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緊急事態

 俺たち二人の乗ったホバーカーは、武蔵野台地の端を南東へと上野に向かって順調に進んでいた。


 暮れ行く冬景色に心を奪われていると、緊急連絡が入った。


「SS級と思われる怪獣が一体目撃された。1号機も2号機も既に基地へ帰投しているため、二人で様子を見に行き、可能ならこれを撃破してほしい。座標はこれから送る」


 送られてきた座標は上野の基地からも近いが、俺たちのホバーカーでもすぐに到着できる距離だった。


 SS級は3メートル以下で最小クラスの怪獣だ。うまくいけばホバーカーの積載兵器で簡単に討伐可能だろう。


「よし、転進するぞ。戦闘準備をしておけ」

 俺たちは南西へ転舵し、谷を越えて隣の台地上へ上がる。


「六義園と小石川植物園の上をかすめて、小日向台へ向かうぞ」

 東京の地名はまだよくわからないが、ゴンに表示してもらった地図上に飛行ルートが示された。


 討伐隊のホバーカーはフライングカーほどではないが、一般の車両よりも高出力の反重力装置を積んでいる。単体で浮くまでは無理でも、かなりの重量軽減が可能になっている。



 一般のホバーカーは、弱い反重力装置を利用し、少ない動力で安定して浮上走行する。

 安全上の問題から、運航高度は数十センチから1メートル程度とされている。


 一方、浮上用の別動力を使わずに反重力装置だけでも落下しない性能を持つものは、フライングカーと呼んで区別している。


 討伐隊のホバーカーは反重力装置と圧縮空気の出力を調整して短時間ならある程度の高度で安定した飛行をすることもできた。


 その場合には飛ぶというより跳ぶ、に近くなるが、谷を跳び越えたり岩や樹木などの障害物を避けるのに便利だ。


 俺たちは一旦高度を上げてから反重力装置を弱め、位置エネルギーを利用して降下しながら前方へと加速した。


 眼下に緑が多くなってきた。この辺りは大島晃の出身地である春日も近いとゴンがマップ内に豆知識をポップアップして教えてくれる。


 小山の周辺に木造家屋が並ぶのを遠く見下ろしながら、指定された座標に到達する。

 目標は3メートル以下のSS級なので、発見は難しい。


 マサヒロさんが、眼下の風景を説明してくれる。

「この辺りは昔、高級住宅街に多くの学校や公園が点在していた文教地区と呼ばれる場所だったらしい。今も個人住宅が森の中に点在しているのが見えるが、多くの人はやはり地下街に暮らしている」


 基地のある中心部と違い居住地域には、怪獣の襲撃を恐れて地表部分に緑を多く残している地区が多い。天気が良ければ森の中を散策する人々が多く見えるが、今は冬の夕暮れなので人の姿は見えない。


「この台地の南側には神田川の作る湿地帯を挟んで神楽坂から牛込、新宿と東京の中心部へ至るのだけど、そっちは我がEAST東京支部の管轄外だ」


 マサヒロさんはしゃべりながら反重力装置の出力を上げてホバーカーの高度を取り、樹木の上を旋回して怪獣を探している。


「訓練でも習ったと思うが、空を飛ぶ怪獣は少ない。多くは海や川などの水辺を伝って市街へ侵入する。EAST東京支部が重要なのも南の東京湾と東の大湿地帯に面しているからで、東京防衛の要になっている」


 薄暗くなる森の上をホバーカーは旋回する。


「いました。前方10時の方向。体長5メートル前後、SSというよりS級ですね。データベースにない新種です」

 赤外線を捕える俺の目が怪獣の姿をいち早くキャッチした。


「くそ、あの先には民家が見えるぞ」

 森の緩い斜面をヘラジカのような大きな角を生やした獣が歩いている。体は太った鹿のようだが、首と顔が不釣り合いに大きい。


 人間を食うために、怪獣は巨大な口を持っているものが多い。



 民家の方向へ追い込まないためにも、ホバーカーは一度丘の上に上がり民家を背にして攻撃態勢に入ろうとする。


「くそ、駄目だ! ここから先へは進めない!」

 森の上空10メートルほどの場所を飛行するホバーカーは、右へ転舵し丘を下る。

「どうしたんですか?」

「マップを見ろ!」

 俺は視野の中の地図を拡大した。


 斜面の途中から赤色に色分けされたエリアがあり、立ち入り禁止と表示されている。その場所は南太平洋諸島連合大使館となっている。


「この先は日本じゃない。治外法権の在外公館の敷地だ。この高度では、上空を飛行することも不可能だ。中へ逃げ込まれたら手を出せないぞ!」


 森は木が多く、ホバーカーの着地は困難だ。だが、広い大使館の敷地の中には明かりのついた家があり、人の気配もある。


「俺一人で、下へ降ります。マサヒロさんは本部へ連絡して、大使館へ緊急警報を!」

「わかった。無茶するなよ!」

「ぎりぎりまで高度を落としてください」」

 俺は演習で使ったレーザー砲と予備のエネルギーパックを持ち、ドアから飛び出した。木の梢ぎりぎりの、高度5メートル。


 柔らかな土に足が埋まり、そのまま数メートル滑り落ちて止まった。

 すぐ目の前に、ヘラジカの角が見えた。近すぎる。こんな時にせめてバットでもあればぶん殴るくらいはできるのに。手ごろな石や木の枝を探すが、柔らかな土に足を取られて動きにくいだけだ。


 このヘラジカは小型だが、先日のウミウシとは比べ物にならない強靭な生命力を感じる。放っておいては危険だと、音にならない警報が頭の中で鳴り響いている。

 その時「そこを動くな!」と無線の声がして、上空からマサヒロさんの攻撃が突き刺さる。


 先ほどの演習よりも威力を増したレーザーパルスの帯が右から左へ流れ、ヘラジカの角に穴を穿つ。怪物は慌てて数メートル跳び下がった。


 その機を逃がさず俺は足元へグレネードを放り投げて、地面に伏せた。


 爆発が盛大に土を抉り木の枝を吹き飛ばしたが、一瞬早くヘラジカは横へ跳んで逃れていた。今度は左から右へレーザーパルスが横薙ぎに走る。


 ヘラジカは丘を横にトラバースして逃げながら、大きくジャンプした。

 そして針葉樹の枝を足場にして、二度三度と軽いステップで勢いをつけると、そのまま3メートル以上ある塀を跳び越えて、その向こう側へ姿を消した。


「あの身軽さ、まるでカモシカだ……」

 俺は目の前で揺れる木の梢を見上げたまま呟いた。


「信じられん……」

 マサヒロさんも機上でそう言っただけで他に言葉もない。


 これ以上は俺たちにできることはない。俺はマサヒロさんと合流すべく斜面を下り始める。


 だがその時、上空のマサヒロさんが叫んだ。

「まずい。家の前に人がいるぞ!」


 そして、塀の中の遠い場所から、かん高い悲鳴が響いた。


「中の様子はどうですか? 避難ができない一般人がいるようなら、無視して飛び込みますが?」

「ダメだ、それは認められない。絶対に止せ!」


 これはきっと、マサヒロさんなりの、一刻も早く行けというエールであろう。


 俺は踵を返すと緩い土の斜面を登り、ヘラジカの真似をして太い木の枝を足場に使ってジャンプした。


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