるのよね……』
『しかしその技術は効率化を追うために、定期的に生体細胞を活性化し、リフレッシュする必要がありました』
『それが定期メンテナンスね』
『セイジュウロウは長時間の活動をしていなかったので、定期メンテナンスは不要でした。ほとんどの時間はカプセル内で仮死状態になっていましたから』
『確かにそうね。でも、2月に目覚めてもう一月半になるけど、大丈夫なの?』
『実は、セイジュウロウが眠っていた8年間に、私が開発したナノマシンによる肉体改編で、セイジュウロウの義肢は大袈裟なメンテナンスが不要となっていました』
『その措置を、鈴ちゃんにもしようとしているのね』
『はい』
『でも、何故もっと早くしなかったの?』
『それには色々事情があります』
『ドクターも知らないのね?』
『いえ、ワタシのナノマシンが今のセイジュウロウの手足に使われているのは、先日ドクターと相談して決定した仕様です。その他の素材も含めて、作り直した手足については全てドクター自身の手によるものです』
『でも、それは簡単にアンドロイドへ応用できる技術じゃないと』
『ワタシは八年かけてセイジュウロウの手足の改造をしたのですよ。正確に言えばセイジュウロウの義肢と美鈴の肉体は全く同じものではありません。本来は、どんな副作用があるか、もっとよく調べてから慎重に行うべきです』
『で、清十郎に8年かけてやったのに近いことを今、僅か三日でやろうとしているわけね』
『その通りです。でも、美鈴が大事に抱えていた救急キットには、セイジュウロウの新しい手足が不安定になった場合に備えてドクターが持たせた、様々な追加素材と安定剤などの薬品が含まれています。いざとなれば、それが美鈴に利用できるでしょう』
『そう言われると、清十郎の方まで配になって来るわ』
『大丈夫です。任せてください』
『さて、私はお茶でも入れて、心を落ち着けるわ』
澪さんが台所へ去った後、俺は今の会話を反芻しながらゴンに話しかけた。
『おまえ、大事なことを隠しているな』
『澪が気付かないことを、何故セイジュウロウがわかるのですか?』
いかな澪さんでも、AIの脳内言語からその隠れた意思をくみ取るのは困難だと思う。
『今回俺の手足の改修に当たりドクターの提案した、一般的な再生医療での回復を拒んだおまえの意図を、俺は知っているからな』
『スミマセン、セイジュウロウの肉体を元の正常な状態へ戻す機会を潰したことは遺憾に思います』
『ああ、いいんだ。再生医療には何年もの時間がかかるらしいからな。俺もまさか10日足らずでこんなに動けるようになるとは思ってもいなかったからな』
『ではセイジュウロウは、何を知っているのですか?』
『俺の手足の改修中に暇だったのでおまえと色々話しただろ?』
『はい』
『それを思い出したのさ』




