隠れ里
『風力発電機からのケーブルを辿り、村の全貌を掴みました。この村のシステムは既にワタシの支配下にありますので、ご安心を』
『システムって、そんな大層なものがあるのか?』
『はい、発電機や監視装置だけでなく、地下の施設全般と農林業などを含めた村のあらゆる運営管理には、ちゃんとしたAIが導入されていますね』
『仕事が早いな』
『いえ、雷獣に悟られぬよう慎重に動きましたから、これでもかなりの時間を掛けましたが』
『はいはい。あとは得意の欺瞞工作を頼みますよ』
確かに、ゴンの時間感覚は俺たちとは違う。危険を冒さず確実に進めていたのだろう。
「ゴンが村の基幹システムを押さえました。もう遠隔からの盗聴に干渉できます」
一応俺は周囲を見回して、近くにも人がいないのを確かめる。
「じゃあ、私の仕入れた情報と突き合わせてみる?」
「お願いします」
先程の短い会話の中で、澪さんはどこまでこの村の秘密を掴んだのだろうか?
「ではまず、この村の本当の村長はあの男じゃないわね。あれはせいぜいセキュリティ主任、ってところかしら」
「ほう」
「今話していた二人は、私たちを外で監視していたわね。恐らく村長かそれに近い立場の人たちだと思うわ」
「俺たちを監視しながら、話すタイミングを待っていたとか?」
「そうね、そんな感じ。この村の本体は地下にあって、各家の中にはその出入口が隠されているはず。住民の数はきっとあの男が言った数の四倍程度。百人くらいかしら」
「へえ」
『その通りです』
ゴンが頭の中で答えた。
「その通りだって。っていうか、どうやっているか知らないけど、ゴンの言葉は美鈴さんにも伝えられるんだよね。澪さんとも話せるようにならないの?」
正直、いちいち俺がゴンの通訳をするのは面倒だ。
『セイジュウロウの許可さえあれば、すぐにでも可能です』
『よし。じゃあ澪さん、美鈴さんとの秘匿通信を許可する』
『ではこれより、澪、美鈴、セイジュウロウとワタシの四人だけでのコミュニティが成立しました』
『えっ、ナニコレ?』
『ワタシをハブとして、秘匿された言語通信を四人で共有しています。久しぶりですね、澪』
『あんた、アオちゃんか』
『澪には聴覚へ直接音声信号を割り込ませています。今のワタシの名は、権十郎と言います。ゴン、とお呼びください』
『はい、ゴンちゃん。あんた何で今まで出て来なかったのよ!』
ゴンを介しているので、俺には澪さんと美鈴さんの言葉が音声ではなく脳内言語として伝えられている。
『澪さん、そんなことはいいから、村の話をしましょう』
『もう、勝手なんだから。鈴ちゃんはずっと話していたんでしょ?』
『いいえ、清十郎さんが2月に目覚めてからです。でもスミマセン、澪さん』
『親の目を欺くなんて、ひどい娘を持ったわ……』
俺たちは立ち止まり、村の最上部から全景を眺め下ろしている。
春まだ早い高原の畑は地面のうねりに沿って曲線を描く土の色だが、手入れが行き届いていて美しい。
『でも、それって凄いことですよ、澪さんの目を欺くなんて』
『あんたたち二人とも、平気でそれをやっているんですけどね。清十郎だって未だに何考えているのか時々わからないし。ホント自信喪失よ』
『しかし、澪の言う通りこの村の人口は百人程度ですし、本当の村長は今話していたあの男です。まあ、大統領とファーストレディといったところでしょうか。澪はもっと自信を持ってください』
『うん、ありがとう。それは自信があったけど……そもそもこれは何なの? 電波は使っちゃ駄目なんでしょ?』
『近距離なので微弱な電磁波も使用可能ですが、今は澪のDNスーツを介して赤外線レーザーにより通信しています』
『そういえば、清十郎が私のスーツの個人認証をハッキングしていたわよねぇ……』
『澪さん、そこは深く考えないでください……』
『そうね。細かいことを気にしたら負けだわ……で、続きを言うと、ここの住民は地下に築いた町で暮らしているようね』
『どうしてそんなことを?』
『多分、あの偽村長の言っていたことが意外と真実に近いのではないかしら』
『というと?』
『1999年の夏、たまたま軽井沢周辺の別荘地にいた当時の金持ちや特権階級の一部が、帰る場所を失い怪獣に追われて浅間山の北側まで逃げた。そんなところかしら』
なるほど。だから地元の農家など知っちゃいないと。
『だけど一般的な自然派の村と違って、ここの人たちは森に溶け込み密やかに暮らそうなんて望んじゃいなかった。多分、当初はこんな山の中にいつまでもいる気はなかったんじゃないかしらね』
元々、好んで山の暮らしを選んだわけじゃない、ということなのか。
『でも安全な山奥から怪獣に囲まれた街へ戻るための勇気も力もなく、逃げ隠れして暮らすうちに、最後は似たような境遇の人間が集まって村ができた』
たぶんそんな感じだったんじゃないかしら、と澪さんは言う。
『村が出来てからは武装商隊との付き合いが始まり、近隣の街が立派に再建されていると知った時には、彼らには地位も名誉も財産も含めて、何の特権も残っていないことに気付いた……』
ゴンがその裏付けを取っていた。
『澪の推測は、大体合っています。軽井沢だけでなく、周辺の街から怪獣に追われて山へと逃げた地元の有力者が中心に集まり暮らしたのが、この村の起源のようです』
『澪さんは、どうしてそんなことまでわかるんですか?』
『私は自然派集落の人や武装商隊の人とも話したことがあるけれど、こんなに階級社会の臭いがする場所は聞いたことがないわ。私には、封建時代から続いている農村のように感じる』
『俺にも、前世ではお馴染みだったヒエラルキー構造の懐かしい香りを感じます』
『そうね。ここは数少ない二十世紀の文化遺産のような場所かもしれないわね。でもこんな場所をグランロワが見逃していたなんて、驚きよ』
『もしかして、あの雷獣のターゲットはこの村なのか?』
『それは考え過ぎでしょう。雷獣はこの村のことを既に知っていて、放置しているようです。他の人間をおびき寄せる囮として利用しているのかもしれませんね』
『なるほど』
『それに、ワタシの調べたところでは、この村には怪獣に対抗できるような武器はありません。ただ、武装商隊との関係は密で、ワレワレの宿泊先は彼らが普段利用している宿舎です』
『じゃあ、あの家にも秘密の地下室があるのね?』
『武装商隊の宿泊する近代的な部屋が地下にありますが、そこに泊まりたいと頼んでみますか?』
『いや、止めておくわ。あの家で十分よ』
『まあ、俺たちに対する害意もなさそうだし、連中もそっとしておいてほしい、というのが本音なのかな?』
『怪獣と戦うのは専門家である武装商隊に頼り、彼らとの関係を密にして、地下に物資を揃えて快適な暮らしを送っているようです』
『なんだ、どこかの島の大使館みたいじゃないですか』
『まさか、全然違うわよ。今度セイジュウロウも小日向台へ招待してあげるから』
『そうですね。澪さんのおうちはもっと解放感に溢れています』
『美鈴さんは、あの魔窟の中を知っているのですか?』
『こら、魔窟とは失礼な。南太平洋諸国連合は貧乏だけど、いい国よ。こんな100人足らずの山村と一緒にしないで』
『うーん、それはどうだかなぁ~』
「せっかくだから、村の中を一周して戻りましょう」
美鈴さんの提案で、俺たちはゆっくり畑の中の小道を進んだ。
だがその時、特製のポンチョを被った美鈴さんの顔色が蒼白になっていることには、ゴンでさえも気付いていなかった。




