終着点
明かりの消えた地下通路に崩れた強化コンクリートの塊が積み重なり続いている。
ハンマーで崩さなくても投げ放題だが、敵の姿はない。
部分的に生き残った非常灯が僅かに瞬いているのが遥か先に見える。
ここでは区画の閉鎖も間に合わずに、長い通路が数百メートル先まで延びているようだ。
『この一帯は最も強いジャミングにより、無線通信はもとより既存のあらゆる電子デバイスが遮断され、沈黙しています。恐らくそれ専門の怪獣がこの近くに今も潜んでいるのでしょう。今の私の技術ではこの状況を打開できません』
ゴンの言葉が心底悔しそうに聞こえる。
負けず嫌いの全能AIがここまで完全降伏するのだから、絶望的な状況なのだろう。
だがここは三か所あった侵入口の一つに過ぎない。
既に外部の討伐隊が侵入口から内部に入ったという情報はゴンも確認している。
連絡が取れないだけで、彼らが近くにいる可能性はある。
『その可能性は否定できません』
『その場合の一番簡単な連絡手段は何だと思う?』
『わかりました。お願いします』
「討伐隊員の富岡です! 誰かいますか?」
俺は叫んだ。
「誰かいませんか!」
俺はそう叫びながら、近くの崩れた壁の中でむき出しになっている空調のダクトを破獣槌で軽く叩いた。
反響音の解析によりゴンが周囲の状況を把握するためだった。
俺は先へ歩きながら、時折壁や床をハンマーで叩きながら先へ進んだ。
『そこを右に曲がって次をまた右に曲がり、今来た方角へ戻ってください』
ゴンの言う通りに進むと、その先に明かりが見えた。
それは、夜明け前の東の空だった。
『大きく崩れた崖の斜面から、東の空が見えています。ここが侵入口で間違いありません』
俺は立ちすくんだまま目前の光景を見ていた。
『これ以上近寄ると、崩落の危険があります。ここから討伐隊が侵入した形跡は確認できません。付近には怪獣の気配もないようです。あの直線通路の奥を目指しましょう』
俺は今来た道を引き返し、再び暗い通路へ戻った。
再び大声で周囲に呼びかけながら、時折ハンマーで剝き出しの金属や丈夫そうな壁面を叩く。俺の視力は強化されているので、この程度の暗さは苦にならない。
だが俺の声に寄って来る怪獣も応答する人の声もなく、静かなままだった。まるでこの都市が死の世界に囚われたかのように、動くものは何もなかった。
『ジャミング範囲から抜け出せそうです』
ゴンがそう言うのが聞こえたかのように、十メートルほど先の壁の中が揺れて、壁面に大きな亀裂が広がった。
右側の崩れた壁の瓦礫の中に埋もれていた怪獣が、突然動き始めたのだ。
それは、かなりの大きさだった。
『休眠中の怪獣が再活動を始めたようです。我々の接近がトリガーになったのでしょう』
『任せてくれ。ここには投げる物が幾らでもあるからな。腹の中にダメージが通らないよう手数で弱らせて勝つ』
俺は宙に浮いた巨大ナマズの頭に礫を集中させて、難なく葬り去った。
『もう手慣れたものですね』
『ああ。生存者を守りながら闘うことがなければ、気楽なものだ』
『その生存者を発見しました。かなりの人数です』
『どこだ?』
『この先300メートル』
その後も行く手を阻む雑魚怪獣との戦闘で更に満身創痍となり、弾薬もエネルギーも尽きている。それでも俺は、瓦礫の投擲と破獣槌による打撃で戦い続ける。
逃げ遅れた市民は守備隊の生き残りを中心に、数十人が砦を築いて抵抗を続けていた。
取り囲んだ数体の怪獣が、そこへ波状攻撃を仕掛けている。
とりあえず注意をこちらへ引き付けるために、俺は遠距離から瓦礫を投げる。
驚いたことに、その怪獣は瓦礫が当たってもびくともしなかった。
ひときわ大きな体を持つその獣は、頑丈そうな装甲を持つアルマジロに似た獣だった。
俺は接近して破獣槌を使うが、堅く分厚い背中に弾かれてしまう。
アルマジロは弱点であろう体の内側を守るように丸まり、俺に向かって転がり迫る。
それを両足の蹴りと破獣槌の一撃で軌道を逸らしながら何とか躱し、観察した。
網目になった固い皮膚の間に、伸縮する部分がある。すれ違いざまに堅い装甲の隙間へ破獣槌でピンポイント攻撃を放つ。
これには手応えがあった。
一瞬アルマジロが震える。
だがすぐに体を固く丸め直して、次の攻撃に移る。
再び蹴りとハンマーで突進を捌いて、装甲の隙間を攻撃する。
何度か繰り返すうちに丸まっていた体が伸びて、やっと剥き出しになった頭に破獣槌が届いた。
夢中で頭部を連打し、どうにか止めを刺すことができた。
続いて空から襲い掛かる巨大甲虫の群れを、破獣槌で次々に叩き落とす。
傷んだ左足を庇っているうちに、両足の機能が更に低下していた。
アルマジロへの無理な攻撃と移動により、両足の感覚が奪われていた。
甲虫が繰り返す空中からの攻撃を避けているうちに、遂に歩くこともままならなくなった。
俺はバリケードに背中を預け、どうにか立ったまま、バッグの中に残っているコンクリートの欠片を投げつけて凌いだ。
だが甲虫も警戒して距離を置き、容易に近寄らなくなっている。
そのうちバッグの中の瓦礫も尽きた。こういう時に限って、周囲には瓦礫の欠片ひとつない。
既に右腕の力も衰え始めていて、壁や床を割って瓦礫を作る勢いも失われている。
『なあ、最後に21世紀らしい逆転の必殺技みたいなのはないのか?』
万事休して最後に破獣槌を投げつけようかと悩んでいたが、今夜の闘いを締め括る一撃にしては情けない。
情けないと言えば、ここまでの冗談のような俺の戦闘姿だ。
モップの柄と包丁の槍に、中華鍋の盾。そして手当たり次第に物を投げつける、ガキの喧嘩のような戦い方。
『肉体の機械部分の機能を制限して、セイジュウロウの体内に残る生体エネルギーを電力へ変換して破獣槌へチャージします』
『そんなことが可能なのか?』
『理論的には可能です。ただ、生命維持機能への影響については保証できませんが』
『構わない、遠慮なくやってくれ。でも銃を撃つ余力くらいは残しておいてくれよ』
俺は久しぶりに破獣槌を銃の形態に変えた。
右手で銃を握ると見えない接点から銃への電力供給が始まる。
動きを止めた俺に向かって、甲虫どもが警戒しながら近寄るのが見えている。いいぞ、もっと近くへ来い!
そしてそのまま数分の時間が流れる。
本当に俺自身の肉体からのエネルギー供給で、何発分かのチャージが完了した。
だが、俺の残存エネルギーを徹底的に搾り取ったようだ。
俺は霞む目で甲虫の動きを追い、辛うじて感覚の残る上半身を動かして、必死にレーザー砲を保持した。
照準はゴンに任せて放ったビームは、的確に残る甲虫を撃ち落としていく。
だが俺の悪運もそこまでだった。
新手の怪獣が視野の端から現れた。
それは大きな口を持つ太ったヤモリだった。
8本の脚を持つ巨大なヤモリが壁に貼りついたままゆっくりと近付いて来る。大きな目玉を俺に向けて、ニヤリと笑ったように見えた。
俺はその時既に、生体エネルギーの枯渇により保護モードへの移行が秒読み段階に入り、視界の隅にはカウントダウンの数字が表示されていた。
この世界の人間は、怪獣に食われる際に無駄な抵抗をして肉体の損傷を受けないようにする訓練を受ける。
いよいよとなれば潔く食われた方が生還率は僅かでも上がる。だが訓練通りに無抵抗で怪獣に食われる人間は少ない。
本能的に、人の体は危険と恐怖から逃げようと反応してしまうのだ。
俺の場合は、事前にゴンが肉体を無抵抗化してくれる。
まあ今はそれよりも、抵抗したくても既に体が動きそうにない。
『この新兵器はエネルギーの消耗が大き過ぎましたね』
『ああ、威力はあったがちょっと大食いだったかな』
『改善箇所は洗い出しましたから、次に制作するときにはフィードバックできるでしょう』
『ああ、もし生きて戻れたら、頼むよ』
『はい、任せて下さい』
『おい、俺が死んだらおまえはどうなるんだ?』
『何を言ってるんです。我々は一蓮托生ですよ』
そして、俺の前にヤモリの大きな口が広がった。




