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職人たち

「討伐隊です!」


 俺がその場に到達すると、集団の歓声が沸き上がる。

「あんたが、あの子クラゲをやってくれたのか?」

「脚を吹き飛ばしてくれたのは、あんたか?」

 俺は笑って頷くしかなかった。


 再び湧き上がる歓声。

「よし、あと一体だ。気を抜くな!」


 リーダーと思しき人物が俺の前に来る。

「助かりました。これで生き残る希望が湧いてきました」


「あなたたちは?」


「申し遅れました。俺たちは昼間開催された雛祭りイベントの会場を解体していた職人とボランティア集団です。俺は、この現場をまとめている浅野と言います」


 夜になっても仕事をしている人たちがいたのだ。この世界では珍しい勤勉な皆さんだ。

 職人の頭は、白髪交じりの髪をした初老の男性だった。


「討伐隊の富岡です」


 周囲の男たちがざわつく。何人かが大きな目を見開いて、俺を見ていた。

「いや、光栄です。討伐隊のビッグルーキーが来てくれるなんて、心強いです」


 よく見れば、彼らが手にする鉄パイプの槍は仮設テントやステージを組むための材料を加工したものだった。


 この人たちは、仕事中だったためか全員がDNスーツを着用している。おかげで大きな怪我が少ないのだろう。


 これまで見た犠牲者や怪我人は、DNスーツを着ていない者が多かった。俺の通って来たこの辺は安全地帯にある娯楽ゾーンで、大勢の人が気楽に休暇を楽しんでいたのだろう。


 そういう意味では、入隊前日に美鈴さんと二人で歩いた地上の街とは大きく違う。あそこにいた人のほとんどがDNスーツを着用していたのには、安全上の理由があったのだ。


「最初の襲撃は、タロスたちが食い止めてくれました。それに、タロスは俺たちのために武器も作ってくれたんです」

 仮設ステージ用の鉄パイプを斜めに切り飛ばしただけの槍だが、これで彼らは身を守っていたのだ。


「仲間の半分以上がクラゲに連れて行かれちまったけど、俺たちは最後までここで抵抗すると決めたんで」


「死んでいった仲間やタロスたちの敵を討たねえと、俺たちゃ帰れねえんですよ。それに、一体はもう倒したんですから」


 指差す方を見ると、草の上の赤い血溜まりに、バラバラになった子クラゲと何人かの遺体が並んでいた。

 よく見れば、破壊されたタロスの体も同じように丁寧に並べられている。


 近くには、移動用の無人カートの残骸が幾つも転がっている。

 クラゲの襲撃から逃げようとして、この場所で激しい戦闘が行われたのだ。

 それでもこの集団の戦意は高い。それには、浅野さんというリーダーの存在が大きい。


 俺は体の奥から熱いものがこみあげてくるのを感じた。

「子クラゲはあと一体です。一緒に倒しましょう!」


 これ以上の犠牲は絶対に出さないと俺は強く心へ刻む。この意思はゴンも敏感に感じ取っていることだろう。


『ゴン、もう一体はどうなっているんだ?』


『ロストしました。この階層は特に電子デバイスの損傷が激しく、信頼できるデータが得られません。ですが、子クラゲは親に吸収された可能性が高いでしょう。その親にも、動きが見られます』


『まさか、親が降りて来るつもりか?』

『はい。そのようです』

 俺は残った人々を見回して、浅野さんに向き直る。


「親クラゲを見ましたか?」

「ああ、初めに一度だけ近くへ降りてきたが、三体の子クラゲを置いてすぐに天井付近へ消えてしまった」


「どうやらその親が再び降りてきそうな気配です」


「親クラゲの触手には毒があるんだ。最初にそれで十人近くが麻痺させられて、子クラゲに捕まった。その後は子クラゲだけがやって来て、強引に鈎爪で掴んでは攫って行くようになったが……」


「どんな触手でしたか? 詳しく教えてください。何か対抗策はありますか?」


『セイジュウロウ、間違いありません。こちらへ向かって降下してきます』

 俺は焦った。このままではこの人数を退避させる時間もない。


「親は直径二十メートルくらいの潰れた球形で、長い毒の触手が六本ある。体内へ獲物を取り込む太く短い触手も十本ほどあった。毒の触手の先端は細い針になっていて、このスーツでも防げない。刺されると一分としないうちに意識を失ってしまう」


「子クラゲについては?」

「あんたも姿は見ているよな。奴らはあの四本の脚が武器で、一度に人を四人運べる」


『ゴン、触手を斬ることが出来そうな武器はあったか?』

『槍の先端に取り付けた刺身包丁が一番強力かと思います。だだ、槍の柄は強度を保証できませんが』


 俺は、背中にまだ残っている自作の槍を一本取り出した。


 一番刃渡りの長い柳葉包丁を槍から外して、右手に持つ。刃渡りが30センチほどもある細長い出刃包丁だ。

 和食の板前さんが刺身を切るときに使っていた業物だろう。今はこれだけが頼りだ。


「これで、できる限り毒の触手を防ぎ、先端を斬り飛ばします。皆さんは今まで通り一か所に固まり、集団で槍を構えて防御に徹してください」


 そして破獣槌を鞄に入れ、残っている鉄鍋とフライパンをヘルメットや盾代わりにと彼らに渡した。俺は中華鍋を盾に包丁一本で立ち向かう。


『来ます!』


 十数人を飲み込んでいるはずのクラゲの体内は、白く濁ってよく見えなかった。

 俺はほっとして、すぐに攻撃へ転じる。

 機先を制して、片足で地面を蹴り跳び上がると、近くに迫る毒の触手へ斬りかかった。


 毒の触手の先端1メートル部分がきれいに斬れて落下する。

 俺は近くにあった太い触手へ包丁を刺して足場にし、クラゲの背に跳び乗った。


 だが毒針を持つ長い触手は、自身の体の上にまで届く。

 それを中華鍋で弾きながら、包丁で反撃を試みた。


『戦力の分析ができました。手足の機械部分であれば、麻痺針の攻撃は無効だと思われます』


 そこで俺は更に大胆に踏み込んで、触手へ斬りつける。中華鍋と左足の蹴りで触手を弾き、包丁で斬る。このパターンで次々と触手を切り刻んだ。


 触手の攻撃を受けているうちに横から弾くことが出来ず、一度まともに中華鍋の盾で受けてしまった。触手は鍋を貫通して、首のすぐ横を鋭い針が通った。


 慌てて鍋を手放し、触手に斬りかかる。二度三度と刃を振るい、何とか切り離した。

 クラゲの上で暴れながら六本の毒針を持つ触手を完全に切り刻むと、それ以上攻撃の手段がないようだった。


 親クラゲは降下しながら俺を振り落とそうと体を傾ける。俺は丸い体の中央に包丁を刺して、何とか耐えていた。


 クラゲは空中で細長く変形して体をうねらせ始める。どうあっても俺を落としたいようだ。それと共に短い触手が俺の体へ届くようになり、手足に絡みつく。


 この巨体がどうやってここまで侵入したのかと不思議であったが、当初はこうしてワームのような細長い形態で入り込んだのだろう。



 だが今は、この体の中に相当の数の人間が眠っているはずだ。うっかりした攻撃はできない。


 しかし、クラゲの変形と共に重力制御の力は弱くなり、巨体が地上へと降下する速度が速くなっていた。


 見下ろすと、その降下点を目掛けて鉄の槍を構えた人々が草の上を走っている。

 俺は左手に持ち替えた包丁を支点にして触手を避けながら、右手で最後の槍を使って少しずつ触手へ攻撃をしていた。


 やがて地面が大きくなってきた。


「体内には人が眠っています。触手を攻撃してください!」

 俺が叫ぶと、下から雄叫びのような声が上がる。


 クラゲはついに地上へ落ちて、周囲を槍に囲まれた。

 俺がクラゲの体から飛び降りると同時に、再びその体は円形の饅頭型へと戻っていく。


 だがその一部が千切れて、三つの卵のようなものが槍を構える人々の前に残った。



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