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赤い花

 恐る恐る脱衣所へ声をかけると、再び浴室の扉が勢いよく開いた。


「どうしてバレるかなぁ。今日はいけたと思ったんだけど……」


 そうして明らかに美玲さんとわかる悪戯っぽい笑顔を浮かべて再び浴室へ戻って来た。

「バレたなら仕方がない。もう一回、しようか?」


 そう言って明るく笑いながら、彼女は湯船の中に入って来た。よく観察をすれば確かに、この人は美鈴さんとは違う華やかなオーラを纏っているのだった。



 澪さんの母親であるMAOさんの若い頃のヒット曲に、赤い花という歌がある。

 秋の野に咲く赤い花を眺めて、幼い少女が行方不明の母と姉を思い出して涙する、という歌だった。


 MAOさんの育った埼玉の野に咲く彼岸花を唄ったように思えるが、彼女の母親は健在で後に孫の澪さんを引き取り育てることになる。


 だからMAOさん自身の体験に基づく歌詞ではないのだろう。元々は英語で歌っているが、日本語バージョンもある。


 さて、脱衣所の彼女が妙に陽気な節回しでこの曲を口ずさんでいた。


 明るく歌う少女に母と姉がいるならば、母親は澪さんで姉は美鈴さんだ。当然ご機嫌で歌うその人は美玲さんではないのか?


 そう思うと、確かにこの人は美鈴さんらしからぬ大胆さであった。

 どうして笑顔でこんなに寂しい歌を口にしていたのかは不明だが、不思議と彼女の浮かれた口調に合っていたのも確かだ。


 そんなこんなで二度目の乱入にすっかり魂まで抜かれて、俺はやっとの思いで部屋着に着替えて、ベッドに戻って倒れていた。


「トミーはだらしがないな。若いんだからもっと元気出せよ」

 倒れている俺の横でベッドに腰を下ろしている美玲さんが俺の頭を小突く。


「どうして美玲さんが……」

 俺はやっとそれだけ言った。


「だって毎日4人で楽しそうにして、私だけ仲間外れにするんだから……」

 それは仕方がない。俺は好き好んでこんな生活を送っているのではない。真面目に毎日絶賛自宅謹慎中なのだ。


「それに鈴ちゃんが先に経験しちゃって私だけ置いて行かれたから。早く追い付かないと、と思って……」

 嘘だ。この人はもっと色々と経験を重ねているに違いない。


「あなた、嘘だと思っていますね」

 そうか、この人はうちの小魔女の身内だった。澪さん直伝の読心能力を誇っているのだ。


 俺も前世の高校野球の世界では駆け引き上手の捕手としてチームを牽引し、相手バッテリーの配球を読む嫌な打者としても有名だったのだが、そんなものはここでは何の役にも立たない。


「ふん、どうせ私なんか鈴ちゃんの偽物なんだから……」

 面倒くさい。酔っ払いに絡まれているようなものだ。


「ほら、面倒な奴だと思っていますよね」

 ダメだ、これは。


「でも、今日は私もここで夕飯を食べていきますから、よろしくね」

 マジか?


「えっ。やるだけやったから早く帰れって? ひどい。鬼畜!」

 俺が何も言わないのに会話が成立してしまうこの理不尽。


「仕方ないわ。トミーは全部顔に出過ぎるの」

「もう勘弁してください……」

 俺は涙目で訴えた。


 俺はこれ以上頭の中を探られないよう枕に顔を埋めて、密かに涙した。


 この世界では、アンドロイドでさえ自分の楽しみを優先して生きているというのに、俺は何をしているのか?


 いやまあ、俺も十分楽しませていただいたのですけどね。



 気まずい気持ちで夕飯の席に着くが、美玲さんはいつも以上に元気いっぱいで美鈴さんも澪さんも何故か楽しそうだった。


「明日は雛祭りなので、ドクターの奥様も呼んで一緒に夕食会にしましょう」

 何故か美玲さんが仕切っている。


「俺たち謹慎中なんですけど、いいんですか?」


 俺は不安を覚える。


「なんなら八雲隊長と日奈ちゃんも呼んじゃえば」

 澪さんが吹っ切れたように言う。


「ダメです。八雲隊長はお家でお嬢様のお祝いをするはずですよ」

 こういうまともなことを言えるのが美鈴さんしかいないのは辛い。


「じゃあ、日奈ちゃんだけ呼ぼう!」

 まあ、澪さんが声をかければ青い顔をして必ず来るだろうけど、それでいいのか?

 俺は知らん顔をすることにしたが、ドクターはどうなんだ?


「俺もたまには家で飯を食いたいし、そもそもこんなところに妻を連れて来られるかっ!」


 だがドクターが抜けると明日は女ばかりになってしまう。

「いや、俺も明日はちょっと用事があって……」


「あんたはまだ謹慎中でしょ、ダーリン。私たちふたりは離れられない運命なの」

 すかさず澪さんに言われる。


「あと三日だけの運命だけどな」

 自宅謹慎はあと三日も残っている。正直きつい。


 誰か助けに入ってくれる男性はいないのか?

『ワタシで良ければ、お助けしましょうか?』

 また呼んでもいないのにこいつが出てきた。


『おまえに何ができるんだ?』

『例えばドクターの奥様には先に明日の予約を入れてしまいましょう。そうすればドクターも逃げられず、一緒に来るでしょうから』


 なかなかいいアイディアだが、どうやってやるのだ?

『お任せください。証拠は残しません』


 うん、なんだか知らないが悪だくみは全部ゴンに任せよう。

『よし、頼んだ。八雲隊長はかわいそうだから、ドクターだけね。あと日奈さんも暇ならいいけど、デートの約束とか入っていたらかわいそうなので、何とかしてあげて』


『承知しました』


 おお、なんか優秀なAIアシスタントみたいじゃないか!

『本物の超優秀なAIですが、何か?』


『聞こえたの?』

『はい、セイジュウロウの心の声はダダ漏れですから』

『……』

 これ以上ゴンと話すのはやめた。


 心の声を顔に出さないだけでなく、頭の中から漏らさない方法も学ばねばならないのだろうが、それをゴンに教えてもらうのはあまりにも癪だ。


 まだまだ、俺の前途は憂鬱だった。

 


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