繁華街
偽の日奈さんと共に白い靄に消えた部隊の消息も気になるが、地下へ入り込んだ中小の怪獣たちが、ターミナルにいる八雲隊長の本隊に追い付いている。
シェルターへ直接向かっている怪獣どもは、とりあえず俺たちが片端から殲滅している。
しかし映像で確認したターミナルに巣くうタコ共と、上層から降りて来る多くの中小怪獣がターミナルで合流してからシェルターへ向かって来ると、俺たち四人だけでは心もとない。
そこでひとまず俺たちもターミナルへ向かい、八雲隊長と合流して一緒にお茶を飲もう、ではなく、共同戦線を張ろう、という結論になった。
「じゃあ待ってるぞ」
とグラスに浮かんだアイスクリームを美味そうに口に運びながら、八雲隊長は言った。
本当に、あそこがこの戦いの最前線なのだろうか。
集団で襲いかかる15体ほどの雑多な怪獣軍団を目前にしても、俺たちに焦りはない。
堅固なバリケード内から放つ俺の新しい破獣槌は、固い甲殻を持つ怪物を狙撃する。
大口径のライフルで弱点を狙い撃ちすれば、この程度の怪獣ならほぼ一撃で倒せる。
射撃に不慣れな澪さんは、フルオートでひたすら弾幕を張る。だが無秩序にばら撒かれる実弾銃の威力はかなりのもので、小者の安易な接近を許さない。
美鈴さんと美玲さんは空を飛ぶ動きの速い怪物を正確に狙い、次々と打ち落としている。
迎撃開始から十分としないうちに、怪獣どもは全てハチの巣になった。
襲って来たのが速度重視の小型獣ばかりだったこともあるが、俺一人で闘った雛祭り侵攻を思うと隔世の感がある。
あれからまだ、二か月しか経っていないのに。
「では、ターミナルへ援護に行きましょう」
「あれ、美味しいコーヒーを飲みに行くんじゃないの?」
「それまであの店が持てばいいんですがね」
俺たちは、まだ生き残っている監視カメラが映し出すターミナルを、視界の隅に捉えている。
討伐隊のメンバーが店の周囲に設置した罠に次々と小ダコが掛り、小さな爆発やレーザーによる切断などが繰り返されている。
『あれがまだ小ダコのうちはイイデスが、親ダコや他の厄介な中型怪獣に囲まれると、彼らもキビシイデショウネ』
「そもそもこの状況じゃ、私たちがお店に近寄れないもの」
「そりゃそうだ」
「コーヒーは諦めましょう。母さん」
「だから鈴ちゃん、母さんて呼ぶな―!」
『ミナサン、戦場を移動中ですので、会話は脳内通信を利用してクダサイネ』
『スミマセン』
一番戦闘に不慣れな澪さんが、珍しく素直に謝っている。
『澪さんカワイイ! とセイジュウロウが申しております』
『うん、わかってる』
『母さんカワイイ!』
『こら、玲ちゃん覚えてろよ!』
俺たちは作動していない幾つかの隔壁を手動で閉鎖しながら、ターミナルを取り巻く繁華街の一画へ入った。
途中で怪獣との遭遇はなかったので、シェルターへの通路は簡単に破られないだろう。
目立たぬようなるべく狭い路地を進みながら中央広場を目指す。
『小ダコを見つけたわ』
ゴンより先に、澪さんが小ダコの存在を感じ取った。
『連中の習性は、音に惹かれて接近するようね』
澪さんが怪獣の心を感じ取る能力は更に強くなっているようだ。
『だからあの討伐隊の精鋭が無音で捜索しても発見できなかったわけね』
『では八雲さんに教えてあげよう』
俺は現在位置と子蜘蛛の性質について、簡単に八雲隊長へ送信する。
『バカモノ。現地に到着したら先にそう報告せんか!』
逆に怒られた。理不尽だ。
俺もまだまだ素人戦士だから、そんな普通の隊員みたいなことを急に言われてもね。
よく考えてみれば、俺は常に単独かそれに近い戦いをしていたので、こうして集団戦に合流するのは珍しい。
訓練ではいつも日奈さんの指示で動いているし、隊長様とは何だかやりにくい。
『まあいい。このチャンネルさえオープンにしていれば、お前らは好きにやれ』
『了解。さすが八雲隊長、話が分かる』
『こういう時の返事は早いんだな!』
俺たちは討伐隊の通信回線をオープンにしたまま、四人の間では今まで通りに脳内回線を使って会話をすることにした。
以後、ほぼ無言で作戦を遂行しているように感じるだろう。
ただ、俺たちの作戦行動は各種カメラやセンサーが捉えているので、隊で共有されている。それで充分、必要があればゴンがフォローするだろう。
『では私が声をかけて、小ダコを呼び寄せるわ』
澪さんが立ち止まり、美しい声で歌って小ダコを呼んだ。
「ターコターコ~コーダコ~、オマエノカアチャンデ~ベ~ソ~!」
『タコの電撃はほぼガード可能ですので、好きに撃ちまくってクダサイ』
ゴンの言葉と同時に、周囲からガサゴソと近寄る音が増える。
タコ狩りが始まった。
澪さんの声に引き寄せられた子ダコの一団が撃たれると、その銃声に引き寄せられるように次々と新たな子ダコが集まり、バカみたいに簡単に火花を散らして動かなくなる。
これで全てとは言えないが、ほぼほぼ自滅と言って良いだろう。
何じゃこれは。
『ところで親ダコの方はどこに隠れているんですかね?』
俺たちが今いるのは、ターミナルを取り巻く繁華街の東の端だ。
八雲隊長たち討伐隊本隊が休憩している喫茶〈ミナト〉は、南の端に近い場所にある。
そちら側からはまだ銃声が聞こえないので、のんびりお休みの最中なのだろう。
しかし北東からは新たな怪獣の群れが接近している。
地上から侵入した中小怪獣は10メートル以下のS級と3メートル以下のSS級が中心で、総数500体以上。
俺たちが倒したのはそのうち一割にも満たない。
そもそも今倒した子ダコの群れは、地下に隠れていた雛祭り侵攻の生き残りと推定される親ダコから派生した、孫ダコに当たる。
『やはり地下に潜んでいたのは、擬態する軟体動物でしたか』
ゴンは悔しいのであろう。
『それよりも、地上から侵入した群れの解析はできているのか?』
今回は大規模な電子妨害を受けていない、というか、電子攻撃にどうにか対抗できている。
『はい。目下我々の一番の脅威は、このターミナル周辺に展開する親子ダコでしょう。足の遅い大物は、当分ここまで到達しそうにありません』
シェルター近くの通路で倒した先行部隊は、小型軽量の偵察隊だった。
既にそこへ向かう隔壁の穴は、手動で閉じてある。
『今は、この広場を開放することを第一に考エマショウ』
『了解だ』
『では、本隊がロストした親ダコを探すわね。援護はお願い』
俺たちは、澪さんを囲みながら繁華街の路地を進む。
やがて東の大通りを渡り、北東エリアへ入ると様相が変わる。
『この区域は荒れているわね』
澪さんの言う通り、激しい破壊の跡が続いている。
瓦礫を避けて、狭い路地から表通りへ出た。
『居たわ』
『どこですか?』
『玲ちゃんの右側に倒れているハンバーガー屋の看板の奥』
『ひっ』
俺たちが振り向くと、一番後ろを歩いていた美玲さんが、軽く跳び上がる。
丁度、美玲さんがその看板の横を通り過ぎたところだった。




