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雛祭り2

「安朗さんとは、ずいぶん前からの知り合いだったのよ」


 永益安朗ながますやすろうというのがドクターの名前だった。

 うっかりエルザさんに馴初めを聞いてしまってから、俺はちょっと後悔した。正直ドクターののろけ話に付き合うのは、そんなに楽しいことじゃない。


 ただ目の前のエルザさんはドクターと同年配に見えるが怪しい大人の色香を漂わせている美魔女なので、ぜひ続きを聞いてみたい。


「では、最近ついに騙されたということですか?」


「うん、そうなの。私は三人の子供がもう成人しているので、これからは一人でのんびり暮らそうと思っていたのにね。8年ぶりで戻ってきた安朗さんはすっかり昔の面影が無くてぼんやりしているものだから、何か放っておけなかったのよ」


「母性本能って奴ですか。でも昔のドクターはもっとしゃきっとしていたんですか? 信じられません」


「うん、当時は女性なんて眼中になく、猛烈に研究へ突き進む学問の鬼だったから、正直怖くて私なんかが近寄れるような存在じゃなかったわね」


 ん、だとするとドクターの前の二度の結婚というのもUSMを離れた8年間の出来事なのか?


「ではその頃まではずっと独身を貫いていたと?」

「悪いか? 私はそれだけここでの研究に命を賭していたのだ」

 うん、この人が言うと、全くかっこよく聞こえない。


「つまり、ここを出てからのドクターの8年間は、生きる屍だったってことよ。その割に二度も結婚しているし、結構人生を楽しんでいたように見えるけど」


 ここから澪さんがドクターの肩を叩いて、先程モラハラ暴力カウンセラーと呼ばれた仕返しが始まる。


「その間は違う研究課題に取り組んでいただけで、自暴自棄になったわけではない。事実、この8年間にもいろいろな成果を上げていたぞ」


「でもエルザさんにはしょんぼりしているように見えたんだ」


「それは、急にここへ呼び出したUSMの上層部が悪い。俺にも俺なりの都合というものがあってだな、それを放り出してすぐに来いというのは横暴極まりないだろう!」


「でも暇だったから、内心嬉しかったんでしょ。苦い顔してたのはただの照れ隠しだよね」

 澪さんの千里眼は容赦ない。


「じゃあ、私はその照れ隠しにころりと騙されたと……」

 エルザさんは目を見開く。


「今からでも遅くない、すぐ別居した方がいいよ」

「こら、澪。余計なことを言うな」


「これからは転ばぬ先に、私にご相談ください」

「やめろ、まだ転んじゃいない。ぼったくりカウンセラーの出番はないぞ!」


「そういう澪ちゃんもやっといい人を見つけたらしいですね」

 そう言ってエルザさんは俺に目を向けた。一瞬背筋が凍る。この場には何故か魔女が多い。


「うん。うちのハニーは一見単純な人間なんだけど、時々私にも何を考えているのか全然わからないものを隠しているのよ。もしかしたら空から降って来た宇宙人の仲間かもしれない」


「でも姫のピンチに国境を跳び越えて救いに行くなんて、素敵ね」

 エルザさんは澪さんの嘘を丸呑みしている。


「いや、そこは何も考えていない単純バカの行動だからな」

 やはりドクターはドクターだった。俺は話題を変えようと試みる。


「美鈴さんと美玲さんのモデルになった女性はドクターの奥様だという噂が隊の中にはあるんですが、今の話によるとそれは嘘ですね」


「当たり前だ、トミー。まあ10年前もエルザは魅力的な女性だったけど、当時は人妻だったしな。それに他の二人の元妻と出会ったのはその後のことだ」


 なるほど、デマだったか。


「二人のモデルになったのは数百人以上の女性だ。怪獣の胃袋の中から救出され、私が面倒を見た女性たちのことだ。その多くの女性からスキャンされた医療データを元に、平均的な数値で彼女たちは設計されている」


 そうだったのか。確かにUSMの医療データベースには無数のカルテが残っているのだろう。

 しかもこの世界にはエルフやドワーフはいないので、普通に人間の平均値となる。


「でも、それにドクターの趣味というムッツリフィルターがかかってるけどね」

「ばか、澪、おまえどうしてそんなことを……」


「私に隠しても無駄よ。それに、このくらいは玲ちゃんだってお見通しだって」


「そうです。私たちのデザインにドクターのバイアスがかかっていることくらいはお見通しですよ。……ちょっぴり控えめなバストとかね。ただ、ドクターとトミーの趣味が同じだったとは……」


 美玲さんは、自分にそっくりな美鈴さんの胸のあたりを中心に視線を送った。


「だからドクター、大事な奥様をトミーに取られないよう気をつけて下さいね」


「やめてよ、玲ちゃん。私も若い人の方がいいから、その気になっちゃうじゃないの……」

「おい、エルザ。なんてことを言うんだ君は」


「冗談に決まっているでしょ!」

 エルザさんは再びドクターの脇腹に肘打ちを入れ、澪さんは真面目な顔で俺を見た。


「じゃあ、清十郎も私をドクターに取られないように気をつけてね」

「それだけは絶対にない!」


 ドクターは憤慨するが、俺は笑うに笑えず下を向いているしかなかった。


「だいたい澪のように、外見から中身までこれほどまでに非常識でふざけた存在は、美鈴や美玲とはまるで正反対ではないか!」

 ドクターはまだ憤懣やるかたなしという感じだ。


「そう言うドクターだって、私と同じ変人枠でUSMに採用されたくせにさ……」


 澪さんの呟きに、遂に俺は堪え切れず吹き出してしまった。


「でも、その頃の澪さんもまだ控えめな胸だったでしょ?」

 その言葉に澪さんの目が光った。俺は、また余計なことを言ってしまった。


「そりゃあローティーンだった私が今みたいな巨乳だったわけがないでしょ。やっぱりトミーは……」


 うっかり新しい地雷を踏んでしまった。

 その後、澪さんが俺の耳元で「本当は胸の小さい女が好きなのか?」と繰り返すのには閉口した。


 いやだから、実際に美鈴さんたちもそんなに小さくはないんですからね、とはちょっと言えないし……



 ゆっくりとした食事の最後に、美鈴さんがデザートを運んだ。

 それは澪さんとの合作による、ひし餅風の三色ゼリーだった。上の赤はイチゴと赤ワインソース、真ん中の白はココナッツミルク、下の緑は抹茶。


 ドクターや日奈さんはまだまだ飲み足りないのか盛り合わせの刺身と日本酒から離れないが、他の面々は冷たいデザートに手を出している。

 エルザさんは自分が持参したイチゴ大福もぺろりと食べて周囲を驚かせている。


 すっかり陽は沈み星が出ている。

 南に広い窓がある居間から見る景色の左側三分の二は人の住めなくなった南東に広がる低湿地で黒く塗りつぶされている。残りは都心の街の明かりが美しい。


 そんな景色を見ながら俺は美鈴さんのいれてくれた熱い紅茶を飲みながら寛いでいた。


 隣に座り密着する澪さんは日本酒の盃をまだ放さず、意外と酒豪のエルザさんが甘いデザートの後にまた酒を飲み始めている。


 日奈さんも底なしに呑むのでドクターはやや勢いがなくなっていた。


 そんなゆっくりした時間を引き裂くように、警報が頭の中に響いた。いつか聞いたのと同じ、怪獣接近警報である。


「緊急警報!」

 の赤い文字が視界に浮き上がる。

 不明生物の接近を観測

 等級:ⅬⅬ級からXL級

 数量:2体

 種類:不明

 位置:北東5400m 荒川を渡り南西方向へゆっくりと進行中


「おい、またか。最近多すぎるぞ」

 そう言って日奈さんが立ち上がる。


「これを」

 美鈴さんと美玲さんがアルコール中和薬の錠剤を全員に配る。


「私はすぐ行かねばならないが、他の皆はこのまま命令があるまで待機するように。特に謹慎中の二人は勝手に動くなよ。あとはドクターとエルザさん、問題児を部屋から出さないように監視していてください」


 そう言って錠剤を嚙み砕きながら、日奈さんは慌てて部屋を出て行った。


 動くなよ、は動け、かな?

 さすがに今回は違うだろうなぁ。



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読みやすくなるように、ちょいちょい直しています

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