清十郎 (第二部開始)
ここから第二部スタートです。
第二部は中盤以降、終わりなき戦いが続きます。
それまでは、少しまったりしてください。
俺には、三歳年上の姉と五歳年上の兄がいた。
兄の名は圭、姉の名は芽以といった。俺の名前は何故こんなに長いのだろう?
俺は兄のことを圭ニイ、姉のことは芽以ネエと呼んで慕っていた。
二人は俺と違って学業成績が非常に優秀で、田舎では神童の兄妹として有名だった。その分俺も、残りカスの残念な暴れん坊として悪名をはせていたのだが。
非の打ちどころのない高スペックの兄と姉から俺は可愛がられて、小さい頃から色々なことを教えてもらった。
圭ニイは落ち着いた性格で、何事にもじっくりと考えて慎重に取り組む。芽以ネエは頭の回転が速く興味の赴くままに様々なものに手を出して、次々と新しいことを考え付く。
出来の良くない弟の俺には、二人が組めば無敵に思えた。
ガキの頃の俺が周囲を見下して好きなように暴れまわっていたのも、兄と姉に比べれば周囲の子供も大人も頭の悪い間抜けにしか見えなかったからだ。
勉強は苦手だったが、俺は天才と呼ばれる兄と姉を見て育ったので、要領よく振る舞うことだけは得意になった。
だから外でどんなに暴れて喧嘩をしても、いつまでも敵対して憎み合うような相手を作らなかった。結果として誰とも仲良くなって、簡単にガキ大将の地位を手に入れていた。
それもこれも、喧嘩などしたことのない兄と姉二人の天才の悩みを近くで見ていたからだ。
二人とも元々の能力が違うのに、適当にサボることをせずくそ真面目に生きていた。
その不器用で馬鹿正直な生き方が潜在的な敵を多く作り、結果として傷つき孤独に苦しむことになる。その痛々しい姿を、俺は今でも覚えている。
そんな二人は、俺に生きる上での重要なアドバイスをたくさんくれた。
俺の年齢にはまだ早いような本や漫画、良質の映画や音楽をさりげなく与えてくれたし、ネットやコンピューターの知識を仕込んでもくれた。
そして俺の苦手な勉強も、辛抱強く教えてくれた。
そうして俺が田舎の中学校を卒業して高崎市内にある野球部の寮へ入ると、そこにいる野球部の仲間や年上の先輩、コーチや監督に至るまで、信じられないほど幼稚に見えて困った。
入寮して一か月ほどして初めて監督からかけられた言葉を、俺は忘れない。
「富岡、おまえ本当に十五歳か?」
最初、俺は自分の体が小さいことをからかわれているのだと思い、顔が真っ赤になった。
だが、監督はこう続けた。
「おい、明日の二軍の練習試合、捕手は富岡で行く。二軍のキャプテンも富岡にやらせるから、先発投手も自分が選べ」
俺は入学前の3月から入寮して、練習に参加していた。
新学期が始まり新チームの始動に当たり、二軍となる一、二年生中心の練習試合が幾つか組まれていた。そのチームの主将を、一年生の俺にさせるとは異例どころの騒ぎではない。二軍には、三年生もいるのだ。
だがその時の俺は自分のチームメイト全員の能力を既にある程度まで把握し、対戦相手の情報もマネージャーを通じて入手していた。
結局それから間もなく一軍に上がり引退するまで、俺はずっとチームの主将を任されることになった。不思議とコーチや元主将である上級生からも、全く異論が出なかった。
こんな出鱈目なことができたのも、俺の入学した学校が創立十年にも満たない新設校で、監督も若く自由な気風に溢れていたからだ。
確かに県内を中心に有力な選手を集めてはいたが、歴史も伝統もない学校だからこそチャレンジできることも多かった。
キャプテンになった俺は、しかし先頭になってチームを牽引するパワフルなタイプではない。
本来兄や姉の影響で好きになったアニメやゲームが大好きで、時間さえあれば一人で何時間でも部屋の中で過ごしたいのだ。
もちろん、野球部時代はきつい練習で体を鍛えることも怠らなかったし、パソコンやビデオを使ったデータ収集と解析も得意としていた。
俺が事故で死んだとき、圭ニイはアメリカの大学へ留学していて、芽以ネエは京都の大学に通っていた。
両親はいずれ俺が群馬に戻って農家の跡を継ぐだろうと思っていただろうから、さぞかし落胆しただろう。俺もそのつもりだったし。
だが、こればかりは俺にはどうにもできない。
そして今、俺の前には二人の天才がいる。
一人は世界的な発明家であり生化学者であり、優秀な外科医でもある。
もう一人も優秀な精神科医であるが、人間の精神世界の深淵を見つめる人外の魔女である。
二人に共通するのは圭ニイや芽以ネエの爪の垢を煎じて飲ませたいほどの不真面目でいい加減過ぎるその人間性そのものである。
出来ることなら俺がその根性を一から叩き直したいほどだ。
もしこの世界が狂っているとすれば、怪獣の選別によって何故このような変態ばかりが生き残っているのかということに尽きる。
自分の命より好奇心を選んだ頭のいかれた連中が、ひたすら50年間その方が面白い、と思った方向へ突き進んだ結果の世界だ。
俺がこの世界へ来てまだ一か月しか経っていないのに、まるで最初からここが自分の居場所のように感じるのも、きっと間違いなく俺もその変態の一人だったからなのだろう。
そう思うとこの世界が堪らなく愛おしく、しかし何だか腹の虫が治まらない。
恐怖の大王とやらが何を考えてこんな世界を作ったのかは知らないが、とりあえず俺は「こらっ、責任者出てこい!」と叫ばずにはいられないイライラした気分になるのだ。
ただこの世界が愉快なのは、この一か月間誰一人として俺に対して、「おまえは本当に十八歳なのか?」などと聞く者がいないことだ。
ここでは人間の外見がほぼ意味のないことが常識化している。若く溌溂とした姿とリーダーシップをアピールして大統領を目指す時代ではない。
逆にそんな人間は、ここでは煙たがられるだけだ。
俺から見ると精神年齢が若い人が異常に多いのが気になるが、俺のように老成して見える人間にとっても暮らしやすい場所だ。
だから、このままの暮らしが続けばいいなぁ、と俺は思っている。
自宅謹慎中の暇な時間にそこまで一人で思いにふけっていて、ふと気づく。
俺は、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
今の一連の流れは、物語を締めくくるときの流れだ。
もしこれから始まる新たな物語があるとすれば、俺はとんでもなくヤバいフラグを立ててしまったに違いない。
ああ、これが何かとてつもない事件が起きる前触れになりませんように!
俺は必死で神に、いや恐怖の大王様に、祈った。
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