コーヒーブレイク
俺たちが日奈さんたちの部隊の消滅に唖然としているころ、八雲隊長率いる本隊は何とかターミナル駅の祭り会場へ到達していた。
子供祭り会場は大ダコが暴れまわった割には、整然として静けさに満ちていた。
中央の大ステージや屋台は軒並み倒れて崩れ落ち、何か所かではまだ薄い煙が立ち上っている箇所もある。
だが屋台の火気に義務付けられている自動消火機能が働いて、泡と粉にまみれたボロボロの建材は、誰かに片付けられたように広場の隅に積み上げられている。
きっと大ダコが自分の巣を片付けるように、ぐるりと粗大ゴミを除去したのだろう。
意外と几帳面で清潔感のある真面目なタイプなのかも知れない。
今まで俺が見た怪獣の中では、嫁にしたい怪獣ナンバーワンというところだろう。
だが、それは俺のいた古い世界の偏見に満ちた価値観として、この世界では簡単に受け入れられないのだろうけれど。
でもゲームの世界では今でも野球部員と美人マネージャーの恋愛要素とかが残っているので、密かな需要があることは間違いない。だから男尊女卑とか言わないでね。
「清十郎、またあんたはロクでもないことを考えているでしょ?」
本隊からの映像に夢中になっていた俺は、すかさず澪さんに突っ込まれた。
突然好感度の上がった大ダコ周りの石畳には、細かいゴミや食材が転がっているだけで、怪我人や逃げ遅れた市民の悲鳴も聞こえない。
その中心に、綺麗好きな大ダコが満腹で足を延ばして悠々と眠っているのだった。
タコは広場のど真ん中にいながらも周囲の石畳に同化するように体表の色と模様を変化させ、目立たぬように擬態している。
やっとの思いで駆け付けた八雲隊長率いる討伐隊は、その光景を見て面食らった。
「隊長、中央で動かないタコは既に満腹で仮死状態に移行しています」
「そうか。うっかり戦闘に巻き込んで動き出さないよう注意しよう」
一行は広場の中央を離れて、祭りの残骸がドーナツ状に積みあがっている部分を一周して生存者を探して回った。
「まさか、広場にいた市民は一人残らずあいつに喰われてしまったのか?」
本隊も、ここに到着するまでの激しい戦闘の中で、この場所で何が起きたのかをモニターできていないようだ。
彼らがやって来た通路からは、新たな怪獣の群れが顔を出した。
本隊を追って来た、十数体の中小怪獣だ。
「くそっ、遂に地表から侵入した怪物どもがこんな深くまでやってきやがった!」
追って来た怪獣は全て身軽な戦闘専門の前衛部隊であるが、その後方には本隊となる中型獣が人を食おうと迫っているhだ。
本隊は遠慮なくその場で怪獣の群れを迎え撃ち、数分のうちに掃討すると、再び音が消える。
だが、その戦闘音に惹かれて、繁華街をうろついていたもう一体の大ダコが近付いていた。
この大ダコは、中央で眠りに就いた親ダコが産んだ卵から育ったものだろう。
残る子ダコは、地下街道のトンネル入口に巣を作ったように引き込んで、動かない。
繁華街をうろついて手当たり次第に人を食っていた大ダコが、新たな獲物を見つけて討伐隊へ近寄って来る。
「もう一体の大ダコが、北側繁華街の路地から接近中!」
俺が以前戦ったタコは、脚の先から電撃を放っていた。
今回の大ダコにそんな武器はないが、八本の脚の先端が二つに分かれている。
脚一本の長さは15メートルもあって、大木がうねるように自在に動くのだから、人間など近寄れば一撃で行動不能にされる。
しかもその先端1メートルくらいが、二つに分かれているのだ。
映像で見た感じでは更に大きく分離できそうなので、実質16本の脚を持つような怪物だ。電撃のような特殊攻撃など無くても、充分な脅威だ。
討伐隊の中距離攻撃は脚の強力な筋肉に食い込むことさえできず、表面の粘膜を削る程度の効果しかない。
小径の炸裂弾でも皮膚に傷をつけるまで至らない。
「貫通力の高い大口径弾と炸裂弾の一点集中攻撃を行う。ピンポイント射撃により根元から脚を一本ずつ始末する。こちらの指示するポイントを外すな」
八雲隊長の言葉に、散会している隊員に緊張が走る。
そして、八人の隊員がほぼ同時に一本の脚の付け根に向けて狙い撃つ。先に三発の対物ライフルが抉った部分へ炸裂弾が着弾して、肉が弾ける。
全て八雲隊長の指示と、戦術AIの補助による連携だろう。
連続して残りの八人が、すぐ近くのポイントへ同様の攻撃を放つ。
ほぼ一瞬にして、十六発の弾丸を脚の付け根の太い部分に受けたタコは、何が起きたのか気付かぬまま一本の脚を付け根から吹き飛ばされた。
「よし、次!」
八雲隊長が射撃の名手を揃えたこの隊の規律は高く、隊長の指示通りに次々と脚を奪っていく。
胴体には一切傷をつけることなく半分の脚を弾け飛ばされて、タコは後退する。
繁華街の路地へ逃げ込むと擬態し、体を長く伸ばして半壊した建物の下へと身を隠した。
こうなると監視カメラの映像も姿を追えず、発見が難しい。
このタコは、可視光線域での擬態を超えて、赤外線レベルでも周囲に溶け込む能力を持っていた。
音響により追跡していたが、こんな時に周囲へ撒き散らした直径15センチほどの小さな卵が孵り、小型のタコがわさわさとあちこちで動き始める。
この孵化したての子ダコが電撃タイプだったので、厄介なことになった。
足の長さが50センチ程度の小さなダコなのだが、その足先には青白いスパークが飛ぶ。
どこからともなく近寄っては吸盤で脚に絡みつき、電撃を食らわせる。
単独の電撃であれば、討伐隊の装備に対してこの程度は影響がない。しかし八本の脚から高電圧を発するタコが複数吸い付き一斉に電撃を加えられると、さすがに無害とは言えない。
例え人体がどうにか堪えたとしても、装備に影響が出たりする。
最悪の場合、所持している銃やグレネードが暴発する危険もあった。
サイズが小さく数も多くて神出鬼没。親ダコを探すどころではなくなった。
「隊長、どうすんですか、これぇ~」
「大丈夫、こんな時のために助っ人を呼んである」
「んで、いつ来るんすか、その助っ人は?」
「さあ、そのうち来るだろ。それまでお茶でも飲んで休むか」
「はぁ?」
「まあいいからお前ら全員こっち来い!」
八雲隊長は隊員を引き連れ、お馴染みの昭和の喫茶店〈ミナト〉へ入って行く。
運よく怪獣騒ぎに巻き込まれず無事に店の形態を保っていて、しかももしもの時要員としてタロスの店主夫妻はそのまま店にいた。
「いらっしゃいませー」
「あら、ヤクモさん、こんな時なのに仕事サボって来てくれたのネ」
他の隊員は、茫然とするしかない。
決して広いとは言えない店内は、フル装備の討伐隊の大柄な男女が入ると、超満員状態になる。
何しろ四人掛けのテーブルに、二人ずつしか座れない。
「大型装備は入らないから、店の前に揃えておけよ~」
隊長に言われるまま大型の武器を外に並べて入店するが、相変わらず昭和のムード歌謡が流れる中、隊員たちはどうしていいのかわからない。
「おう、何でも好きなものを頼めや」
「はい、じゃあ私、クリームソーダ」
「俺はレモンスカッシュ」
「おお、お前らよく分かってるじゃないの。俺はコーヒーフロートね」
八雲さんは妙に感動している。
他の隊員もテーブルのメニューを開くと、好き勝手に注文を口にした。
「おい、今のうちに電撃で焼かれた装備を予備品と交換しておけよ~」
「ああ、それなら先日お預かりした装備品を使ってください」
店主が奥から重そうなツールボックスを運んで来た。
「隊長、やけに用意がいいじゃないですかぁ」
「そこはやり手のエルザさんが装備の手配までしてくれているからな」
「最初からここでサボるつもりでしたねぇ~」
まあ、こんな感じで俺たちが行くまで待ってるということなので、早く行かねば……




