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3月

 俺の軟禁されている部屋はこのビルの上層にあって、居間を中心に南向きの日当たりのよい一角を占めている。


 トイレと風呂と洗面所を備えた寝室が5部屋に大きな居間とダイニングキッチン。


 ここまでが居住空間で、他にトレーニングルームとそれに付随する医務室、廊下からも直接入れる応接室兼会議室も揃っている。これだけでこのフロアのほとんどを占めている。


 その他にも医療スタッフが使用する小部屋も幾つかあり、討伐隊のガサツな連中は普段から近付きにくくなっている。


 そういう意味での待遇は、決して悪いとは言えない。


 終日ベッドで横になり仮想空間へダイブしていると肉体の方が弱ってしまうので、本日の午前中は住居内にあるトレーニングルームで運動をする。

 というか、ドクターの指示通りに一定のメニューを消化させられる。


 ドクターによれば、俺の体は例え機械部分の動作だけでも、使われているバイオ素材が全身のエネルギーを消費するという。


 ランニングマシンで機械の両足を動かしているだけに見えても、心肺機能の強化や周辺の筋肉や体幹が連動するので、結果的には全身の強化になるらしい。


 しかしバイオ素材っていったい何だろう。ミドリムシじゃないよね。本当のところは、ドクターが何を言いたいのか正しく理解できてはいないのだ。


 俺はトレーニングを終えて居間に戻り、一休みする。美鈴さんが用意してくれた冷たい飲み物で喉を潤し幸福に浸る。この居室の中央に位置するリビングは、南に面して広く明るい。


「今日から3月ですね。清十郎さんが目覚めて1か月です。今夜はちょっとお祝いしましょう。何か食べたいものがありますか?」


 ああ、そう言われてみると、やっとひと月か。なんか数年分の経験をしたような気がする。


 入隊してからはUSMの食堂で好きなメニューを選べたので、色々なものを食べた。でもせっかくだから、皆で鍋を囲むなんていうのも悪くないと思う。


 そんな話をすると、美鈴さんも喜んだ。

「もうすぐ暖かくなるので、今のうちにお鍋もいいですね。何鍋にしましょうか?」


 俺は群馬の田舎で育ったが、特に地元の名物料理のようなものは記憶にない。本当に何もないところだった。


 鍋と言えばその時にある地元で採れた野菜と肉を煮込んだだけのものだ。

 こんにゃくやジャガイモが入り、締めは大抵うどんだった。味噌味が多かったような気もするが、豆乳鍋なども好きだった。だが、どれも特別なものとは思えない。


「いや、鍋なら何でもいいです。俺は好き嫌いがないので」


「では準備しておきます。何か変わった食材があればいいのですが。ああ、今夜は楽しみですね」

「はい。よろしくお願いします」


「その前に、お昼ご飯は鰆の塩焼きですよ。もうすぐ春ですね」

 こんなにのんびりとできるのなら、ずっと謹慎でもいいかなと俺は不謹慎なことを考えていた。


 午後はまた仮想世界で怪獣と戦う。


 USMの戦術による市街戦では、10メートルから25メートルのM級と呼ばれる怪獣が境界線になる。


 それより大きければ遠距離攻撃主体、それより小さければ接近戦が主体と、基本戦術を変える。


 俺が見たアオガエルは100メートル近いⅬⅬ級で、ウミウシはM級、ヘラジカはS級だった。


 第ゼロ小隊は俺の特性上、M級以下の小型怪獣に特化した接近戦での運用がベスト、との判断が今は主流だ。ただし、今後俺の用いる武器次第、というクエスチョン付きだが。


 まあ、それくらい俺の存在がイレギュラーなのだろう。


 ある程度の実地訓練を経た今だからこそ、バーチャル空間でしかできない訓練がある。


 うん、それは認める。でもこれって、俺の謹慎関係なくね?


「よし、トミー。次はハンマーを使ってみようか」

 プラズマ散弾銃を試していた俺は、次の武器に切り替える。


 普通の散弾銃の派生品であるこの銃はなかなか良かった。

 高温高圧を長く維持できないプラズマ弾の射程の短さを逆手にとり、弾丸を散弾にしてより近距離での威力を高めた。


 そう言うと聞こえはいいが、散弾のサイズや飛距離が安定せず、近場へ適当にばらまく以外の制御が不可能という未熟な技術だ。


 しかし、30メートル以上離れると威力が急速に減衰するので、市街地でも扱いやすい。


 次は、大きなハンマーだった。技術部が提供してくれた最新データによると、この新しいバトルハンマーは巨大な釘打ち機のような構造で、ハンマー先端が対象に当たると釘に相当する弾丸を打ち込む。


 金砕棒と違い、ゴルフクラブのように柔軟なシャフト部分が衝撃を吸収してくれるのだ。


 この弾丸の種類は杭のような物理弾頭から散弾、それにプラズマ散弾銃に使われるのと同じ高温高圧のプラズマ弾など多彩だ。


 空振りすれば弾は発射されない、接近戦専用の武器だった。

 とはいえ、全然スマートではない。できればこんな野蛮な武器は使いたくなかった。どうもこれは、削岩機などに使われる技術の応用らしい。


 しかし野蛮と一言で片付けるのは申し訳ないほど、威力は相当なものだ。

 プラズマ弾を使えば一撃でウミウシの首が飛ぶ。これならヘラジカも狩り放題となるだろう。


 ショットガンと違い威力が集中して対象に伝わるからだろう。その分、接近して当てるのが大変だが、それは俺の動き次第だ。


「日奈さん、ショットガンと同じ銃でこのハンマーの弾丸やグレネード弾を撃てないんですかねぇ」

「わかった。フィードバックしておく。さあ、次はヒートソードを試すぞ」


 昨日使ったロングソードより短い青龍刀のように少し湾曲した剣だが、プラズマ化した高温高圧のブレードが付くという。今日はプラズマの大安売り特売日である。

 まあ、バーチャルワールドだからね。


 この青龍刀がエネルギーパック込みで15キロという軽量(?)なのだそうだ。

 レーザーブレードはまだ技術的に無理だが、レーザーにより生成された高温高圧のプラズマを刀身に封じ込めた剣だという。


 連続稼働時間は5キロのエネルギーパック1個で10分間。なかなか優秀だ。あとは切れ味と耐久性だ。


 これなら俺が振り回すには問題のない重さだ。グリップ部分にエネルギーパックの重量がかかり、全体のバランスも悪くない。


 スイッチを入れると湾曲した刃が赤く光り、やがて白く輝く。

 いかにも高温の雰囲気だ。どうやらホバーカーにも使われる重力制御技術で高温のプラズマを保持しているらしいが、こんなものに衝撃を与えればすぐに砕けてしまいそうだ。


 緊張して周囲の草を払い木の枝を落とす。思ったより簡単にすぱすぱ切れる。

 次に、それを振りかぶって仮想敵であるウミウシの首に斬りかかる。

 剣の一振りで軽く首の半分が斬れた。これはすごい。


 あのバイパーの爆発に耐えるウミウシを、カマボコのように簡単に刻める。うっかり刃に触れれば、俺の手足も簡単に落ちてしまうだろう。


 調子に乗って近くの大木の幹を斬ろうとしたら、刀身が食い込んで途中で止まり、刃は根元から砕け散って盛大に火花を散らした。

 実戦なら山火事が心配になる。

 さすがに木が太すぎたか。


 本体の強度や熱量が不足していると、一振りで砕け散る。ダイヤモンドカッターと同じだ。


 チェーンソーを使うように、ゆっくりと対象物に刃を当てて切断するのが正しい使用方法なのだろう。


 ドクターの高周波ブレードもそうだが、よく切れる強力な刃物は、刀身自体の強度や耐久性が問題になるようだ。


 うん、こういうデリケートな機器は戦闘には使いにくいよね。

 これ以上実戦で借金を増やすのは勘弁してほしいので、武器の強度は重要な要素だ、と日奈さんに伝えて訓練を終えた。


 さて、今夜はどんな鍋料理だろうか。

 


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