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接触

 

 夜になって雲が広がり、森は暗い。


 澪さんはヘッドギアの暗視ゴーグルを装着している。

 俺は今回の修復工事で両目ともゴンの強化した生体素材の眼球になっているので、以前より違和感がなくなり、視界良好だ。


 村を出て少しの間一緒に歩いたが、面倒なので澪さんを背負って走ることにした。


 雷獣の位置は、ゴンが飛ばしたドローンで高空から偵察し、ある程度は確認できている。

 今は俺の持つ受動センサーを中心に使い、周囲を警戒する。光や音響など電磁波以外の能動センサー類も利用するが、あくまでも短距離限定だ。


 雷獣以外にも、SS級の化け物がどこに隠れているかわからぬ夜の森だ。

 小型の怪獣に発見された時点で、雷獣に捕捉されることになる可能性が高い。


 声を出さずに澪さんと会話できるのが、幸いである。


 とはいえ、今のところ澪さんは、黙って俺の背中にしがみついているだけだ。

 暗い森をかなりヤバい速度で移動しているので、恐らく怖くて声も出ないのだろう。


『背中でお漏らししないでくださいよ』


『うるさいっ、これくらい平気だよ。昼間あいつに追われて逃げた時の方が怖かった』

『そうですね』


『でも、今までに出会った怪獣とは違う、何か嫌な感じがしたんだ。何か内に秘めた悪意のようなものをね』


『本当ですか?』


『私も、もう一度それを確かめてみたいの』



『見つけました』


 ゴンの言葉に俺は足を止めた。


 右側前方50メートルの位置にある大木の下には、キノコのような形をした小型怪獣が静止している。


 視界に、俺が歩くべきルートが表示された。


 ゴンのナビに従い、俺は慎重に音をたてぬように歩く。


 150メートルほど行くと、高台の木の上に白い毛皮に覆われた体が見えた。よく動く巨大な耳と直立させた太い尾が、アンテナの役割をしているのだろうか。


『電波を受信しようと高い所へ昇ってくれるので、こちらから発見するのは楽なんだな』


『はい。この森では隠れる必要もない、ということでしょう。これ以上近付くのは危険です』


『あれが、雷獣なの?』

 俺の背中から降りようともせず、澪さんは体を強張らせている。


『澪さん、大丈夫ですか?』


『………』


 澪さんは魅入られたように雷獣を見つめたまま、動かない。


『どうですか?』

『わかる。あの獣の意志が見える。あいつが捜しているのは村でも鈴ちゃんでもない、清十郎、あなたよ』


『何で俺が? っていうか、どうしてそんなことがわかるんです?』


 澪さんは背中でぶるっと震えた。

『知らない。けど人の顔を見てその心が手に取るように見えるのと同じで、あの怪獣の心の中が見えてしまう』


『まさか……』


『あいつは最初、村に近付く人間を待ち伏せして狩っていた。それが、与えられた命令……誰に与えられた? それがグランロワなのかしら……』


『グランロワだって?』


『でも今日接近するフライングカーを落として逃げる私たちを見て、優先順位が変わった。今あいつの心の中にあるのはあなただけ。清十郎を捕まえ、呑み込むことが最優先の命令』


 何を言っているんだ、この人は?


『澪は、ついに怪獣の心まで読むようになりましたか?』


『えっ、まさか。私、そうなの?』

 自分でもその異変にはっきり気付いていないようだった。


『それなら、清十郎が囮になれば雷獣を村から引き離すことが出来ます』

『それは、おまえも一緒ってことだぞ』


『下手にフライングカーを呼べば、被害が大きくなります。明日の朝、ワタシたちだけで片付けましょうか?』

 ゴンがやけに強気だ。


『手持ちの武器で、勝算はあるのか?』


『肉体のアップグレードを終えた今のセイジュウロウなら、武器無しでも勝てると思いますが』

『嘘?』

『本当です』


『そういえば俺の体、どうなってるの?』

『ドクターと三人で話し合ったじゃないですか?』

『そうだっけ?』

『覚えていないのですか?』


 確かに、元のチタン合金の骨格が歪んでいるので、もっと軽く強度のある新素材で骨格から作り直すと聞いたけど……』


『右腕はロケットになって飛んでいきます』


『嘘だろ?』


『嘘に決まっているじゃないですか。これは定番のギャグですよ』


『だからお前のジョークは笑えないって、何度言えば……』


『その緊張感のカケラもない頭の悪い会話を今すぐ止めなさい!』

 澪さんは、俺の背中で震えながら怒っていた。


『とにかく、一度村に戻って作戦会議よ』

『はい』


 俺は回れ右をして、村へと戻る山道を辿った。



 村人の寝静まった夜の村をぴょんぴょん跳ねて宿舎へ戻り、美鈴さんの様子を確認する。


 ちなみに、村長の家の猟犬は面倒なので、行きがけに薬で眠らせておいた。


 どうしてそんな薬を持っているのかとゴンに聞いたら、何でもないように『今、合成しましたが、何か?』と答えられて何も言えなかった。


 本当なのか?


『ねえ、鈴ちゃんの様子がおかしいの』

 澪さんの切実な声が頭に響く。


 俺は澪さんの隣へ座り、美鈴さんを見下ろす。


『呼吸が荒くて、熱があるの。アンドロイドがこんな状態になるのは、見たことがないわ』


『ゴン!』

『これはまずいことになりました。今すぐメンテナンスに入らないと、明日までもたない可能性があります』


『すぐに救援を呼んで、怪獣退治に行くか?』

『それでも間に合わない可能性があります。何しろドクターと美鈴本人以外にその処置ができる人材は、全国に何人もいませんので』


『じゃあ、どうするのよ』

『一つだけ、可能性のある処置があります』


『何だ?』

『ワタシが、この場で美鈴の体を処置します』


『そんなことが出来るのか?』

『わかりませんが、それに賭けるしかないでしょう』


『わかった。頼む』

『お願い、ゴンちゃん。鈴ちゃんを助けて!』

『承知しました。全力を尽くします』


 


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