時代遅れ(第一部終了)
『セイジュウロウ、昨日の性能確認試験は合格だったようですね』
目覚めると、ベッドから出ないうちにゴンがそう言い放った。
まだ寝ぼけていた俺は、その一言で疑問が一つの場所へハマって、すとんと落ちた。
『え、もしかして昨夜のあれは、文字通りに俺の性的能力を確認する試験だったとか……』
これはとても酷すぎるオチだった。
そうこうしていると扉がノックされて、いつものように美鈴さんが入って来た。
「おはようございます、清十郎さん」
続いて澪さんも入って来る。
「おはよう、ダーリン」
いきなり何を言うか、この人は。
ゴンの言葉により俺は朝から不機嫌で、逆に変なテンションでご機嫌な顔の二人を見る。
「清十郎さん、あの、わたし、昨日はどうでしたか?」
「えっ?」
乙女の恥じらいもなく、いきなり何を言いだすのか、この娘は。おい、ゴン、何とか言え。
「うん、その顔なら合格だね。鈴ちゃんの初めてを貰ったんだから、もっと嬉しそうな顔をしろよ」
澪さんもニコニコしている。どういうことだ?
『つまり最初の澪が清十郎の試験で、その後は美鈴の試験だったのでしょう』
ゴンの言葉に俺はたまらずに絶叫する。
「ええええええーっ」
「清十郎、これからもよろしくね。まあ毎日ってわけにはいかないけどさ」
「わ、わたしは毎日でも大丈夫ですから」
そう言って美鈴さんが頬を染める。こっちも恥ずかしいから、そんなことを口に出さないでほしい。
俺は半分パニックになり、このまま叫んで部屋から飛び出したかった。しかし、今は自宅謹慎中なのだ。
「じゃ、鈴ちゃん後は頼んだよ」
澪さんは颯爽と部屋を出て行く。
「さあ、そろそろドクターもいらっしゃる時間ですよ。急いで着替えてください」
いつもと全く変わらぬ美鈴さんである。
『なあ、ゴン。おまえの娘は本当に初めてだったのか?』
『そのようですね』
『おまえも知らなかったのか?』
『知る必要のない情報は、たくさんありますよ』
『そうか……』
『で、セイジュウロウ。ワタシの娘はどうでしたか?』
『うるさい、黙れ。それも知る必要のない情報だ!』
俺は急いで顔を洗い、着替えてダイニングへ向かった。
既に俺以外のメンバーは揃っている。
「そういえば、ドクターはここの寝室を使っていませんよね。いつもどこにいるんですか?」
自宅謹慎扱いは俺と澪さんだけなので、ドクターと美鈴さんは自由に出入りしている。特にドクターはここに寝室も用意されているが、毎朝どこかの別宅からやって来るのだ。
「どこでもいいじゃないか……」
珍しく歯切れが悪い。
「ドクターは奥様がこの下のフロアに住んでいるので、普段はそこで暮らしているんですよ」
美鈴さんがあっけなく情報開示した。
「新婚だからね。私たちが邪魔しちゃ悪いから、そっとしておいてやれよ、清十郎」
澪さんも知っていた。まぁそれは当たり前か。だって魔女だもの。
「新婚だって?」
このドクター、こんな顔をして意外だ。
「何度目の結婚だっけねぇ」
澪さんがからかう。
「まだ3度目だ。特別多くはなかろう」
「まあ、そうだねぇ」
そうなのか。
「この世は産めや増やせやの時代だからね。ドクターにも頑張って人口増加に貢献してもらわないと」
ドクターが飲みかけのスープをのどに詰まらせた。
そうか。確かに人類は絶滅寸前から立ち直りつつあるところだった。それにしてもドクターの実年齢は幾つなのだろうか。
「清十郎は私のダーリンだから浮気しちゃだめよ。他に好きな人が出来たらちゃんと言ってね」
「え、俺?」
「別に今すぐ結婚しようってわけじゃないけどさ、浮気はダメよ、って話」
今朝はずっとこんな話だ。
「あの、わたしはセーフ、らしいです……」
美鈴さんが赤くなって下を向いた。
「お、俺の人権は、いや選択権は……いや、いいです。何でもありません。はい」
読心術を使う魔女の前で、これ以上無駄な抵抗をすることもないだろう。
朝から変な修羅場に突入するのが怖くて、俺は何も言えない。だから俺は、話題を変える。
「澪さんは、一部の人たちから熱狂的な支持を受けているんじゃないですか?」
すると何か地雷を踏んだようで、すごい顔で睨まれた。怖い。
「ロリコンどもは、胸の大きくなった女は守備範囲外なんだそうだ……」
と吐き捨てるように言った。いったい何歳ごろから胸がこんなに育ったのだろう。10年前と外見が変わらないというのには、一部分の例外があったようだ。
「それより鈴ちゃんだって、言い寄る男を10年間ずっと拒否し続けていたんだからね。トミーにわかる、この意味が!」
ちょっとの間、俺の顔は青くなったり赤くなったりしていただろう。
それを気にもせず、ドクターが俺を見た。
「トミー、この時代には2種類の人間がいる。怪獣に食われて死ぬ人間と、食われても生き残る人間だ。その理由はいろいろ言われているが、今も解明されていない」
珍しく、ドクターが何かまともなことを言い始めた。
「それに深く関連して、人の生き方にも2つの傾向がある。多くはここにいるような、何も気にせず暮らすいい加減な連中だ。だが一方で、絶対に怪獣に襲われないよう地下深くに潜り仮想世界のみに生きる者や、怪獣の現れないような山奥の僻地でひっそりと暮らす者もいる」
そういった話は聞いたことがない。この世界は阿呆で溢れているものだとばかり思っていた。
「今、おまえは俺たちに巻き込まれてここでこうしているが、本来それを選択するのはおまえ自身だ。おまえが目覚めてまだ1か月。ここが嫌なら、いつでも好きな時に出て行っても構わん」
ドクターの言葉には、感動した。
「でも、借金は?」
俺は小さな声で、一番大事な質問をした。
「そんなことは気にするな。おまえのパートナーを自称する澪が何とかするだろう」
「こらー!」
そう言ってドクターの背中を澪さんは叩いている。
「あれはドクターの借金でしょ。私は知らないからね!」
だが、俺はそれを見ながらしみじみと思った。
俺は、この人たちを守るために生きよう。例えそれがこの人たちの価値観とは少し違う、時代遅れの考え方だとしても。
(第一部完)
無事に第一部完了しました。ありがとうございます
連載中の改稿も随時しています 読みにくかった方は御免なさい
スピンオフを一話挟んですぐに第二部を始めます
今後ともよろしくお願いいたします




