抵抗
「化け物?」
「はい。大きなクラゲです。どこからともなくやって来て、人を掴んで攫って行きます。私たちは15人いましたが、皆そいつに襲われて、残るはこれだけです」
よく見れば、二人の女性の手足や顔も傷だらけである。
「空を飛ぶクラゲの巨体には、ゆらゆら揺れるクラゲの足の他に、何本かの猛禽類や恐竜のような鋭い爪を持つ脚が付いているんです」
「空中から急降下してその脚で人間を掴み上げ、クラゲの体内へ取り込んでしまうんです」
「私たちの仲間だけでなく、この野原にいた多くの人が攫われました。しかも戻って来る時には、半透明な体内に人間の姿が消えています。あれは消化しているのではなく、どこかにもっと大きな親がいて、そこへ運んでいるのかもしれません」
それも考えられるが、まさか巣に持ち帰り雛の餌にしているのではないだろうな?
ゴンのマップ上では、俺のやって来たルートとこの周辺には怪獣の存在が確認できない。
彼らの言うクラゲは別の場所で人間を襲っているのだろう。それだけこのピクニック区画が広大なのだ。
俺は先ほどまでいた避難所をマップで確認し、方向を指差す。
「この先に見える柱がわかりますか?」
二人の女性が遠くを見る。
本来、彼女たちの端末にマップを転送してやれば済む話なのだが、ここまでの経緯で通信網だけでなく個人の端末までもが使用不能になっていることが分かっている。
逃げ遅れた人は全ての情報から遮断され右往左往していたのだろう。
「あの柱の避難所から、俺は来ました。あそこは内部が荒らされていないので、まだ非常用キットも残っていますし、レベル2の避難口なのでマニュアル操作が可能です。今なら怪獣に遭遇せずに行けるでしょう。急いで移動して下層へ避難してください」
俺が促すと、座り込んでいた男性も立ち上がり、怪我をしている男性に肩を貸して立ち上がらせると、四人でゆっくり歩き始めた。
悪いが、護衛をしている時間はない。マップ上で監視をしておくことは怠れないが。
『中央の高い天井部分に潜んでいるのが親クラゲのようです』
この階層は広い吹き抜けの草原になっているが、床も平坦ではなく丘が連なり小川の流れもあって、まるで外の世界のように見える。
点在する柱を兼ねた建造物も外壁がうまく偽装され、繁った林や大木の幹、それに赤い岩肌のテーブルマウンテンなど、極力自然の風景に溶け込むように配置されている。
広い天井は刻々と変化する空と雲を映し、一際高くなった中央部分の天井には空の光を演出する装置が備えられていて、スクリーンを兼ねた吊り天井が巧妙に視界を遮っている。
どうやらその陰に、親クラゲが潜んでいるらしい。
『子は何匹いるんだ?』
『最低1匹。多くても3匹。だだ今確認しますので、もう少しだけ時間をください』
上層へ来るに従い通信環境や各種センサー類の損耗が著しい。ここへ来てゴンの得られる情報の精度が下がっている。
マップ上の輝点の一つが、先程話したのとは別の数人の集団へと近付いている。
人間の数は十人以上。この階層に残る一番大きな集団だ。
『一体の子クラゲが人に向かって移動を始めました。もう一体は親の近くにいます。子の数は全部で二体です』
『じゃあ、先に行って迎え撃とう』
俺は膝から下の感覚を失った左足を引きずりながら、丘を越えて走った。
走りながらも、上空を監視する。
さっき倒した半透明のミジンコよりも透明度の高いクラゲが浮いていると考えて、俺の持つ視力をフルに発揮する。足元の安全は超音波によるエコーでゴンが独自に走査している。
俺の感情として、人間離れした力に頼りすぎるのには抵抗があったのだが、いよいよ能力一杯に使わねばならないところまで追い込まれているとも言える。
『居たな』
『はい、確かに猛禽類の足が四本。それだけは隠せません』
『親の腹に人間を置いて来たばかりのようだな』
『そうでなければ、中の人が見えるでしょう』
『では、打ち落とすか』
俺は立ち止まり、周囲を見渡す。ちょうど広く浅い小川の水遊び場である。
『投げる石には困りませんね』
河原に見立てた床に埋め込まれた漬物石大の丸石をほじくり出して、10個ほど集めて小山にした。
先ずは一投目。全力で投げた石はクラゲを貫通し、天井へ突き刺さる。簡単に貫通してしまい、ダメージは少ないようだ。
『次は脚を狙いましょうか』
二投目。威力よりもコントロール重視で、一本の脚を狙う。
『命中。脚一本と本体を貫通』
三投目。次の足を狙う。
『爪を一本吹き飛ばして、体を貫通』
四投目。別の足を狙う。クラゲが不規則に回避行動を取り始めた。
『命中。二本目の足を大破』
五投目。
『命中。三本目の足を破壊確認』
『まだ落ちないのか?』
『もう一本の脚を失えば、主な戦闘力は無力化するでしょう』
『よし、やるか』
だが、クラゲは思わぬ行動に出た。
近くの人間が残る地点へ急降下を始めたのだ。
『まずい、急げ!』
俺は再び走った。
次に投げる石を一つだけでも右手に握っていたことが幸いした。走りながら、クラゲの降下速度を見て感じる。
奴は反重力機能をキャンセルして、フリーフォール状態にある。
それは戦場では決して見せてはならぬ、無防備な状態だった。
地面の直前で停止のために再び反重力機能を作動させるまでの一瞬が、俺にとって最大のチャンスだった。
俺はゴンと心を一つにして、右手に握った石を投じる。
『命中。四本目の足の破壊を確認』
途端に、前方で大きな歓声が沸く。
俺が現場へ到着して目にしたのは、十数人の人間が長い鉄パイプの槍を手に地に落ちたクラゲを狩っている姿だった。
長い触手は力なく垂れているだけで、脅威ではないようだ。




