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陽動

 上野地区北側の地下に、大量の小型怪獣が侵入した。以前は谷中と呼ばれていた辺りであるという。


 既に複数の隔壁が閉じて北部の幾つかの区画が孤立している。だが中央への侵入を防止するためには仕方のない措置だ。


 まだ深度地下への侵入を防いでいるので、シェルターを目指して降下すれば脱出経路の幾つかが残されているはずだった。


 一般回線に繋がっていた居間の3Dモニターがブラックアウトしたので、USMの個人端末に配信される緊急警報の続報を各人が黙って確認中だった。その詳細が判明するにつれて、俺たちの表情は驚愕し、蒼ざめる。


 俺たちの部屋は高層階にあったので、地下へ収納された今では比較的地下の上層に近い部分にある。本格的な避難が必要ならば、俺たちも下層へ移動する必要があった。


 視野内の情報を補完する、ゴンの声が聞こえた。


『100体以上の小型怪獣の同時襲撃も過去に例がありませんが、地下の居住区画へそれだけの数の侵入を許したのも、東京ではこれが初めてです。現場は大混乱で、50年ぶりの本格的な市街戦となっている模様です』


「これは大変なことになったわね……」

 大体の事情を知ったエルザさんが青い顔で呟いた。さすがに俺たちにも上から何らかの指示があるだろうと思っていたが、どうもそれどころではないらしい。


「澪さん、私たちも深度地下へ自主避難しましょう。今は自宅謹慎とか言っている場合じゃありません」


 美玲さんはそう言いながらキッチンを歩き回り、武器になりそうな包丁やナイフを集めている。前回のヘラジカによるトラウマを抱えている澪さんは、不安そうに俺に寄り添っている。


「そうだね。みんなで早く逃げよう……」


 普段の傍若無人な澪さんの面影もないが、こんな時にうっかり余計なことを言うと後でとんでもない目に合わされそうだし、何よりもこの人は黙っていればすこぶる可愛いので、つい黙って抱き寄せてしまう。


 俺の学んだ防衛基礎講座では、地下都市を囲む強化コンクリートの壁は厚く、怪獣の力でも容易に破られるものではないと自慢していた。


 地上都市からの侵入を想定した対策は何重にも巡らせていたが、今回は地中からの侵入らしい。この想定外の事態に都市の守備隊は慌てている。


 討伐隊も地下での戦闘を想定しているが、この広い地下都市を討伐隊の戦力でカバーすることは到底不可能だ。


 主に都市外と地上都市での戦闘を担当するのがUSMの仕事で、低層部地下より上部が討伐隊の想定防衛範囲だった。


 それ以外の地下施設は全て都市の自動防御機構と守備隊と呼ばれる自治組織の担当で、USMが警察署・消防署だとすれば、守備隊は自警団や消防団に相当する位置付けだった。


 ただ都市を管理する行政機構との連携は密で、要するにこの世界では個人資産にあまり意味がないのと同じように、官と民の区別にも大きな意味がない。


 住民の人口密度は低く、高度に自動化された施設は人の手を多く必要としない。

 言ってみれば国や都道府県よりも、村落や町内会に近い組織運営で成り立っている。それも自動防御機構という高度なインフラのおかげだった。


 頼みの綱の自動防御機構が破られた時、基本的に対人武器として麻酔銃や麻痺銃を中心に装備する守備隊に何ができるのか。


 それこそ俺がテストしたような、レスキュー用のダイヤモンドカッターやチェーンソー、ハンマーやツルハシのような武器で怪獣と対峙することになるのだった。


 守備隊を統率するのはUSMの退役者や予備役の人など実戦経験のある者が多いが、何分人員も武器も不足している。


 それでも過去に何とかなっていたのは、小型怪獣の第三胃の収容能力が小さいからだ。

 例え10体の怪獣が3人ずつ人間を呑んでも、合計30人に過ぎない。そこから平均七割が生還する。その3割9人の犠牲が多いと感じるか少ないと捉えるのか。


 最前線で自らを盾として、多くの市民を安全な場所へ避難する時間を稼ぐ。

 これが現実的な都市防衛構想だった。


 それ以上の怪獣が地下へ殺到する事態など、想定してはいない。


 ある程度守備隊が体を張って時間稼ぎをしていれば、全部の怪獣を倒さずともいずれ襲撃は収束する。それが地下防衛の基本戦術だった。


 だが今回は違った。


 次々と状況が悪化する模様が伝えられる。


 第一波でおよそ100体の怪獣が押し寄せた北のブロックは押し破られて、抑えきれずに大二波が殺到していた。

 最前線でまともな武器を持った守備隊の精鋭が突破され、浮足立っていた。


 同時に手薄になった隣の区画へ第三波が押し寄せ、合計200体を超える怪獣に蹂躙された。


 これを発端として、怪獣たちの地下への猛攻が始まった。


 地上の二体は完全に囮だった。

 本隊は初めての地下攻略部隊の方だ。見事に陽動作戦にはまった俺たちには、なす術もない。討伐隊の多くは街の外で巨大怪獣に応戦中で、それだけでも手に余る状況だ。


 虚を突かれた地下都市は大混乱に陥っている。



『怪獣がここまで侵入するにはまだ時間がかかりそうです。今は二人の女性の安全を第一としましょう。慌てて避難しなくても、まだ大丈夫です』


 ゴンが分析する。俺にとっては美玲さんも加えて三人の女性の安全なんだけど。


 その間に、侵入した怪獣の動きが幾つかの映像で確認できた。それらを見ながら、ゴンがさらに戦況を分析している。


『最初の100体の防御に全力を注いで敗れた守備隊の前線は崩壊し、二波、三波に全く対応ができませんでした。二波と三波の侵攻では深度地下への侵入まで許し、一部の中核施設がダメージを受けています。このモニターのブラックアウトも、それが原因のようです』


 だとすると、侵入警報が出た時にはもう怪獣たちは深度地下へ到達していたと……それはかなりやばい事態だろう。


『恐らく最初から計画されていたのでしょう。小型怪獣たちの無駄なく連携の取れた動きが、地下の通信施設を狙い撃ちしました。張り巡らされたネットワークの源流を辿り、順に強力な電磁波により無効化する電子怪獣が出現しています』


 電子怪獣だって?


『それを守るように凶悪な虫型モンスターがチームを組んでいるようです。戦闘専門のカマキリや軍隊アリが先行し、拘束担当の蜘蛛やイモムシが続きます。最後に人を食う専門の長い体を持つワームや宙を飛ぶクジラが人を狩り尽くしました』


 ゴンが拾い出した幾つかの映像が流れた。百鬼夜行のような怪獣の群れが廊下を我が物顔に進んでいる。


『通信ネットワークは次々と遮断されています。このままでは北地区のセントラルコンピューターがもうすぐ遮断します。USMの通信網は警戒レベルを上げて緊急モードに移行しました』


 ゴンの言う通り、やがて警報を発していた一般回路の通信が途切れ、有線無線問わず沈黙してしまった。


『ゴン、状況を把握できるか?』


 通常回路が断絶しても、一部の緊急回線がまだ少しは生きていて、辛うじて外部の状況も含めてUSMのネットワーク上に被害状況が示されている。


『このままではそう時間を置かずにUSMの緊急通信も遮断するでしょう。幸い空調、上下水道と電力のインフラは今のところ異状ありません。ただ通信の遮断により今後どんなトラブルに見舞われるかは不明です』


 心なしか、ゴンの声も冷静さを欠いているように聞こえる。

 恐らく聞き手側の問題なのだろうが、それが更に不安を煽っているように感じていた。


『各所のローカルコントローラーは生きていますから、最低限のセキュリティと生命維持システムは働いています。でも、それもこれ以上の攻撃を受ければいつまで維持できるかわかりません。今はUSMの柔軟な都市設計に感謝しましょう』

 


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