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自制心

『確かに人を超える力を持ちながら日常生活を送るための前提として、非常に繊細な肉体と精神の制御が求められることをドクターは知っていました』


 相変わらず聞いてもいないのに、ゴンはそう言った。


『確かに、俺が性的に興奮して相手の女性をミンチにしてしまうことは避けたいよな』


『その通り。それ以外にも、実は怪獣と闘う以上にセイジュウロウは自分との戦いを制して今ここにいることを忘れてはいけません』


『だからこれほど長い眠りにつく必要があったということか?』

『それだけではありませんが』


 基本的には、それってタロスやアンドロイド全般にも言えることだと思うが。

『タロスは性的に興奮しませんから』


『でも美鈴さんは興奮していたように見えたけどなぁ』

『そりゃ、私の娘ですから人並に興奮しますよ』


『それは俺と同じ特別な制御で克服しているということなのか。なら10年前に俺が目覚めていても不思議はなかったと……』

『基本的にはそうなります』


『でも俺の場合はこれ程オーバースペックのボディが無ければ別に自制心も不要だし、そうなれば当然おまえも不要だったのでは?』


『それはワタシの責任ではありません。若いころのドクター永益に説教してやりたい気持ちはわかりますが、基本的にはその方がずっと面白かったのですよ。諦めてください』


「どうしました、清十郎さん。食が進みませんが」


 例の朝食ミーティングという名のただの朝食の間、俺はゴンとの話に集中して少しだけ食事の手を止めていた。こんな時にも基本的にシングルタスクの人間は不便だ。


 その気になれば、俺は頭蓋に埋め込まれた補助回路により普通の人間には不可能な並列処理を平気で実行可能なのだが、日常生活の中でまで使う必要性がない。


 まあ、腕や足がもっと多ければ便利に使える機能なのだろうが、逆に食事の手を止めて考え事をするくらいの人間性は保ちたいとも思う。


 俺以外の三人はそれぞれに仕事があり、一日中色々と多忙らしい。ただしこの建物の中にいるので、三度の食事は揃って食べるということになった。一つには俺から目を離さずに監視する目的のようだったが。


 ドクターと美鈴さんは隊員の診察があると言って出て行ったが、澪さんは俺と同じ自宅謹慎というか軟禁というか、要するにこの部屋から出してもらえないのでそれぞれの部屋でネットワークに繋がりバーチャル空間で仕事をする。


 俺の場合は訓練になるのだが。


 ゼロ小隊の隊員が時間通りにUSMの訓練サイトに集合して午前中4時間、午後も4時間のハードな訓練が予定されている。ここまで実地の地味な訓練を中心にしてきたので、バーチャル空間で様々な怪獣を相手にした訓練は意外と楽しい。


 これはよく出来過ぎのゲームだから、面白くないわけがない。難度が徐々に上がると簡単に死ぬのも、実地訓練では味わえないゲーム性だった。


 俺は高校球児だったがゲームやアニメなども大好きで、高3の7月に甲子園の予選で敗れ引退してからの数か月は、滅多に家から出ることもなく2Dの世界に首まで浸かっていた。同時に、進学のために必死で勉強をしていたのだとも言っておこう。


 それが、ここでは仕事と称して3Dの仮想世界の中でたっぷり遊べるのだから舞い上がった。何しろ、俺一人だけ卑怯なほどに機体の性能が良いのだ。先日の性能確認試験のデータが忠実に反映されている。俺は超人として訓練空間で無双した。


 今は俺専用となる武器開発のためのデータを収集中だ。


 まさか毎度毎度都合よく地面に投擲用の何かが落ちているのを期待するわけにもいかない。今回のような市街地でおいそれとレーザーやグレネードなども使えないのだから。


 必然的に、俺の身体能力を生かした白兵戦用の武器になるのだろう。とりあえずバーチャル空間の中で色々な武器を試している。

 射程が短くてもよいが、威力のある武器が必要だ。


 今日の獲物はロングソード。西洋風の分厚い両刃の剣だ。本来は両手剣だが、俺の場合はこいつを強化されている右手一本で振り回して、怪獣をぶった切るという展開だ。


 力任せに重い鋼鉄の剣を振り回すと、体のバランスが崩れてひっくり返る。そもそも武道の心得など皆無なので、野球のバットを振る感覚で扱うと色々難しい。


 生身の左半身を前にバッターボックスに立つように構えて、左手には警察の特殊部隊が持つような軽量で透明のシールドを持つ。キャッチャーミットとバットを両方構えているような、奇妙な感覚だ。


 慣れると、この装備でも結構身軽に動き回れた。

「どうだ、装備の使い心地は?」

 日奈さんが無線で問いかける。


「盾はいいけど、剣はちょっと重いですね。力いっぱい振ると、空振りした時には体を持って行かれます。そのうち自分を斬ってしまいそうで怖いです」


「ロングソードは本来、両手で持ち体の正面に構えて振り下ろしたり突いたりする剣だ。斬るというよりも、重量で叩き割るような使い方になるからな。力いっぱいに振り切らず、正面で止める感じで使ってみろ」


「ビームサーベルとかライトセーバー(Lightsaber)みたいな軽くてよく切れる武器はないんですか?」


 せっかく未来社会にやって来たのに、中世の鉄剣を振り回すのは悔しい。せめて日本刀にしてほしい。


「バーチャル空間だけならいくらでもできるがな。残念なことに現実にそんな武器はまだ作れない」

 俺は落胆した。


「日本刀はどうですか?」


「おまえの馬鹿力で振り回したらすぐ折れるぞ。剣技を鍛えている暇がないから、バトルアックスとかバトルハンマーとか、力技系の壊れにくい武器を選べ」

 うう、そんなバイキングみたいな武器で闘いたくない……


「早く技術部門に新兵器を開発してもらわないと」

「まぁ焦るな。おまえの好きな金属バットなら幾らでも用意してやる。金棒でもいいぞ。昔話の鬼が持っているような奴を用意してある」


「まったく、野蛮な世界だなぁ……」

 思わずそう言わずにはいられなかった。


 実際に俺が戦ったウミウシやヘラジカは戦闘向きではない、かなり脆弱な怪獣だった。ウミウシは目覚めたばかりで、ヘラジカは運動能力主体に軽量化された提灯のような構造だった。


 本来怪獣を倒すには、熊や虎、象など地上最強を誇る動物を狩るよりも遥かに難しい。


 M級以上の大怪獣などは、DNスーツに応用されている保護効果の高い素材を100倍にしたような強力な外皮に守られていて、普通の猟銃などでは傷もつけられない。しかも、素早く動く巨体には、攻撃を当てること自体が難しいのだ。


 怪獣との市街戦で被害を減らすには、極力敵に接近して強力な一撃を当てるのが一番なのだ。

 本当は中・遠距離から決して的を外さぬ確実な一撃が撃てれば良いのだが、かなり難しい。


 怪獣の腹の中には仮死状態の人が眠っている可能性があり、例え食われてもそうして命が助かる可能性がある以上、常にそれを意識した攻撃をせねばならない。


 大型怪獣の場合はその破壊力により多くの被害が出る。だが小型怪獣の場合には、市街戦で使用する強力な火器による流れ弾の被害が大きかったりするので、攻撃はより慎重にならざるを得ない。


 だからといって、遠くから石を投げ、接近したら棍棒で殴るっていう戦法は、さすがにどうかと思う。


 もっと21世紀らしいスマートなやり方ってものがあるだろう?


 


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