EAST TOKYO SPIRITS
第ゼロ小隊としての戦闘訓練は、小隊長である日奈さん他4人の優秀な隊員と俺の6人編成となる。さすがにそこへドクターや澪さんを加えるわけにはいかない。
美鈴さんの場合は微妙で、身体能力的には充分な戦闘力があるが、対怪獣戦となると具合が悪い事情がある。
基本的に怪獣は人間を傷つけず生きたまま喰らおうという意図があるので、そこに一定の手加減が生じる。完全な無差別殺戮にはならないのだ。
相手がタロスの場合には一般的な機械と同様、手加減なしに破壊される。だがアンドロイドの場合はより積極的に怪獣に狙われ、追われ、徹底的に破壊される傾向があるという。
屋上でアオガエルに焼かれた美鈴さんは、その危険を知りながら自らを犠牲にして俺を助けてくれたということだ。泣ける。
『ただ、屋上でセイジュウロウに向かい突進してきたカエルが、後ろにいた美鈴を目標にしていた可能性を否定できません。その場合美鈴が屋上へ追ってこなければ、セイジュウロウなど怪獣の眼中になかったとも思われます』
ゴン先生がそう自慢げに解説してくれた。台無しである。
これも、聞かない方が良かった部類の情報だろう。
そういう理由で美鈴さんは常に最後方勤務が約束されているが、今日は近隣の演習場での実地訓練のため、ドクターの代わりに衛生係として美鈴さんが同行している。
例によって澪さんも来たがったが、最近カウンセリングの仕事が増えて忙しいようだった。
何となく自業自得というか、マッチポンプの臭いがする。
歓迎会の挨拶で酔った澪さんの投下した爆弾が、癒えかけていた多くの古傷を再び抉った結果に思えて仕方がない。
「よし、トミーのグレネードが目標頭部に命中したら、ホバーカーは接近してレーザー攻撃。2号機も空からプラズマ砲で援護。1号機はこのまま周辺を警戒。予定通りやるぞ!」
日奈さんの緊張した声が無線から伝わる。
ここは都内北部にある演習場の一つだ。崩れずに残っている昔の町並みを補修して、実弾演習が可能なエリアとなっている。
俺は怪獣に見立てた仮想目標の建物を狙い、ビルの陰から手榴弾を投げる。
3秒後、目標に命中して爆発が起きる。200メートルも離れた距離から高さ50メートルの目標最上部に手榴弾を命中させるという離れ業を簡単にやってのける俺は、危険な兵器だ。
それでも投擲の初速は時速250から300キロ、軽く放っただけだ。これ以上力を入れて投げると、投げた瞬間に衝撃でグレネードが誤爆する恐れがあると脅かされている。
さすがに冗談だろうと思うが、早く俺専用の安心安全なグレネードを開発してもらいたい。
「命中確認、目標へ接近します」
怪獣の顔付近で起きた爆発を確認して、隊員の乗ったホバーカーが猛スピードで目標へ接近し、至近距離からレーザー砲で攻撃する。演習のために出力を抑えたレーザーパルスが、ビルの表面を焼いた。
続いて上空からもフライングカー搭載のプラズマ砲が連射されて、目標に命中する。
俺もその間に標的へ接近し、肩に担いだレーザー砲で仮想怪獣の脚部を焼いた。
弱い出力のレーザーパルスが命中し、ビルの表面には爆発するように小さな穴が連続して空いて流れるような点線を描く。
煙が晴れて目標全体が視認できるようになると、歓声が上がる。
「タイチョー、俺たちの勝ちですね!」
「ヤッホー、完璧ですよ!」
「トミーもナイスだったぜ!」
「くそー、上手くやりやがったな」
最後の言葉はでかい体に心は乙女、の小隊長日奈さんの悔しそうな声だった。
仮想目標にしたビルの白い壁面に、レーザーパルスの点線で大きな円が描かれている。その下半分には、俺が描いた円弧がある。円弧の上方にはプラズマ砲が丸い大きな穴を2つ、横に並べて空けていた。見事なスマイルマークがそこに出現している。
「じゃ、今夜は隊長のおごりで」
「ごちになりまーす」
「おまえらこんなもの、いつ練習したんだ?」
小隊長は納得していないが、今日の賭けは俺たちの完全勝利だった。
「よし、さっさと帰るぞ。トミーは早くホバーカーに乗らないと置いていくからな!」
不機嫌そうな日奈さんが乗る隊長機はそう言いながらも待ってくれずに、ホバーカーを回収する間もなくさっさと飛んで行ってしまった。
隊長機には出番のなかった美鈴さんも乗っている。きっとこのまま機嫌の悪い日奈さんに酒場へ連行されるのだろう。
「おい、2号機、俺たちを置いていかないでくれー」
ホバーカーに乗る隊員が俺を後席に乗せてくれているうちに、2号機まで先に帰ろうとしている。
「先に一杯やってるから、ゆっくり来いよ!」
そう言い残して、本当にホバーカーを回収せずに飛んで行ってしまった。
「これで俺たち帰れるんですか?」
俺は心配になった。来るときは小隊長の乗る1号機の後部に格納してきた機体だ。
基地までは地形の悪い部分もあったし、小型ホバーカーの航続距離も全くわからない。
「ああ、谷を迂回するのに少し時間がかかるが、問題ないさ。まあ、のんびり帰ろう」
「マサヒロさん、俺を拾ってくれてありがとうございます。一人で走って帰ることにならなくてよかった……」
本当に、ここの人たちなら面白がってやりかねない。
俺たちは冬の夕日が空を朱色に染めるのを見ながら、地表を滑るように帰路についた。
その道すがら、この組織に変人が揃っている理由について、マサヒロ先輩から教えられた。この東東京支部が特別におかしいのは、その成り立ちからして違うのだ、と。
俺が見たUSMのガイダンスビデオでは意図的に隠されていたとしか思えないが、この東東京支部はそもそもUSMの成り立ちから関わっている歴史のある場所だった。
マサヒロさんは言う。
「南極基地が初期USMの形成に関与したことは知っているだろ。だけどそもそも何故南極基地が絡んだのかってのは、日本の昭和基地と当時東京の板橋区にあった国立極地研究所が関係しているんだよ。知らなかったか?」
雑談をしていると、マサヒロさんがそんな話を始めた。
「南極条約によって軍事利用を禁止されていた南極大陸だけど、他の国の越冬基地では本国の軍隊が輸送や運営に深く関わってるところが多かったんだ。だけどあの日、あらゆる基地の本国で軍事施設が真っ先に叩かれて孤立した。日本でも自衛隊や海上保安庁は最初にやられた」
なるほど。
「ところが日本の場合は、文部省の下部組織に当たる国立極地研究所がその管轄になっていたんだ。そこで、板橋区の加賀にあった極地研究所と南極の昭和基地が無線通信により連絡を取り合ったことが後のUSMの活動に発展した」
板橋区と言われても俺にはよくわからんが、その場所はこの演習場の近くらしい。
「板橋の極地研究所はその後怪獣の襲撃で崩壊して、今は氾濫した石神井川の作った池の底だが、その役割は母体となった極地研究センターのあった上野の国立科学博物館が引き継いだ」』
上野の科学博物館なら俺も転生前に行ったことがあり、覚えている。
『そしてそこから世界中へ、怪獣との戦い方やその弱点、呑まれた人間の救出法など様々な情報が南極を経由して流された。それ以降、上野が人類の抵抗活動の中心を担ったというわけだ」
「でも、USM本部は確かオーストラリアでしたよね?」
ガイダンスでそう言っていた記憶がある。
「ああ、今でもそうだよ。でも、2020年にUSM日本支社が皇居の森へ移転してここが単なる東東京支部になるまでは、この上野が日本の、いや世界のUSMの中心だったのさ」
信じられない。何故そんな重要なことをあのガイダンスで説明しなかったのだろうか。
「“EAST TOKYO SPIRITS”と呼ばれるその頃からの不屈の精神が、悪いことにこの東東京支部には今でも色濃く残っているんだ。その後ドクター永益という天才が次々と新たな発明品を世界に広めたことも、おかしな自信に繋がっているんだろうなぁ」
うう、ドクターは意外にすごい人なのだよな。あの子供みたいな性格さえなければ。
ここの何でも面白がる自由な気風がドクターのような天才を生んだのか、それとも天才の出現が彼らにアホのお墨付きを与えてしまったのか、とにかくここの出身者はその後も伝統的に世間の注目を集めているという。
澪さんもそうだし、討伐隊の八雲隊長、それに我らが神田川日奈副隊長もその一人だ。それに、美鈴さんと美玲さんの存在も。
「そもそも山野先生を大学の研究室から引っ張って来た管理部門の人たちも、元は現場にいた人が押し出されて嫌々仕事をやっているんだから、かなりの変人揃いだぞ。気をつけろよ」
「そんなこと言われても、どう気をつけていいのやら……」
「はは、そうだな。今では山野先生に代わって美玲さんがお偉いさんの面倒を見ている。ちなみに、うちの小隊に来た美鈴さんだって、ドクター永益不在の間には、凄腕の医師として大活躍をしていたんだぞ。そんな人におまえ専属の看護師なんかさせておいていいのか?」
「いやだから、そんなことを俺に言われても、ただ恐縮するしかないんですけど……」
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