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全力

『セイジュウロウ! 例の卵です!』


 ゴンの言葉に、俺は分身を生み出したヘラジカを思い出して叫んだ。


「それはクラゲの卵です! 子クラゲになる前に倒して下さい!」


 俺も急いでそこへ駆けつけようとするが、その間に分身体は見る見るうちに膨らんで成長し、その場の鉄槍が刺し殺すことが出来たのは一体だけだった。


 再び2体の子クラゲが宙に浮かび、鋭い爪を持つ四本の脚が人々の頭上を襲い始める。


「くそ、またやり直しかっ!」

 残った人たちの絶望的な声が響く。


「親を叩かない限り、こいつらは無限に増えるのか?」

 そんな苛立つ声が聞こえて、俺も腹が立った。


『ゴン、一気に片をつけるぞ!』

 最早、左足を庇っている場合ではない。全力で行く。

『やりましょう。殲滅します』


 俺は左手に柳葉包丁、右手には食器棚のパイプに出刃包丁を括り付けた自作の槍、肩には破獣槌を入れたダッフルバッグを斜めに掛け、背中に穴の開いた中華鍋を背負っている。


 大陸の人民蜂起といった趣の突進だ。


 左足の膝は曲がらないので固定しているが、右手の槍を杖代わりに使い、かなりの速度で走る。

 子クラゲの前まで行くと鋭い鈎爪を持つ脚を槍で突き刺し、包丁で切り裂いた。


 右手のパワーを全開で振り回せば、クラゲの回避速度など止まっているようなものだ。

 俺の左手はそこまでのパワーはないが、敵の動きが見える、ということは大きなアドバンデージだった。


 ここまでの闘いで学んだのは、俺のアンバランスな肉体の使い方だ。


 生身の部分へ負荷を掛けまいと、どうしても安全運転の中途半端な戦いに終始してしまう。しかしここ一番の時にサイボーグパワーを有効に使うためには、そのリミッターを外す覚悟が必要だった。


 それに役立つのが、俺の両目とゴンの持つセンシング技術だった。


 拡張された視力が敵の動きを察知し分析し、予測する。

 俺には感じられない空気の動きや音と振動を加えて分析したゴンの指示で、左手に持つ柳葉包丁は最短距離で動いて敵の攻撃を逸らし、あるいはカウンターで反撃する。


 生身の肉体を使った攻守の連動により、熟練の武道家とはこういうものかと想像するほど、戦闘中の動きに無駄がなくなった。


 どういう体の使い方をすれば、生身の肉体に負荷をかけずに機械の手足の力を使えるのか。それが次第にわかってくると、右手の槍の攻撃の威力が格段に上がった。


 そして曲がらない左足を使う捨て身の蹴りが、予想以上に有効だった。時にはその左足を軸足にして右足のトリッキーな蹴りがクラゲの体を抉った。


 二本の刃物と蹴りの威力で二体の子クラゲを沈黙させるのに五分とかからなかった。


 最後は俺の勢いに驚いた職人軍団が遠巻きに見守る中、槍で二体目の子クラゲに止めを刺すと、歓声が上がる。


 だが、これで終わりではない。

「親を叩かねば!」

 俺は振り返る。


 一度地に落ちた親クラゲは震えながら再び宙へ浮こうとしている。それを囲んだ男たちが、鉄の槍で地面に繋ぎ止めようとしている。


 職人たちは仮設資材を繋いだワイヤーとロープを張って、それを阻止しようと動いている。

 蠢く触手を鉄槍で刺しながら、ワイヤーを繋いだ鉄パイプを銛のように突き刺し、あるいは長く引いた綱を両側から引いて押さえつけようとしていた。


 俺も戦線へ加わり、銛の一本を抱えてクラゲの上へ跳んだ。体の真中へ銛を打ち込むと、ワイヤーを職人軍団が引く。


「下手に体の奥まで攻撃すると中の人を傷つけます。このままここへ縫い止めて、触手を狩り取りましょう!」


 俺はクラゲの上にいて、投げ込まれるロープを打ち込んだ銛に縛り付けて反対側へ投げ返す。


 そうやって編まれる網に搦めとられて、クラゲは漁師の網に捕えられたように動きを封じられた。その間にも手の空いたものが周囲に伸びる触手を刈り取っていく。


 最早卵を産む力も残っていないのか、クラゲは次第に動きが遅くなり、平たく潰れていった。



「これでこいつはもう終わりでしょう」

 クラゲの上から飛び降りると、リーダーの浅野さんが俺に向かって苦い笑みを浮かべる。


 彼らの犠牲は大きい。怪獣を倒したからといって、喜べる状況ではない。ただ残った者の命が助かった安堵感と、未だクラゲの体内にいる仲間の生存を祈るばかりだろう。


「設営会場の近くに避難階段はなかったのですか?」

「それが、2か所の連絡通路があったのですが、どちらも使用不能で……」


『上野地区では、レベル3以下の避難口は利用不能となっています。この階層の主な避難所は単独稼働可能なレベル2でも、システムダウン以降は沈黙している箇所があります。これも怪獣側のジャミングによるシステム妨害の一つでしょう』


 ここへ来てから、ゴンの分析も後手に回っている。やはりこの階層の状況は、今までとは一味違うようだ。


「この階層の東側には、まだ三体の怪獣が残っています。皆さんは西に向かってシェルターへ避難してください」


 俺は、自分がやって来た方向を指差す。

 俺が走って来た丘の途中に、まだ生きていて手動で開けられるレベル2の避難口があった。

「あの三本の木が目印です。根元に避難ハッチがあります」


「あなたは?」


「俺は残りの三体を討伐して、上の階へ向かいます。早く避難した方がいい。もうこの階層に残っている人間はあなた方だけですから」


 俺は唇を噛んだ。このクラゲとの戦闘が始まる前には、まだ何人かの生存者が東側の一部に残っていた。

 だが、今はそれが確認できない。

 地下へ避難した形跡はないので、怪獣に食われたか殺されたか、どちらかなのだろう。


 どちらにしても、この人たちのところへ残る三体がやって来る前に、俺が食い止めねばならない。

 恐らくそこに、上層への通路が開いているのだろう。


『この三体は、ずっとこの場所から動いていません。恐らく上から避難して来る人を待ち伏せして襲っているのでしょう』


 それなら早く次の犠牲者が襲われる前に、何とかしなければ。


「では、俺は行きます。周囲には十分注意して避難をお願いします。お元気で」


「ありがとうございます。何か私たちにできることはありませんか?」

 浅野さんが悲痛な笑顔を浮かべて、名残惜しそうに俺を見ている。


「では、この鉄パイプの槍を一本いただきましょうか」


 残念ながら、彼らの使う電動工具用のパワーパックは俺の破獣槌には使えない。

 他に投擲に使えそうな金物やハンマーなどを幾つかバッグに入れて貰い、俺は走り出す。


『ゴン、あれから何時間経った?』


『そろそろ夜が明けます。警報が出てから、かれこれ十時間近く経過しています』


『長い夜だな……』


 


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