処分
「馬鹿野郎、行くなって言っているのに、平気で行くんじゃねえっ!」
翌日は何度も繰り返す事情聴取と体の検査に追われ、夕方になってようやく隊長室に呼び出されて、俺は個人的に叱られていた。
「行くな行くなっていうのは、行けっていう意味だと……」
入隊早々クビにならなくてよかった、と安心して戻った途端にこれである。
「あの場に澪ちゃんがいなかったら、おまえの身柄を取り戻すのにいったい幾らの金が必要だったと思う?」
隊長は恐ろしいことを言う。
「あそこの国は常に金欠で困っているんだから、そういう場所におまえは近付くな!」
「でも俺を置いて行ったのは小隊長なんですけど……」
「それはもう充分に説教済みだ」
日奈さんも、ご愁傷さまである。
「対外的には何もなかったことになっているが、これだけのことをしでかして何の処分も無しというわけにはいかない。特に、口うるさい内部の連中に対してはな。既におまえが何をしでかしたかについては、誰でも知っている」
そうなのだ。何しろあの澪さんが一緒だったのだから、黙っているはずがない。
だがそのおかげで俺の立場が守られているのもある。もしこの件が中途半端に隠蔽されていれば、どんな噂が流れるかわかったものではない。
概ね正しい情報が周囲に伝わったおかげで、俺の評判はこれ以上悪くなることはなかった。ただ澪さんの都合のいいように改変されている部分を除いては。
俺が塀を越える前に聞いた悲鳴は、澪さんの声だった。
その声は、ホバーカーの記録にも残されている。
その時点で俺は澪さんの声と気付き、隊員を救助するため、日本国民の命を守るため止む無く塀を超えた、という筋書きになっていた。大嘘だけど。
おかげでかなり助かった、というべきなのだ。
しかし澪さんの広めた話にはもう少しだけ余計な尾ひれがついていた。
曰く「愛する人を守るため」全てを顧みずに飛び込んで行った英雄、なのだそうだ。冗談も程々にしてほしい。
おかげで俺はすっかり澪さんのナイトにされてしまった。一番面白がっているのはドクターである。いや、澪さん本人かもしれない。
とにかくチームトミーの面々は楽しそうだ。
普段はこういう噂には動じない美鈴さんまでもが、俺のことをナイト、ナイトとからかう。この人は怪獣に燃やされてから少し性格が歪んだのではなかろうか。
「おまえの処分だが、1週間の自宅謹慎処分とした。軽すぎるという意見もあるが、まああれだけ面白いことをしでかしてくれたので、上層部の不満はない。だから、1週間大人しくしていろ」
隊長にそう宣告されて、俺は自分の部屋へ戻った。
謹慎処分とはいえ、自宅にいながらバーチャル空間でやり放題の時代だ。そう気楽に考えていたが、どうやら本当にバーチャル空間での訓練が毎日あるらしい。
それじゃ謹慎じゃないじゃないか、と思うが、対外的にはそれで充分とのことだった。
ただし実名やそれに準じた名前でのゲームや交流サイトを含むネットへの出入りは厳禁と釘を刺された。
まぁそれはゴン先生のお力で何の痕跡も残さずに通信が可能だし、偽アカウントを幾つも用意して貰っているので何の問題もない。
「で、澪さん。今回の件はどうもありがとうございました」
一昨日の夕方以来、やっと澪さんと話をする機会に恵まれた。
自室の居間である。
その間の丸一日の間にこの人がやってくれたことと、しでかしてくれたことと、どちらも等しく俺の耳に入っている。
「おお、我が騎士よ」
笑顔で抱き着くロリ顔巨乳を引きはがし、怒りを露わにした。
「からかわないでください!」
「おお、そなたは何故不機嫌な小栗鼠のように鋭い歯を見せるのか?」
澪さんはご機嫌そのものである。
「ちゃんと説明してくださいよ!」
にやけていた澪さんの顔が少しだけ真面目な目に変わる。ソファーの左側に座った澪さんは、下を向いて話す。
「トミー、あなたには迷惑をかけちゃった。ごめんなさい。そして、本当にありがとう。あなたのおかげで、私たちは救われたわ」
そんな風に言われると俺の勢いは萎れてしまい、こちらから抱き付きたくなってしまう。
「本当に、あそこは私の家なの。最近はあまり帰っていないけれどね。で、一昨日は休暇を取って、久しぶりに帰っていたの。一緒にいた女の子は親類のケイ。祖父の弟の孫、かな。彼女は東京生まれのポリネシア人よ」
遠い親戚過ぎてよくわからない。
「私たちは以前から、怪獣を近くで見たいと言っていたの。そんなときに私がUSMの無線通信を聞いて、わざわざ外へ出たのよ。非番とはいえ私もゼロ小隊の一員だからね。そうしたらあんなことになって……生まれて初めての恐怖だった」
あの悲鳴は、本物だったようだ。
「澪さん、まだ他にも隠していることがあるでしょ?」
珍しく、俺は強気に出てみた。
「そりゃ、私は謎多き女だからさ。何を聞きたいの? 商売柄言えないことも多いし、有償になる情報も多いよ」
「USMの職員が、有償とか言ってたらダメでしょ」
「いーや、半分USMへ上納すれば大丈夫」
「ウソ。そんなシステム有り?」
意図せずこの人のペースに乗せられてしまうのが、悔しい。
「じゃなくて、どうしてあそこがあなたの家なのさ。俺、何も知らないんだけど」
「うん、実は私もトミーのこと、何も知らないんだよね。それでも話さなきゃダメ?」
痛いところを突かれた。確かに、俺は以前からこの人の「富岡清十郎とは何者か」という問いをはぐらかしてきた。
「うーん、じゃ仕方ないか」
俺はあっさりと引き下がった。俺自身の話は簡単に話せそうにない。それを知るのは俺の分身である、ゴンだけだ。
「あら、冷たいじゃない。私の騎士なのに」
だが、澪さんは自分の話を俺に聞かせたいようだった。
それを聞いたら何か後戻りできないことになりそうな、嫌な予感がする。
そもそも俺は、知らない方がいいかもしれないことは、極力知りたくはない、というポリシーで世間から逃げ回って生きているのだ。ここのアホな住民とは違う。
好奇心は身を亡ぼす。俺の座右の銘だ。
例え面白そうでも、無暗に首を突っ込むな。何故なら、その方が安全だからだ!
だが、突っ込まれる前に言っておこう。
行くな、と言われればつい行ってしまう今の俺は、全く実践できていないけれどねー。




