緊急会議
林と日奈さんの本体はどちらも行方不明だ。
日奈さんの失踪に林が関わっているとすると、他の行方不明者と同じく地下で怪獣の餌にされたのだろうか。
日奈さんは最近海馬の胃から生還したばかりなので、今度も生き残っている可能性は高い。そう思いたいのだが……
俺に関わった人が次々に不幸になるこの現実を、何とかできないものか。(ドクター永益を除く)
入れ替わっている二人の怪人は、今のところ目立った活動がない。
特に日奈さんは原隊に復帰したばかりで、まだ試運転の状態だ。その辺りも、林氏の事情に似ている。
混乱を避けるため八雲隊長にはすぐ通報したが、今後のことは明石さんと相談して方針が決まるまで静観するよう指示された。
ゴンが表示した3Dマップの行方不明者は、幸い位置も深度も重要な拠点から遠い部分に集中していた。
警戒の薄い部分を狙っていたとしか思えない。
林が行なっていたようなタロスやアンドロイドを使った誘導は、人を動かしやすい上手い手法だ。
きちんとした命令系統の中でそれなりの理由があれば、AIは疑うことなく忠実に命令を実行する。だから逆に、そのAIの動きを人は簡単に信じてしまう。
微妙なニュアンスで人を何重かに誘導し行動を起こさせて、最終的にはタロスを使い疑いのない状況を作り出す。
失敗しても林に実害はないが、成功すれば証拠なく人を狙い通りに動かすことが可能となる。
俺たちも、今はタロスの警備員を使い地下の巡回を増強している。
定点カメラの映像チェックはセントラルコンピューターに任せて、ゴンは巡回するタロスのデータを解析中だ。
行方不明者の人数からして、潜んでいる怪獣はそこそこ大きな体であると考えられる。
基本的に怪獣が隠れそうな場所は廃棄物や下水処理、それにエネルギープラント関連などの古い施設や浸水により放棄された倉庫や機械室。
要するに、このドクターのアジトのような場所だ。
過去の記録を元に、利用されていないエリアの隅々へタロスを送る。
だが怪獣によっては変形したり擬態したりと、潜伏するのに適した能力を持つものもいるので、期待はできない。
そうして余分なタロスや探索用のドローンやクロウラーなどにより調査の手を伸ばした。
翌日も澪さんと二人で、昼食時に林氏及び日奈さんの監視にやって来た。これで連続三日目だ。
既に俺たちは諦め気分で、新しい情報が得られるとは思っていなかった。
だが、林氏の姿を見つめる澪さんの顔色が、みるみるうちに紅潮する。
『……5月5日まで待て、だって?』
『次の侵攻は……前回のリベンジ……清十郎のいない地下街への大侵攻、上野の壊滅!』
澪さんがとんでもないことを呟き始めた。
日奈さんの失踪と五月五日の大侵攻の情報を伝えるため、その日の午後、ドクターのアジトへ可能な限りの関係者を集めて緊急会議が行われた。
急な呼びかけに応えて集まったのは、このアジトを根城にする俺たち脱獄者とその共犯者6名に加え、各部門の長を務めるまとめ役の皆さんだ。
USM東東京トップの大森支部長、討伐隊長の八雲さん、調査隊長の明石さん、建設部門のトップ宮城氏、施設管理部門サブリーダーの竹中氏、そして大阪からの助っ人代表藤村理恵さん。それに守備隊と市民を代表して、浅野さんが来てくれた。
浅野さんとは、雛祭り侵攻の夜、ピクニックエリアで出会った。
雛祭りイベント会場の解体中に空飛ぶクラゲの襲撃を受け、職人集団のリーダーとして戦った元気な老人だ。今は守備隊の特別顧問にもなっている。
あの時、浅野さんが生き残った人々をまとめて組織的な抵抗を続けたおかげで、多くの人が命を救われた。
全員が集まると、一応俺たちのボス的な立場であるドクターが、議長として口を開いた。
「忙しいところ急に声をかけて済まない。今日澪が監視しているグランロワ、いや今は観測者、と言うべきなのか……その怪獣側からの潜入者から、新たな情報を得た」
ここで、澪さんが割って入る。
「えっと、ここに隠れている私たちの置かれた状況、そして観測者を名乗る謎の存在とその手先であろう林氏と日奈ちゃんの件。あとは地下の行方不明者たちについて、皆さんはご存じですよね」
澪さんは念を押した。
「大切なことなので、不明な点があれば最初に質問して、確認してください」
だが、質問はない。澪さんが続ける。
「今日私は怪人である林氏の定時連絡の場を監視し、次の大侵攻についての情報を入手しました。大侵攻は5月5日子供の日。セイジュウロウを隔離した隙を狙い、今度こそ深部地下への侵入を狙っています。残念ですが、今日得た情報はこれだけです」
数秒の沈黙が続いた後、大森支部長が最初に発言する。
「雛祭りの次は子供の日だと? ふざけた話だ。七夕攻勢ができないよう、今度こそ完璧に殲滅してやる!」
「当然です!」
八雲隊長にとっては甚大な被害を出した雛祭り侵攻の、リベンジの気持ちが強い。
「でも、一番大事なのは、犠牲者を最小限にすることです」
調査隊の明石さんが言うと、浅野さんも大きく頷く。
「一度変なプライドは捨てて、一般市民が巻き込まれないような策を何よりも優先することだ」
「地下の行方不明者についても、何か追加情報は無いのか?」
八雲隊長が困った顔で俺を見る。彼の右腕である、日奈さんの安否が気になるのだろう。
「通常の監視設備以外にタロスやドローン、クロウラーまで動員してゴンが調査していますが、成果はありません。が、間違いなく地下のどこかに、怪獣が隠れていると考えています」
『これだけの調査で発見されないとなると、標的は完全に仮死状態で岩盤の隙間などに潜んでいる可能性が高いです。恐らく侵攻と同時に活動を始めるのでしょう……』
ゴンの言葉が力なく終わるのを感じて、場の雰囲気が重くなる。
仕方なく、俺が口を開いた。
「55億人の人類を殺戮したくそったれが向こうからやって来るというのだから、ぶっ殺してやりましょう。上野の住民は尻尾を巻いて逃げ出すことを、本当に望んでいるんですか?」
「よく言った、トミー!」
八雲隊長はやる気だ。
「人類は怪獣から地下に追われ、お情けで全滅だけは免れている。だが本当にそれでいいのか、という問いかけを常に忘れてはいけない」
「大阪でも結局逃げずに戦う阿呆が多いんですけど、皆さんには何か策があるんですか?」
理恵さんに聞かれれば、無いとは言えない。
「あります!」
ここへ皆が集まる前に、俺たち逃亡者6人プラスゴンで対策を協議していた。そこで提案した俺の乱暴な案が、実は採用されている。
「祭りをやります。子供祭りです。丁度明後日からゴールデンウイークですから、そこから子供の日までの一週間、上野は盛大なお祭りで賑わいます!」
「何をバカなことを……」
「今年の子供祭りは中止になったんじゃないの?」
「そうだ。地上も復興作業中だし、ピクニック広場もまだ補修作業に追われている」
「どこでやるんだ?」
「一つだけ、広くて大勢が集まれる、いい場所が開いています」
「まさか、シェルターじゃないでしょうね?」
俺は笑って首を横に振る。
「ターミナルです!」
「……?」
「EAST東京ステーションで、一週間の子供祭りを決行します!」
俺は知らなかったが、2050年にもゴールデンウイークはあったのだ。




