嵐の中の戦い
上野の山に波が押し寄せている。
暴風雨の中、荒れた海に囲まれた上野は孤島と化していた。
白波立つ東の浅い海から上野の山に近付いた巨大なエイは、本来空を飛ぶ怪物だったらしい。
上野の山を登ろうと重力制御を使い水から巨体を現したとたん、強風に煽られて裏返った。
暗い横殴りの雨の中でもひときわ目立つ白い腹を見せたままエイは宙を舞い、南風に乗ってそのまま北の空高く吹き飛ばされる。
木の葉のように舞い上がったエイは、何をしに来たのかわからないまま彼方へと消え去ってしまった。
その巨体が宙に浮くほどの重力制御を利用しているとすれば、一体どこまで飛んで行くのか想像もつかない。
だが、尾の先まで50メートル以上もあるエイが反重力機能を切って地上に激突すれば、相当な衝撃だろう。
既に戦線からは完全に離脱したと考えて良かろう。
緊張して実況を見ていた俺たちも、その場面には笑うしかなかった。
しかし、後続の半魚人はしっかりした足取りで上野の山へ取り付いていた。
吹き飛んで行ったエイと同様、自重を軽くして飛行するフライングカーは風の影響を受けやすく、この悪天候では出動が難しい。
同じ理由で、近隣からの増援も期待ができなかった。
だがそれどころか、同時に皇居の本部と北東京、南東京にもⅬⅬ級の怪獣が一体ずつ出現していた。
今回の侵攻の本気度がよくわかる。
上野の半魚人は、地下から地上へと上がるハイウェイのランプ付近を粘着性のゼリー状物質で覆い、地下からの主な通路を遮断した。
地下から一般的なルートで地上へ出る幾つかの道、というかトンネルが、得体の知れないネバネバで塞がれてしまったのだ。
この出入口の位置も林がリークしたのかもしれないが、怪獣にまともな知能があれば、街を観察してみれば簡単にわかるような普通の出入口だ。
USMが地上に展開していた装甲車両を中心とした戦力と、復興工事に使われているブルドーザーなど頑強な建設機械による地上部隊が、嵐の中の怪獣退治に出撃した。
地上部隊の主力は、今度も通天閣の乗る巨大重機だった。
強風のため二足形態ではなく、安定感のある普段のクロウラー形態での出撃となっている。
正座した巨人がそのままずるずると動いているような格好で、不気味だ。
だが今回は両腕に、更に強力な武器と防具を装着していた。
左腕には鉄骨を組み上げた武骨な盾を装備し、右腕には回転するドリルやカッターなど高速回転する特殊なアタッチメントが取り付けられている。
これは4月の海馬戦以降に、わざわざ大阪から取り寄せた秘密兵器らしい。
盾の内側には右腕の交換用となる予備アタッチメントが収納されていて、通天閣の意気の高さが伺える。
最後に現れて、倒れた海馬を寄ってたかって生体解剖した前回の悪辣な事件とは違い、今回は最初から主力としての出撃なので、完全にその気になっているようだ。
しかも、通天閣も美鈴さんや美玲さんと同様に、肉体のバージョンアップ済みだ。
重機に搭乗しているので直接戦闘に関わる身体能力は発揮できないが、身体の基礎能力値が底上げされているので、反応速度や正確性など、操作の精度が上昇しるだろう。
地下深くのターミナル駅に出現した怪獣の情報も、搭乗する通天閣に届いていた。
一体だけになった怪獣に、ここで負けるわけにはいかない。
半魚人はその巨体を地上では持て余し気味で、口から火球を吐いたアザラシ程ではないが、全体の動きが重い。
歩くのもゆっくりで、恐らく飛行して空中から何らかの攻撃をするエイとのペアで威力を発揮するのだろう。
「兄ちゃん、もしかするとあのネバネバ、燃えるんとちゃうか?」
「確かにバーベキューの着火剤によう似とるわ」
「あんなん撒き散らされて火ぃ着けられとったら、危なかったわぁ」
通天閣の言う通り、あれがただの粘着剤とは思えないが、今のところ半魚人が着火する気配はない。
「もしかして、火ぃ着けんのは、あの飛んでった座布団の役目やったんとちゃうか?」
「せやな。そんな物騒なもん吐き散らすバケモンがライター持っとったら、そら危ないがな」
「うん。普通なら自爆せんよう火気厳禁やろな」
「あいつ逃げ足遅そうやし、撒くだけ撒いたら水中に逃げるつもりやったんやろか?」
「けど、あれを直接ぶっかけられたら、こっちもヤバいで」
「ちっこい火吹き怪獣に自爆攻撃されて、ドカンや」
「こわっ!」
通天閣の乗る巨大重機は、頑強な球形の胴体の中に強力な水素エンジンを搭載している。
多少のことで誘爆する心配はないが、長時間火炎に包まれれば、どうなるかわからない。
その間に後方支援の地上部隊がネバネバゼリーのサンプルを取り、簡易分析を始めていた。
「ほな、その前にぶっ潰すしかないなぁ」
「一気に囲んでやったるか?」
通天閣の呑気な会話を聞いていた地上部隊は大慌てでネバネバの分析を進めると同時に、火器による攻撃を一時中止にした。
もし半魚人の巨体にあの可燃物が大量に詰まっているとしたら、下手な攻撃で引火するとエライことになる。
存在自体が巨大な爆弾かナパーム弾のような怪獣だとすれば、慎重に扱わねばならない。
悪天候を恨んでいた地上部隊は再度天を仰いで、横殴りの大雨が吹き付けるこの状況に感謝した。
しかしこのまま自由に歩き回りあちこちに火種を撒き散らされるのも困る。
火気使用の禁止と共に、発火能力のありそうな小型獣の探索と殲滅を第一として、地上部隊は広く展開し、半魚人の足止めは通天閣の役目となる。
だが、肉弾戦になると、通天閣の重機は分が悪い。
半魚人は相当な重量の巨人で、動きは遅いがその重量故に止めることは難しい。
うっかり正面から近寄ると、口から粘液の球を発射する。
通が囮になり飛来するゼリーボールを避けつつ、背後から天と閣が接近し、下半身を責めようとする。
半魚人の吐くゼリーボールは強風に流され通の重機には当たらないが、後方から接近する二台の重機もまた、半魚人のフットワークに回避された。
次に半魚人の正面に立った天は風上側へ回り込み、ゼリーボールを吐けないような位置取りをした。
そのままゆっくりと、接近して牽制し、背後からの攻撃を待つ。
「分析結果出ました~。やはりゲル状可燃性の揮発物ですね。ナパームほどえげつない燃え方はしませんが、粘着力が非常に強いのが特徴です」
分析結果を聞いた通がすぐに応答する。
「で、火ぃ着いたらどないになるねん?」
「今の暴風雨なら着火しないか、着火しても吹き消されてしまう可能性は高いです」
「よっしゃ! 嵐が去る前に片付けちゃるで!」
「やったろか!」
「エイの奴も吹き飛ばしてくれたし、嵐さまさまやで、ホンマ」
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