上層へ2
『おいゴン、なんかギャラリーが盛り上がっちゃってるんだけど……』
四体の怪獣を続けざまに倒したおかげで、街の人たちの野次馬根性に火が点いてしまった。こうなるとここの住民は簡単に収まらない。
『仕方がありません。残りは慎重に倒しましょう』
『そうだな、打撃中心で行こうか。後方へ抜けられると厄介だから、一度威嚇射撃で左の通路へ押し込むぞ』
「せめてこの広場から離れて、奥の通路まで退避してください!」
俺は後方へ怒鳴ると同時に、通常弾の散弾を怪獣の足元に放った。
最後方のワームの巨体を残して突出していたロブスターと毛ガニが広場から退いた。その機を逃さず、俺は前へ出る。
ハンマー形態に変更して、2体の甲殻類と対戦する。
『先に、邪魔な鋏を破壊しましょう』
ゴンに言われて左のロブスターの美味そうな赤い鋏を狙い撃つが、表面が少し凹むくらいで弾かれてしまう。
続いて毛ガニのたっぷり身の詰まった太い鋏が俺目掛けて振り下ろされる。
きわどく躱してその鋏の付け根の柔らかそうな部分を狙うが、上手く反対側の鋏でブロックされた。
『こいつら口が小さいから攻撃専門だよな?』
『はい、間違いないでしょう』
『なら遠慮なくやるぞ!』
2体の振り回す鋏はクワガタの甲殻より硬く、通常の攻撃ではダメージを与えられない。
『仕方ない、釘打ち銃を使用しましょう』
ゴン先生の方針転換により、俺はハンマーを構え直す。
今度はハンマーの先端できちんと敵を捉えねばならない。
毛ガニの右手が再び俺を襲う。
その鋏が空振りして床を叩いた直後、俺のハンマーが捉えた。
打撃と同時に爆発が起こり、金属の杭が叩き込まれる。毛ガニの鋏の中のジューシーな身が弾け飛び、右腕の半分がカニしゃぶのように垂れ下がる。
思わずごくりと唾を飲み込むギャラリーたち。(これは嘘)
初撃で毛ガニの右の鋏を割り、二撃目がその頭を破壊する。
飛び散るカニみそ、再び涎を垂らすギャラリー。(これも嘘)
同じようにロブスターの鋏をかいくぐり、天井近くまでジャンプして直接脳天を杭で串刺しにする。こちらもエビみそを巻き散らして、一撃で沈黙した。
拍手喝采が沸き起こる。(これは本当)
残るは通路を塞ぐように巨体を揺らすワームだ。
これは太いミミズのような長い体をくねらせているが、おそらくウミウシのような反重力により肉体を支えているのだろう。
体内には複数の人間が呑み込まれていると考えるべきだ。
『理想的には打撃で頭だけを潰したいが……』
『ウミウシのように妙な攻撃手段を持っているかもしれないので、慎重に接近しましょう』
打って変わった静けさに後ろを振り向くと、その気味悪さに怯えたギャラリーたちが慌てて通路の方へ逃げ去る姿が見えた。
だがこれで後ろを気にせず戦える。
直径が1メートルから2メートルの楕円形で長さは10メートル以上あろうかという円筒形の生き物で、前面には吸盤のような口が開いている。
歯が見えないのは前衛が弱らせた人間を丸呑みすることを主な任務としていたからか。
体の後半部分が第三胃だとすれば10人以上の人間が中にいても不思議はない。
しかもゴンの言う通り、雰囲気は口からトリモチを放ったウミウシに似ているので、用心が必要だ。
俺がロブスターと毛ガニを退治したのを認めると、ワームは通路を反転して逃げようとした。
この階層の敵は全て倒したので、逃げても合流できる怪物はいないはずだ。
しかし生きた人間がいるかもしれない体の後半部分をこちらに向けて逃げられては、攻撃が難しい。
かといって追い越してまた反転されては、せっかく逃げ延びた人の方へ追い込むことになりかねない。
仕方なく、俺は逃げるワームの後を追う。
『この先は大丈夫なんだろ?』
『人も怪獣もいませんし、この区画内の広い通路に面した部屋は全て防御シャッターが閉じています』
その時、突然ワームが停止した。右側のシャッターを向いて、体当たりをしている。
『少し前にここでも戦闘があった痕跡があります。恐らく防御シャッター内へ避難して、非常階段へ逃げ込めたのでしょう。今は室内にも人の気配はありません』
体当たりをしていたワームが突然口から大量の液体を吐いた。
防御シャッターに当たると白い煙を大量に発生する。この匂いはなんだ?
嗅いだことのない嫌な化学物質の刺激臭が充満する。
『溶解液ですね。金属と強化樹脂製の壁が溶かされています』
そこへワームが体当たりをすると防御壁には亀裂が入り、内側へ倒れ込む。
『簡単に穴が開けられましたね』
『奴らは、こうして侵入してきたのか?』
『分厚い強化コンクリート壁はあんな簡単に破られないと思いますが、一般のシャッタータイプはこれでは意味がありませんね』
『おい、あの中には避難通路があるよな』
『はい。区画された内部には、非常脱出用の通路が必ず設置されています』
それはまずい。間違っても他の階層へこんなものを逃がしてはいけない。
『こいつはここで始末するしかないんだな!』
『やりましょう』
あの防御壁を簡単に溶かした溶解液は、かなり危険だ。
『どのくらいの射程があると思う?』
『あの口の形状からすると、口を閉じて圧力をかければ10メートル以上は軽く飛ぶと思われます』
俺は改めて部屋の中を見た。一辺10メートルの基本区画の正方形で、並んだ低いショーケースには貴金属や宝石の装飾がついた腕時計やチョーカーのようなものが陳列されている。
ただ、半分くらいは滅茶苦茶に割れてひっくり返っていて、ここで小さな戦闘があったことが伺える。
何だ、これは?
『セイジュウロウが最初に使ったブレスレット型の端末を覚えていますか? あれの高級品を売っている店でょう』
なるほど、だから何となく携帯電話ショップのような雰囲気だったのか。
『ここでは少し前に別の小さな怪獣による戦闘があり、何とか人間は逃げ延びたようです。あのワームはそれを追って、ここへやって来たのでしょう』
『きっと、他の階へ行く通路かここにあることを知っていたのです。奴らは何らかの方法で個体同士が遠隔で意志を通じていますね』
しかし、大きな遮蔽物もないこの狭い店の中でこいつと戦うのは、自殺行為だぞ。
奥の壁が間仕切りになって、一部がバックヤードになっているのだろう。
その壁面に非常口へ続く通路のサインが見えた。その中に、横区画を横断する避難通路があり、その先には縦区画の貫通通路がある。
ワームは迷わずそこへ向かっている。
『ワームの側面から回り込んで接近し、非常口へ向けて溶解液を吹き出す直前に、プラズマショットガンの連射で頭を潰します。素早さの勝負になるでしょう』
『了解だ。どのみちこの狭い部屋に巨体が入っているんだ。向こうも自由に動けまい。精一杯回避して、頭へ接近する』
俺は巨体の後方が左から薙ぎ払うように接近するのを天井まで跳んで回避し、そのままワームの体を蹴って頭の方向へ移動する。
暴れるワームの体がショーケースをなぎ倒し、爆発的な勢いで破壊されて飛び散る。激しい音と衝撃と共に、ガラスの破片が雨のように飛来する。
それを避ける余裕もなく着地して前方へ転がり、銃を向けようとした時、ワームの頭がこちらを向いた。
大きな口がきゅっと絞られて、細い穴から勢いを増した溶解液が俺を狙って水鉄砲のように噴き出す。




