食事
「さて、では私はそろそろビーフシチューでも食べに戻りますか」
明石さんが席を立つ。
「八雲さんはまだ話し足りなそうですから、どうぞ、ごゆっくり」
八雲隊長にそう言い残し、タロスの夫婦には軽く会釈をして店を出て行く。
『大森支部長の行動に変化があれば、追って連絡いたします』
ゴンの言葉に振り向いた明石さんが「お願いね」と小声で言った。
明石さんが扉の外へ姿を消すと、八雲隊長が大きなため息をついた。
「はぁ。彼女は優秀過ぎてな。もう少し柔らかくなるといいんだが……」
『大丈夫ですよ。昔のエルザさんがあんな感じだったとドクターが言っていました』
「おい、言葉を返すようだが、あの変人ドクターの人を見る目なんぞ俺は信用していないからな。エルザさんは、今も昔も変わらんよ」
確かに、ドクターの眼には自分の望む物以外は見えていない。
『ドクターの評価はなぜこんなに低いのデショウ?』
不思議そうにゴンが言うが、能力や業績と人間的な信頼性はまるで別物だ。
「それは、お前がポンコツだからだよ!」
俺の言葉にいつものようなゴンの反応はなく、ゆっくり頷く隊長を見て反省でもしているかのようだ。
「さて、俺も大事な部下の罪状を再確認して、知り合いの弁護士と話してみるか」
「今は俺たちを解放するような動きは結構ですからね」
「わかってる。林を刺激しないように、だな」
「はい。お願いします」
『ではワタシたちもそろそろ食堂へ向かいましょう』
先に隊長が出て、充分に時間をおいてから、俺は美鈴さんと別れてUSMビルへ向かった。
澪さんとは、ビルの近くで合流した。
昨日とは別の席で、林氏の登場を待つ。
ゴンによれば、林氏の定席周辺に特別な装置は観測できないそうだ。
窓を通して見通せる距離で何らかの通信をしているようだが、それは澪さんが怪獣の心を感じているような、怪獣独特の能力なのかもしれない。
ドクターが研究している第二世代アンドロイドを、集団知性と呼んでいる。
第二世代アンドロイド自体が一つの集団として共有している知性、という意味らしい。
サーバーを介して経験や情報を共有し、一人二人が欠けても保存している情報から再起動可能なアンドロイドだ。
試作型や第一世代アンドロイドはその魂が失われると二度と戻らない。
だが一つの魂を集団で維持することにより、群れの一員として知性を獲得することを目指しているらしい。
第二世代アンドロイドと呼んではいるが、タロス以上アンドロイド未満の存在となるらしい。
実は怪獣も、このような集団知性ではないかと予測されている。
そしてそこには管理者としての観測者、更にはその上位存在も含まれるのではないか。
観測者の話を真に受けるのならば、探索者とそれを追った使者が融合して観測者となった。
そうであれば、アルファが生み出したAIは最初からそういう構造だったに違いない、とドクターは言っていた。
だとすればゴンと試作型アンドロイドのように、あるいは美鈴さんと美玲さんのように、何らかの未知のネットワークが構築されている可能性があった。
怪獣が人を食った時の選別やそこから得られた情報など、同じような怪獣のネットワークを通じて、観測者と共有しているに違いない。
単独で潜入している林という怪人は、正体を隠すためにそのネットワークから普段は切り離されているのだろう。
今日はチャーハンを黙々と食べながら、窓の外へ視線を送る林がいた。
『拘束した人間に変化なし……地下への侵入路の確保が重要……計画は進行中……』
『今度はどこから入るつもりなんだ?』
『わからないわ。林の方も混乱しているみたい。もしかすると、林にも知らされずに計画が進行中、という意味なのかも……』
俺たちを捕えたことで、林は用済みということなのか?
だとすれば他に、内部から地下へ怪獣を引き入れようと画策する者がいるのか。
『今後も林の動向を探ることは重要デスガ、他の可能性も考えましょう』
『どうするの?』
『やはり、地下の行方不明者関連が一番怪しいデス』
俺は大盛オムライスをゆっくり食べながら、明石さんは今ごろうまくやっているだろうかと思案する。
例えUSM上層部をうまく抱き込めたとしても、情報漏洩を防ぐためには一部の人間としか接触できない。
だがせっかく泳がせている林から次の侵攻に関する情報が得られなければ、対策の打ちようがない。
ゴンが視界に地下の3Dマップを表示させた。
『行方不明者の最終確認地点と、周辺にいたタロスとアンドロイドの位置をマッピングしました』
『その時に近くにいたタロスとアンドロイドが観測者から何らかのハッキングを受けている可能性は?』
『そんなことはもう調査済みです』
『そうだよね』
一応念のために聞いてみたのだが、ゴンは気分を害したようだ。
『では何のために?』
それがわからないから調査をするのです!
などと怒られるかと思ったが、ゴンからは意外な回答があった。
『セイジュウロウの右腕を切り落としたカニは、弱って死にかけていましたよね』
『ああ、そうだった』
『戦闘専門の小型怪獣は、食事をしない使い捨ての存在です』
そうだ。百鬼夜行の前衛にいた戦闘特化型は人を食うことがない。
浅間高原の森にも、そのタイプが多かった。
『しかし人間を食うタイプは消化器系を持ち、人を栄養にしてより長期間の稼働が可能です』
『まさか、怪獣に食われて栄養にされた、と……』
『雛祭り侵攻の生き残りが潜伏しているとすると、その可能性があります』
すると先にオムライスを食べ終えた澪さんが、疑問を挟む。
『でも、第三胃が満杯になれば活動停止するんでしょ。人が栄養になるとは限らない』
『そうです。何体かの怪獣がいるとしても、多くはないはずです。一体か二体でしょう』
では第三胃に送られない人間を選択的に食う?
そんなことが可能とは思えない。
『怪獣は人間以外食わないんだよな?』
『そう言われています』
『では林が選択した餌になる可能性の高い人間を、タロスに命じて何度か怪獣のいる場所へ誘導した、ということか』
『恐らく、それが正解でしょう』
『タロスやアンドロイドの行動は巧妙に隠されていましたが、裏には林の微妙な誘導がありました。そして、かつて怪獣に食われた経験のない人間が選ばれています』
『現場の最前線では二度三度と怪獣に食われる人間がいる中で、腹からの生還率は平均七割よ。怪獣に会ったこともない一般市民なら、恐らく生還率は五割を下回るんじゃないかしら……』
そうして、何人かが餌として選ばれ、食われたのか?




