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地下

 特にできることもなく、俺たちは居間でモニターの映像を眺めながら静かに地下へ運ばれて行った。


「我々は戦闘が始まる前に医療センターへ行き、そこで待機する」


 所定の位置まで降下しロックされると、一旦外出禁止が解除された。怪獣との戦闘が迫る中、ドクターと美鈴さんは緊張した面持ちで医療班と合流すべく部屋を出て行った。


「トミー、もう一度言うが、勝手に部屋から出るなよ。エルザもよく見張っておいてくれ。この二人は何をするかわからんのでな」

 ドクターは最後にもう一度振り返りそう言った。


「もう、何で私も清十郎と同じ扱いなのよ!」

 澪さんは憤慨するが、俺からすれば澪さんの方が危ない。


「私たちもしばらくここで様子を見ている方がいいわね」

 エルザさんは美玲さんと顔を合わせて、やれやれといった表情を浮かべる。


 完全に俺たち二人は危険人物扱いである。


 確かに謹慎中の俺と澪さんは原則的には命令がない限りここから動けないが、エルザさんと美玲さんはそれに付き合う理由はない。


 俺と澪さんは一応討伐部隊のメンバーなので、今回の作戦や指令などの通信がモニターできるはずなのだ。


 だが、作戦に参加していないせいなのかそれとも謹慎中であるからなのか、そもそも俺たちに信用がないからなのか、とにかく直接関係のある指示しか届かない。


 先日、休暇中に無線を傍受してわざわざ怪獣と遭遇したと言い張る澪さんの主張が主な原因で、俺たちは今回の無線通信からハブられているのだろう。


「あの二体をどこで迎撃するつもりなんでしょうか?」


 近接戦闘に特化した能力を持つ俺には、足場の悪い湿地帯での戦闘は向いていない。フライングカーに乗り空から攻撃する部隊内で、俺の能力を発揮できる場面は少ない。


 以前のアオガエルが接近した際には出現場所が近く、迎撃する間もなく上陸されていた。

 今回は出現場所がここからやや距離があった。



 怪獣には海水よりも淡水を好む傾向があり、海辺からやや内陸寄りの河川や湖沼地帯に潜み都市へ接近する。


 荒川河口に近いゼロメートル地帯と呼ばれていた場所は既に多くが東京湾の一部となり、その北側は海に近い汽水域と淡水化が進んだ湿地帯で、その辺りが怪獣の巣と呼ばれるホットスポットになっている。


 隅田川、荒川、中川の三つの河口が集まる、旧足立、葛飾区の一帯である。


 それに次ぐホットスポットが、北の荒川、南の多摩川流域に面する南北の東京支部だ。


 対して中央東京支部は神田川と目黒川に挟まれたエリアを受け持ち、怪獣の出現率は比較的低い。

 USM日本支社を兼ねるここは、上野からも近い皇居に支部が置かれている。


 本来もっと内陸の新宿周辺の安全地帯に設けられるはずだったが、諸般の事情により皇居内に置かれることになったと聞いた。


 おかげで皇居の北東に位置して南東側を広く湿地に囲まれ、北は石神井川、南は神田川に挟まれたここEAST東京支部は東京の守備の要として、怪獣との遭遇が群を抜いて多いエリアとなっている。



 街の外を映している3Dモニターが二体の怪獣から別のカメラへ切り替わった。


 暗い画面の中央に、縦長の白い線が見えている。画面が更に寄ると、それは海辺に立つ人工物なのだとわかる。


 周囲を海に囲まれた黒い四角形は以前夢の島と呼ばれていた場所で、清掃工場や運動場のあった北側部分は水没を逃れている。

 その埋め立て地に立つ細く長い杭のような塔は、天空から打ち込まれた一本の釘のように見える。


 天空からのハンマーは釘打ちの途中で気まぐれに手を止めてしまい、中途半端に刺さった釘が一本だけ暗い森の中に取り残されている。


 その釘の頭にある砲塔が、収束された高熱の光を放った。


 今夜は良く晴れて空気が澄んでいるので、余剰電力をフルチャージしていた二本のレーザービームは減衰することなく瞬時に二体の怪獣へ到達する。


 画面は横並びの二画面になり、一方が再び怪獣を捉える。


 レーザーパルスの当たった表面が瞬きながら赤熱して火花を散らすが、二体は逃げる気配もなく平然としている。


 アザラシは体表を覆う粘液状の物質で守られていて、猿人もボロ布を纏ったように見える長い毛がレーザー光を散乱させているようだ。


 前方の海獣が移動をするために頭を下げると、的を外れたレーザーがその後方の水面を焼いて水蒸気爆発を起こす。爆発音とともに白い水煙が上がった。


 本体への攻撃が効果なしと知り、そのまま二体の進路を妨害するようにレーザーは水面を狙い撃った。


 この二体の怪獣は、俺たちがバーチャル空間で訓練していた相手よりも巨大で、しかも耐久力やスピードも数段上のように見える。


 怪獣も日々進化を遂げているのだとすれば、厄介なことだ。


 後ろを歩いていた猿人が海獣に迫り、これを両腕で持ち上げてその口を熱線のやって来た方向へ向けた。

 猿人の目が薄赤く輝き、レーザー砲塔の方角を見据えて動きを止める。


『赤外線により砲撃点の追跡及び測距中、といったところですね』


 ゴンの解説通り、やがて大きく開いたアザラシの口から直径10メートルはあろうかという火球が現れ、砲塔の方角へ尾を引いて飛んだ。

 着弾を待たず連続して3発の火球が打ち出され、砲塔を襲う。


「まさか、アザラシを野戦砲として利用するなんて!」

 エルザさんが驚愕の声を上げる。


 100メートルほどの距離を空けて着弾する3発の火球は砲塔の周囲に落ちて爆発飛散し、周囲を火の海に変えた。


「この正確な射撃を見ると、あの二体は感覚を共有しているのかもしれません。少なくとも視覚だけは共有して照準しているのでしょう」


 専門家のエルザさんの解説通り、火球は試し撃ちもなく非常に正確な放物線を描いて砲塔の近くへ着弾した。


 一発目の火球は正確に砲塔の位置を捕えていたが、既にその位置に砲塔はない。

 火球は後方の海上へ着弾した。


 砲塔は緊急避難のため地中へと急速に下降しているところだった。


 二発目、三発目はその手前、正確に砲塔の根元付近へ着弾したが、その時には既に砲塔は地中へ退避した後で、直接の被害は受けずに済んだ。


「夢の島砲塔と怪獣との距離は10キロ以上離れているから、火球が音速で飛んでも到達までに30秒くらいはかかる。その距離を難なく跳び越え一帯を火の海に変えた精度と威力はとてつもないわね。レーザー光に比べれば火球の進行速度は遅く、どうにか砲塔が地中へ退避できたのは不幸中の幸いだったわ」


 だがその威力は絶大で、レーザー砲など子供のおもちゃに見える。

 まさに度肝を抜かれる破壊力だった。周囲の地形が変わるほどの威力により砲塔を地上へ再展開することは難しく、遠距離攻撃は一旦中断することになった。


 こうしてUSM夢の島砲塔は攻撃開始から僅か数分のうちに沈黙した。


「こんな風に形の違う二体が連携して攻撃する怪獣は初めてだし、これ程の威力の遠距離攻撃も見たことがないわ。しかもどちらもLL級の巨体で、私たちにはとても厄介な相手ね」


「あんなものを撃ち込まれたら、ここはどうなるの?」

 美玲さんが震えている。


「あんな凄い威力の火球を連発できるとは思わないけど、何発も撃たれれば上野の地上部分は一面火の海で焼け野原にされるわね。恐らく地下も浅いところは無事じゃ済まないでしょう」

 


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