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限界

 俺が床に大の字になって休んでいる間に、ゴンがこの閉鎖区画内を丁寧に再探査していた。

 この区画内にあったデバイスがほとんど停止しているので、俺の移動中や戦闘中に蓄積した振動や音響などのデータをベースにして、解析を進めている。


 侵入開始時から集められたUSMの全データを外部の計算能力も使い洗い出し、再検討して埋もれている情報をかき集めるために、相当の能力を傾注しているようだ。


『現在活動停止中の個体を、六体確認できました。恐らく満腹で仮死状態へ移行する途上の大型個体と思われます』


 満腹か。俺も、行動食がまだあったはず。

 思い出して、胸ポケットから最後の非常食を取り出して口に入れた。


『この区画で動いている怪獣は、今闘った三体のような小型の遊撃タイプの生き残りだけでしょう。しかし見境なく生き残った人を狩るだけの存在は、非常に危険です』


 俺が下層で出会った怪獣パーティの前衛や中衛にいた化け物どもは、殺さない程度に人を襲って後衛の大型獣に人を食わせる役目を担っていた。


 少なくとも生きているうちに食われてしまえば、約七割の生還率に賭けることが出来る。

 重症のままその場に放置されるよりも、生き残る確率が高いかもしれない。


 傷ついて、大型獣に食われることなく放置されれば、出血多量やショック状態になり生命が危険に晒される。


 攻撃に対抗して強く反撃をした場合には、即死の危険も高まる。


 このまま小型獣を放置すれば、この区画に僅かに生き残った人々の命が危ない。


『生き残っている人が合流して幾つかの集団を作り始めています。それを狙って怪獣も動き始めました。セイジュウロウ、まだ動けますか?』


『ああ、まだまだやれるぞ。どこへ向かえばいい?』


『では、この通路を先に行き、二つ目の角を右へ曲がってください』

『わかった。行こう』



 それから俺は破獣槌と鉄槍を武器に、更に数体の小型獣と戦った。


 俺の到着が間に合わず襲われ、傷ついた人も何人かいたが、それでもどうにか命だけは救うことが出来た。


 だがまだ討伐隊の本体はここへ現れず、安心はできない。


 怪獣たちの通った上の階層からの通路は、俺が下のピクニックゾーンから登って来たスーパーマーケットの大穴近くにあって、付近に動くものはいない。


 鉄槍は折れ曲がり、包丁を括り付けた最後の手造りの槍も穴の開いた中華鍋も壊れたが、残弾僅かな破獣槌だけは無事だった。


 残る四体の怪獣を討伐すれば、この区画で動いている怪獣は殲滅できる。

 そのパーティを前方に目視できる距離まで、俺はやって来た。幸いにして、付近に人の姿はない。


 曲がり角から左の脇道を覗き見たその四体の姿も、完全な体ではなかった。

 後足が一本ないバッタと前足の鎌が折れたカマキリ、それに血塗れのシロクマと牙の折れた六本脚のワニ。


 壮絶な戦いがあったようだ。


 恐らく最初の襲撃時に抵抗した、守備隊との闘いの結果だろう。


 接近戦を避けたい俺は、最後にとっておきの隠し玉をバッグから取り出した。文字通り、ボーリングの球のような重く黒い物体である。


 これはレストランの厨房で槍を造った時に仕込んだものだ。石焼ビビンバの器を二つ合わせてガムテープでぐるぐる巻きにしている。中には小麦粉がぎゅうぎゅうに詰まっている。


 いよいよ火力が失われようとしている今、これが最大化力を誇る最終兵器だった。


 手始めに、小麦粉や粉胡椒などを入れて厨房で目くらまし用に造った、ガラス瓶の手榴弾の残り全てを投げつけた。


 怪獣に当たり砕けて飛び散る白い粉のおかげで、一時的に敵集団の視界を奪った。


 最後に石焼ビビンバボールを一番硬そうなワニの頭に全力で投擲し、それが怪獣に命中して砕けた直後、最後の一発となるバイパーを同じ場所へ打ち込んだ。


 バイパーの爆発が引き金となり、巻き散らされた微粉末により怪物たちの真ん中で小さくない粉塵爆発が起きた。


 連鎖した爆発によりその一帯は強烈な爆風で吹き飛ばされ、バラバラになった怪獣の死骸の上にまだ生きていた自動消火設備が消火剤の雨を降らせた。


『まさか、生き残った奴はいないだろうな?』

『大丈夫です。この区画の動く怪獣は、一掃しました』

 俺は大きく息を吐いて、再びその場に倒れ込んだ。



『何故屋内で戦闘をしているのに、パワーパックのチャージができない!』

 俺は苛立っている。


 弾薬が尽きるのは仕方がないが、せめて予備のパワーパックの電力をチャージできる場所があればもっと楽に戦えたのに。


『仕方がありません。僅か一日で組み立てただけなので、周辺のパーツは旧規格の余り物で制作されていました。試験に間に合わせただけの試作品ですから、ここまで事故無く使えたことを、幸運と思わねばなりません』


『そりゃそうだけど、せめて充電器も持ってくればよかったのに』


『いえ、この充電器は倉庫の壁面に埋め込まれた機械に付属していました。何かの古い自動機械の部品なのでしょう。あれはセイジュウロウでも持ち運びは難しいと思います』


 そこまで言われて、俺も少し頭が冷めた。


『派手に撃ちまくるガンマンになるつもりが、ここまでガマンを強いられるとは……』


『セイジュウロウのジョークはちょっとわかり辛いですね』

『うるさい、黙れ!』


『でもこれはよくできた試作品です』


『そうだな、俺が間違っていた。すぐに壊れて当然の試作品が、ここまでずっと役に立ってくれたんだ。ここまで仕上げてくれたエルザさんに、俺たちは感謝しなけりゃならない』


『ワタシもそう思います。使用済みのエネルギーパックは、投擲用の武器として利用しましょう。ここから先は、打撃用ハンマーとしての耐久試験になります』


『ああ、わかったよ』


 最初に現れた巨大怪獣は猿人がアザラシを大砲代わりに使って俺たちの度肝を抜いた。

 仲間の体とはいえ、怪獣が道具を使ったのは初めての経験ではなかったろうか。


 今回地下で遭遇した怪獣たちも知能が低いせいなのか、武器を使うものはいなかった。

 だがその結果、敵の武器を鹵獲ろかくすることもできず、俺は消耗戦を強いられている。


 俺は強化コンクリートむき出しの壁をハンマーで強打し、割れたかけらを拾い集めて投擲用の礫として鞄に放り込んだ。



 ボロボロの体を引きずるように、俺は通路を戻り、床に大穴の開いているスーパーマーケットの近くへ戻った。


 スーパーの並びに、花屋というよりもっと大きい植木屋のような広い店があった。


 ホームセンターの園芸用品売り場とちょっとした植物園と、植木市のついでに子供相手に開いた縁日の屋台のような会場を、大型台風が通り過ぎていった後のような、お馴染みのカオスに満ちた場所だった。


 ここにも、人の姿はない。


 だがこの公園のような開けた場所の奥に避難通路があり、そこから怪獣たちはこの区画へ降りて来たのだった。


 遂に、俺はその避難階段を登り、怪獣どもが侵入してきた階層へ到達した。


 


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