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ヴェノム

 

 満腹にならずまだ動く怪獣には、吞み込んだ人形から毒が出て動きを止める。

 本物のヴェノムだ。


 以前の戦いで俺がヤモリに喰われた際、激烈な反応が起きて体外へ排出された。


 それが原因で俺に「ヴェノム」のあだ名が付けられたのだが、ゴンは執拗にその理由を調べていた。


 そしてあの時、腹の中でヤモリの体内組織を分解して吸収しようと、怪獣のたんぱく質に作用する特殊な酵素を幾つか分泌していたことを確認した。


 そのうちの一つが怪獣にとって、致命的な毒である可能性があった。


 相手の消化器系の内部からその組織を消化吸収しようというのだから、毒というより寄生虫のようなものだ。


 そこから派生して始まったゴンとドクターとの共同研究が、怪獣の体内で劇的な効果を発揮する毒素を発見し、生産することに繋がる。


 体の大きな怪獣に対しては多量の毒素が必要なのだが、ドクターの作った1万体のアンドロイドには、漏れなくそのヴェノムを体内に隠し持っている。


 しかも、最も効果的な内蔵の中へ、自ら積極的に取り込んでくれるのだ。


 体内へ取り込まれた人形から毒素を放出するのも、ゴンのナノマシンにより自在に操作が可能だ。


 これにより、満腹でなかった怪獣も、今は強制的に行動停止されている。


 囚われていた林と日奈さん、それに残る討伐隊のメンバーが無事であれば、完全に犠牲者ゼロの戦いとなる予定だ。


 ただし、地下深くで大ダコに喰われたと思われる、最近の何人かの行方不明者を除けば。



 1万体の人形は抵抗を一切せず無駄な戦闘がほぼ起こらなかったため、街の破壊も最小限に抑えられた。

 前衛の攻撃専門の獣に無抵抗のまま傷つけられた人形は、その後に来た中型獣に食われている。


 無駄な戦闘は起きず、傷ついた施設は極めて少ない。


 生き残った戦闘専門の小型怪獣たちは、現在八雲隊長たちが掃討中だ。


 周辺に巻き込む市民が不在で、腹の中にも人間がいる心配のない相手との戦闘なら、八雲隊長の率いる討伐隊が負けるわけがない。


 一方的に残った怪獣どもを蹂躙できるだろう。


 その他、主にUSMの関係者は、全てシェルターへ避難している。


 シェルター周辺区域は、全てが終わるまで、完全に閉鎖されることになっている。

 ただし今回は通信被害が少なくバーチャル世界での交流が可能なので、それほど困らない。


 街には、稼働可能なタロスが大勢残っている。

 上野は過酷な侵攻を、無事に切り抜けたのだ。


「我らの役目は終わりか」

 怪人林が椅子に座ったまま俺を見上げると、勝手に一人語りを始める。



 今の私は、観測者ではなくミスターハヤシの表層記憶と観測者の一部、そして怪獣としての生存機能を持つハイブリッドだ。


 怪獣の集団知性の一端としては、直近にいる怪獣との知覚共有も可能だ。


 神田川君に似せた体とこの体の記憶を総合すると、山野澪君がこの上野の、特にUSMの人々に広く尊敬され愛されている、稀有な人物であることがよく分かった。

 我々は作戦に当たり、その影響力を排除する必要があった。


 だが、最近それ以上に人々の関心を引いている存在がある。

 それが、君だ。


 一部の研究者の間では有名だった大島晃という存在だが、一般には知られていない。

 だがトミーと呼ばれて突然活動を始めた君は、次々とその身を挺して怪獣と戦い、町を守った。


 そして上野の慈母と呼ばれる美鈴君や妹の美玲君、魔女と恐れられながらも愛される澪君と共に大騒ぎを引き起こし、ドクター永益夫妻を困惑させている。


 君は上野の救世主であり、希望の星なのだ。

 だから、今回の侵攻においては第一に君たちの仲間をまとめて排除する必要があった。


 だが、君たちは常に我々の一歩前を歩いていたようだ。

 完全な敗北を認めよう。



 そう言い残して、電池が切れるように二人の体は力を失い床へ崩れ落ちた。


 無数の怪獣を上野の地下に残したまま、戦いは終わった。


 怪人二人の証言通りに林氏と日奈さん、それに討伐隊員たちも無事救出された。


 その日から、生き残った人形とタロスが中心になり、地下の復旧が始まる。

 地上での作業は、嵐が通り過ぎる明日以降になるだろう。



「はい、この区画は終わり。次行くわよ」


 俺の予想通り、市民が帰還する前に澪さんが全区画を警戒して回り、生き残りの怪獣がいないかを確認している。


 調査隊が導入している怪獣探索犬よりも効率的かつ確実に、隠れている怪獣の意識を感知し発見するので、ほぼ一人で全ての区画を確認する羽目になっていた。


 ある程度は壁の向こう側まで見通せる澪さんの感覚だが、生き残った怪獣が動き回らぬよう全ての区画が閉鎖されているので、歩き回るのも大変なのだ。


 ゴンが反則技で区画壁を開閉しながら確認しているが、この作業ももう三日目である。


 用心棒代わりに付き合わされているのは、俺と美鈴さんと美玲さん。まあ、いつものメンバーだ。


 すっかりワンセットになってしまった俺たちだが、俺以外は皆他に重要な本業を持っているので、本当にこんなことでいいのか、と思わなくもない。


 しかし市民を安全に早く帰宅させるには、これ以上に安全な方法がないのも確かだ。


 澪さんが探索を終えクリーンになった区画から順に、市民の帰還が認められている。


 今回の作戦で生き残った人形たちはその出自の詳細は秘められたまま回収され、ドクターによる改造作業を受けている。


 使用されている人間由来の素材を完全に回収された後、一般的な合成素材を利用したソフトタロスとして生まれ変わり、復旧作業に大量投入される予定だ。


 観測者には、二度とこの手は使えないだろう。


 こんなヤバい計画を本当に実行して平然としていられる、ドクター永益という人物の頭の中は、一体どうなっているのだろうか。


 次にあのクレイジーな科学者がどんな卑劣な作戦を考えるのかと思うと、ゾッとする。


 俺もこれ以上わが身を実験材料にされぬよう気を付けねば、と決意を新たにした。


 しかし、本当にヤバいのはドクターよりもゴンの奴だ。


 今回ドクターが作成した一万体の人形は、本物の人間に偽装するために全て異なる遺伝情報と一時記憶が与えられていて、怪獣に食われても人形と判別されぬ仕掛けになっていた。

 

 遺伝子情報ならばドクターにも入手可能だろうが、表層記憶となるとお手上げだ。それを移植する小さな脳神経組織を用意するだけでも、とてつもないことなのに。


 この一万人分の個人情報をドクターに提供したのが、あの野良AIだった。


 本人は野良ではなく野生ワイルドAIであると主張するこの危険な人工頭脳がどこからか調達した一万人分の個人情報を、平然と利用するドクターも鬼畜であるが。


 この手は二度と観測者には使えないと言ったが、人類としてもこんな非道徳的で危険な橋を渡るのはもう二度と御免だ。


 とにかく今は、このことが世間に発覚せぬよう必死でドクターは火消しに追われているのだった。

 まあ、バレたら子供祭り実行委員会のメンバー全員が投獄されるだろう。



 


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