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補給

 俺は二階の惨状を確認すると再び階下へ降りて、奥の厨房へ向かった。

 和洋中、様々な料理を作る大きな厨房だったようだ。


『ゴン、ここで少しでも失った武器を補充するぞ。予備のパワーパックは見つからないのか?』


『この試作品に適合するタイプは見つかりません。古い特殊なパーツが使われていました。汎用のチャージャーも利用できず、既製品のエネルギーパックを利用するには、本体の改造が必要です。現状では材料も時間も不足し、事実上不可能です』


『くそっ、あくまでも試作品ということか!』


 俺は柳葉包丁や出刃包丁など重く丈夫そうな刃物をかき集めた。

 そして破壊されむき出しになった壁から引きちぎった建材のステンレス線や電線を使い、食器棚のステンレスパイプやモップの柄の先へ刃物を固定して、即席の槍を何本か作った。


 ゴンの指示で小麦粉や香辛料の粉をガラスの小瓶に集めて目くらまし用の投擲弾を幾つも作り、余った包丁やナイフと共にダッフルバッグの中に放り込む。

 油はいくらでもあるが、屋内なので火炎瓶の類が使えないところが辛い。


『盾がありますよ』


 ゴンに言われてみると、俺の上半身が隠れるようなサイズの中華鍋がある。両側に持ち手の付いた浅いパラボラアンテナ形だ。


『あのワームとの戦闘でこれがあったらなぁ』


 黒い酸化被膜に覆われた肉厚で重い鉄鍋は、溶解液に対してもある程度有効だったかもしれない。


 俺は取っ手に紐をつけ鍋を二枚重ねにして、それを甲羅のように背中へ背負った。


『重量のある鋳鉄のスキレットやフライパン、片手鍋などは、投擲武器として使えそうです。近くある物を集めましょう』


 ゴンの協力により厨房で手に入る得物を集めると、俺は空腹に気付いて目についたフランスパンを齧り、冷蔵庫のオレンジジュースで流し込んだ。


 自分でも、よくこの状況で物が食えるものだと感心した。


『さて、次の獲物を狩りに行くぞ!』


『大丈夫ですか、セイジュウロウ』

『バイタルが不安定、とか言いたいのか?』


『その通りです』

『こんなものを見て冷静でいられる方が異常だと俺は思うが……』


『ええ。亡くなった人々には申し訳ありませんが、ここの獣を追って下層へ向かうことはしません。ワタシたちは予定通り、侵入経路を塞ぐために上層へ向かいましょう』

『ああ、わかっている。で、どこから上がるんだ?』


『任せてください』

 俺は束ねた槍を鞄に括り付け、肩に担いだ。


 俺が高校球児であった事実はそれとなくドクターや澪さん経由で伝わっていて、本来の大島晃のプロフィールが何も明らかになっていないこともあり、うやむやのうちに晃=清十郎という認識が固まりつつあった。


「トミーは大学でも野球を続けるつもりだったのか?」

 ノストラダムスインパクト以前の日本社会を覚えているドクターとは、そんな会話もできた。


「もちろん、神宮の星になるのが目標でしたから……」


 ここで具体的な選手や学校名を出せないのが辛いところだ。

 そこは記憶が曖昧なままであると逃げを打っている。

 本来俺はドクターと違い21世紀生まれなので、うっかり別の21世紀の話をしたり、俺が生まれる前の20世紀の話に同意を求められたりしても、判断に困るのだ。

 その辺の事情を知るのはゴンと澪さんだけである。


 そのゴンにしても、この世界とは違う、怪獣が襲ってこなかった21世紀の実態については知りようがない。


 それが例え俺の心の中にしか存在しない妄想だとしても、俺の知る限りは確かに別の世界が存在していた。


 目に焼き付いた地獄のような光景から逃避するように、俺はそんなことを考えながら非現実感に襲われていた。


 だが例えここがどんな過酷な地獄であっても、今の俺に逃げる術はない。


 神宮の星にはなれなかったが、ここで起きた悲劇をこれ以上広げぬよう俺は前へ進まねばならないと改めて心に誓った。



 次のブロックまで歩いて、上層へ上がった。

 あの凄惨な現場と隣あったブロックは事前に避難が完了していたようで、何の被害もない。だがそこから一つ階層が上がれば、また別の世界が顔を表す。


 マップによれば、この先数十メートルと離れていない場所で激しい戦闘が続いている。


『避難階段へ順調に進んでいたグループに何か異変があり、突然避難行動が乱れて孤立しています。本格的な戦闘が始まる前に早く行きましょう』


 またか、と俺は思う。

 本来ならもっと避難経路が明確で無事に逃げ切れるようにこの地下都市は設計されているのだが、今夜は先に情報を遮断されたのと幾つかの避難階段を先に怪獣たちに押さえられたのもあり、人々は浮足立っている。


『仕方がありません。一般市民用の汎用端末は全て機能停止状態が続いていますから』

『ネットワークは復旧しているんじゃないのか?』


『復旧しているのは、USMの緊急回線のみです。しかも、恐らく通常回線経由で端末を殺すウィルスのようなものが同時に侵入している模様です』

『じゃあ彼らは端末なしで、メモリー内のマップすら参照できずに逃げているのか!』


『どうやらそのようですね』

『どうにかならないのか?』


『今、娘たちが復旧作業中です。間違えると他の生きているシステムを破壊しかねないので、もう少し時間がかかると思います』

『そうか。じゃあここは俺たちがやるしかないな』


『はい。次の角を右に曲がれば5体の怪獣の背中が見えます。何とか間に合うといいのですが』



 俺が走って通路の角を曲がると、正にその奥で戦端が開かれようとしている。


 今回の怪獣パーティ編成としては標準的な組み合わせだが、それだけに非武装のまま逃げている市民にとっては脅威だ。


 最後方にいるのは、大ダコだった。

 通路を塞ぐように足を四方へ開いて進む姿は、これ一匹だけでもとてつもない脅威だ。しかも8本の脚の先端には禍々しい電撃の火花まで散っている。


 その前方を望遠視で確認した。前衛を務める小型SS級が4体。


 宙を舞う昆虫型とコウモリ型の前衛で、中衛は刃の腕を持つヒトデと長い針を蠢かすウニだった。


『大ダコ以外のSS級には情報があります。攻撃特化型なので、防御力は弱いです』


 この凶悪な集団から普通の人間が逃げ切ることは難しいだろう。

 非常にまずい。


 この位置からでは、一刻も早く大ダコを仕留めねば何もできそうにない。

 だがそれは容易いことではなさそうだった。


『ゴン、あのタコの弱点は何だろう?』

 俺は途方に暮れるような気分だった。


『足を一本ずつ落とし、抵抗が弱まったところで中央の口に致命の一撃を与える、といったところでしょうか』


『あの邪魔な足を、釘で壁面に縫い留められないかな?』


『なるほど。残弾数が8本には足りませんが、やってみる価値はありそうです』

 


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