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集落

 

 里の中は緩い斜面に何段かの田畑が作られていて、村長の家はその中央付近にある。

 俺たちの宿泊する家もそう遠くない場所に建っているが、近くに他の家はない。


 村の中はきれいに除雪されていて、ぬかるみもなく歩きやすかった。日当たりの悪い裏庭や道端には山になって溶け残る雪を見かけるが、畑の雪は解けてもう春のたたずまいだ。


 他には防風林に囲まれた木造の家屋が数件と、納屋や物置小屋のような建物が畑の間に点在している。


 全体の雰囲気は江戸時代の田舎村風なのだが、村の一角にはしっかりとした造りの大型ビニールハウスが整然と並んでいる。

 俺のいた時代の近代農業に似た雰囲気で、中には様々な作物が密植されてよく育っていた。


 素人目にも、この村の住民で自家消費する分だけにしては、収穫が多すぎるように感じる。



 だがそれよりも、先ほど村長が言っていた武装商隊というのが俺は気になった。


「澪さん、村長が言っていたことは本当ですか?」

「いんや、あの男の言うことは嘘ばっかりだねぇ」

「やっぱり」


「武装商隊というのは?」

「ああ、少人数で山暮らしをする連中には、ここみたいに原始的な暮らしをしてひっそりと定住する者と、積極的に怪獣を倒しながら移動して暮らす人たちがいるのさ」


「その部分は本当なんですね」

「そう。武装商隊と呼ばれる、近代兵器で武装して山中を移動しながら暮らす連中がいて、時々街に寄っては怪獣素材を売り、武器や食料を仕入れている」


 この辺りなら高崎や前橋辺りの街へ行くのだろうか。


「山を移動しながらこういう世捨て人の村を結ぶネットワークを作っていて、最低限の物資や日用品を手に入れる貴重な手段になっている。だから、商隊というんだな。同時に街にも貴重な情報を伝えているんだ」


 村長が所持していた猟銃なども、怪獣はともかく危険な野生動物から身を守るためには必要な武器なのだろう。


「でも、この村はちょっとおかしいですよね」

 美鈴さんがそれとなく見ている方角を、俺もちらっと見る。


「あの針葉樹林の中に偽装している三角錐は、発電用の風車ですね」


 そう言われてよく見ると、林の中へ点々と、緑色に塗装されたドラム型の風車が回っている。


「そういえば、この村は獣除けの電気柵でぐるりと囲まれているんですよね」


「武装商隊も、装備の充電や補給のためにここへよく来ているのかも。いや、それどころか、奴らの拠点の一つだったりして」


 澪さんの言うことは極端だが、既に何かを感じているのだろう。

「宿舎の監視装置と言い、ここは偽装された小村、ですか」


「ああ、その通り。村長が言うこの村の人口も、嘘だな。きっと地下に大きな居住スペースが隠されていて、その数倍の住民がいるのだろう。その辺は村人にそれとなく話しかけて、色々聞いてみようか」



 澪さんは一段上の畑で作業をしている二人の男女に向かって、細い畦道を歩いて行く。

「こんにちはー、今日は暖かいですねぇ」


 DNスーツを着ていない村人にとって、ここの風はそれなりに冷たいのではなかろうか。だが村人は腰を伸ばして俺たちを見下ろした。おばさんの方が笑顔ですぐに答える。


「東京から来たっつうお客さんかい? 災難だったねぇ」

「いやぁ、この村のおかげで助かりましたよ。ありがとうございます」


「でも早いとこ商隊の人たちが来て、雷獣を倒してくれないかねぇ」

「そうだ、最近来ねえけど、あの雷獣がいるせいじゃないだろうか……」

 おじさんの方も手を止めてこちらを見た。


「お二人は何をしてるんですか?」


「ああ、こっちも雷獣のせいで電気柵が使えねぇもんで、獣が村の中へ入って困ってるのさ。だから今は、イノシシの通り道に罠を仕掛けてるところだぁ」


「へえ、そりゃ大変だ」


「あんたたちも、ほれ、この目印のある所には近寄るなよ。罠に掛かるからな」

 そう言って細い竹の棒の先に縄を結んだ目印を見せる。


「ああ、でもイノシシが取れたらシシ鍋食わせっから、楽しみにしてな」

「おお、シシ鍋ですか。そりゃ楽しみだ!」

 つい俺は身を乗り出してしまう


「下のビニールハウスの野菜も見事ですよね。あんなに沢山作って食べきれないでしょう?」

「なぁに、そろそろ商隊の連中が食いもんを求めて来る頃なんだがなぁ」


「ねえ、おじさんたちはどこの家に住んでるの?」

 無邪気そうな声で、澪さんが問う。


 きっと目論見通りにローティーンの小娘と思われているだろう。

「ああ、俺たちは息子夫婦と一緒にあそこの家に住んでるんだぁ」

 そう言って村の上方に立つ立派な屋敷を指差した。


「わあ、あれって村長さんの家より立派ですよね?」

 澪さんは同じような笑顔で見上げる。まさか彼女が幼女の皮を被った悪魔だとは思うまい。


「はは、村では上の方にあるのが格の高い家だからな」

「どうして?」


「そりゃ、あんた。山から引いた水を一番に使う権利があるからさ」

「なるほど」


「じゃ、村長さんの家は中くらい?」


 話を聞いていたおばさんが、笑って口を挟む。

「はは、そんなのは昔の話だ。今は水利も家の格も、何も違いがないでよ。少ない人で仲良く暮らしているんだからよ」


「ふーん」


「井戸を掘ったりはしないんですか?」

「ああ、ねえな。沢から引いた水で十分間に合ってる」

 田畑に引く水は、上部の池に溜められているようだ。


「わたしたちは東京の地下に街を作っていますけど、怪獣の襲撃に備えて逃げる場所はないんですか?」

 俺と美鈴さんが畳みかけるように話すと、おじさんは少し嫌そうな顔をした。


「野菜を保存する室が地下にあってよ、そこが避難所になってるんだぁ」

「あら、じゃあずいぶん大きな穴があるんですね」


「ああ、ここらは寒いが雪はあまり積もらねえから住みやすいが、その分一年中怪獣の備えをしておかねえとな……」


 恒温動物でない怪獣は寒さに弱く、特に雪国には少ない。

 ここは高原だが北西の山から吹き下ろす上州のからっ風のおかげで雪は少ない。だが俺の生まれた場所よりも、かなり気候が温暖化している印象だ。


『そろそろいいでしょう』

 ゴンの指示で、俺は挨拶をしてその場を離れる。


 短い会話の中でも、澪さんが十分に言葉にならない情報を仕入れたに違いない。

 


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