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人形

 

 俺たちが地下の深層でうろうろしている間にも、動きがあった。


 消息不明になっている日奈さんの率いた部隊を捜索するため、USM本部を警備していた調査隊の一部が上層へ捜索に出た。

 捜索隊は、調査隊隊長の明石さん自らが率いている。


 そもそも日奈さんの部隊は、現状で稼働可能な討伐隊の人員半分を率いて上層から侵入した怪獣たちを迎撃するために出動した部隊である。

 地下へ侵入した多くの怪獣との、激しい戦闘を覚悟の上での出撃だった。


 その決死隊からの応答が途絶えたのだから、結果はある程度予測できる。

 明石さん率いる捜索隊の中心となる調査隊の面々も、激しい戦闘の予感に緊張を隠せない。


 しかし、明石さんたちは拍子抜けするほど少ない戦闘で上層付近へ昇り、ショッピングセンターの広いフードコートにポツンと取り残されている、二人の人影を見つけた。


 薄明るいフードコート中央のテーブル席に、二人は並んで腰掛けている。

 いや、正確に言えばそれは、人間の姿をした、二体の怪獣だった。



「どうして、あれだけの数の怪獣が街に入って人を食らい尽くしたのに、こんなに街が何事もなかったかのように穏やかなままなのよ?」

 日奈さんの姿をした怪人が、明石さんに食いつくように問う。


「今回は、我々の完全勝利だ。討伐隊の半数は無力化したし、上野の街は完全に孤立していて、援軍は望めない」

 林は勝ち誇って椅子から捜索隊を見上げる。


「行方の分からない討伐隊のメンバーと、本物の林と日奈ちゃんはどこにいるの?」

 明石さんが林に銃を向ける。


「今更我々に銃を向けても無駄だ。この街の下層は怪獣に蹂躙され尽くし、君たちが生き延びる可能性は怪獣の腹中からの生還率に託すしかないだろう」


「まだUSMの本部に人が残っているわ」

「何もできない事務局の老人以外は、シェルターの中で怯えているんだろ?」



 さすがに、林は事務局の動きも掴んでいるようだった。

「それでも、私たちは負けないわ」


「では、武装解除した討伐隊の諸君と我々の本物のいる場所を教えよう。ただし、彼らも一週間は目を覚まさないだろうけどね」


 明石さんの部下が、二人を椅子に座ったまま手を後ろにして拘束する。

 林が持っていた端末のマップに、行方不明の隊員たちの居場所が示されていた。


「もう上野は終わりだよ。多くの市民は怪獣の胃の中だ。地下の重要施設は、我々の攻撃部隊が片端から全て破壊するだろう。無人の野を行くようなものだ」


 だが、明石さんは眉を吊り上げて林を見る。

「あんた、何言ってるの。まだ討伐隊の半分は生きていて、下で戦っているのよ」


「だが、一番怖いヴェノムと魔女の仲間は投獄されたままで、アンドロイド姉妹も活動停止中だ。戦力半減どころか、何分の一だ?」



 明石さんはその場で隊を二つに分けて、一隊を行方不明者の救助に向かわせた。


「ほら、見てみなさい!」

 明石さんは林の持っていた端末に、外部からの映像を送る。


 そこに映ったのは、嵐の中で通と天に切り刻まれている半魚人の姿だった。

「な、何故こんなことに……」

 林の顔色が変わった。



 丁度そこへ、シェルターの安全を確認し終えた俺たちが、到着した。


 当然、ここで起きていた一連の映像は全てモニターしている。


「やあ、ご苦労様です」

 俺は軽く手を上げて、フードコートの中へ歩いて行った。


 後ろに続くのは、投獄されてここにいるはずのないメンバーたちである。

 澪さん、美鈴さん、美玲さんが、俺の横に並ぶ。


「ど、どうして……」


「すみません、子供祭り実行委員会のメンバーです。今日はターミナルの祭り会場以外は、全面休業なんですよねぇ。残念ながらここでお食事はできません」

「どういうことだ?」


「あれ、もしかして観測者様にも観測できていなかった?」

 澪さんが、更に林をからかうように言った。


「ドクターがあんたたち怪人を真似して、俺たちの人形を作ってくれたんですよ。だから牢の中にいたのは、お人形さんたちでした!」

 俺の言葉に、怪人二人の動揺が大きく広がる。


 うん、この二人のお人形も、よくできている。

「あと、今日怪獣に食われた市民も同じ、全部ドクターの作った人形だったんですぅ」


「嘘だ!」

「そうよ。そんなことができるわけないでしょ」


 だが、世の中の不可能を可能にしてしまうのが、マッドサイエンティストという理不尽な存在だ。


 ドクター永益という正気ではない生き物を相手にするのは、機械の知性には少々荷が重いのではなかろうか?


「食糧プラントの一部を借りて、本物の人間の身体組織を纏ったお人形さんを大量生産したんですよ。上野の人口1万2千人のうち、約1万人が人形に入れ替わっていました」


 倫理規範だのなんだのと言ってドクターを投獄したつもりになっていた林には、考えも及ばぬ事態だろう。神をも恐れぬ所業とはこのことだ。


 実際には、一週間の祭りの喧噪に紛れて順に本物の人間は周辺地区へ避難させ、五月四日の夜には、全ての住民が人形と入れ替わっていた。


 EAST東京ステーションを祭り会場に選んだのは、それが一番の理由だ。

 だから、今回の襲撃での犠牲者は限りなくゼロだ。



 東京全体なら、現在120万人の人口を抱える大都市だ。


 だがUSM東東京管内6万人のうち、上野地区の人口は約1万2千人ほどだ。

 そのほとんどが、祭りを楽しんだ後にそのままターミナル経由で上野を脱出して、近隣地域へ避難していた。


 市民の避難訓練は、定期的に行われている。

 子供祭りを楽しんだ市民は指示通りに毎日2千人前後が家に戻らず、ターミナルからバスに乗り周囲の街へと避難した。


 五月四日の夜には、市民の避難が計画通りに完了していた。


 代わりにドクターが地下の食肉プラントをフル稼働させて作った人間もどきの人形が、約1万体。


 ベースは開発中の第二世代と呼ばれる簡易型アンドロイドで、俺たちの身代わりになった人形よりは出来が悪いが、それなりに人間らしい行動が可能だ。


 ただし、使い捨ての怪獣と同じく一週間程度の活動時間が限界らしい。


 その1万体のほぼ全てが、地下へ侵入した怪獣に喰われたものと思われる。

 おかげで侵入した怪獣の多くはすぐに満腹となり、無害なまま動きを止めている。


 


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