計画
ミスター林の陰謀の一端を掴んだ翌日の午前中、俺と美鈴さんは再び昭和の喫茶店〈ミナト〉で八雲隊長と明石隊長に会っていた。
先ずは澪さんの見た林の正体と、次の侵攻計画の存在を告げる。
「このうっすいコーヒーは何だぁ」
コーヒーを一口すすり、八雲隊長が変な声を上げた。
「アメリカンコーヒーって言うんですよ。自分で注文したんじゃないですか」
「こんなのニューヨークにはなかったぞ」
この人はこう見えてUSMのエリートで、アメリカ留学の経験がある。向こうで日本の武道を教えて、銃器の扱いなどを学んで帰って来た。
「ところで、法務担当の林だって?」
「はい。人間の皮を被った怪獣。というか、怪人ですね」
八雲隊長は信じられない、という顔をした。
「怪人なんて、初めて聞いたわね。いつごろからなの?」
明石さんもそう言うが、そんなことは世界中どこの記録にもない異常事態だ。
俺たちの調べた最近の様子を報告する。
「林氏は雛祭り侵攻で怪獣に食われた後、その日のうちに第三胃の中から救出されました。一か月の入院の後自宅療養し、4月中旬に原隊へ復帰したばかりです」
「事務方も俺たち現場の部隊と同じなら、原隊復帰日にUSM医療班の最終チェックがある、だから入れ替わったのはその後、という可能性が高い」
「それなら本当につい最近、ということね」
『ミスターハヤシが怪獣に食われた時の情報を元にして、観測者が事前に入れ替わりの準備をしていたのだろうと考えられます』
ゴンが普通に割り込むが、二人の隊長はもはや動じない。
「だが、証拠がない」
「そうです。今日もこれから澪さんと奴の定時通信を見張りに行くのですが、こっそり見てみますか?」
「いや、止めておく。俺たちが下手なことをして怪しまれては元も子もない」
「そうね。あなたたちに任せるわ。でも、最終的に本部の連中を動かすには、林を拘束して正体を暴く他ないわね」
「わたしから医療班に頼んで林氏の身体検査をすれば確実なのですが……」
美鈴さんがそう言ってから、自分で首を横に振り俺の顔を見る。
「それは危険です。正体を暴かれた林が何をするかわかりません。怪獣なら平気で自爆くらいするでしょう。俺たちは奴の計画の詳細を掴むまで、このまま泳がせておきたいのです」
「次の大侵攻の計画か……物騒な話だな」
「でも、その内容次第では、支部長の協力なしでは動けないかもしれません」
「そういえば、今の支部長は調査隊の出身ですよね?」
「ええ、大森支部長には、私も新人時代からお世話になりました。あの人を味方にできれば、ずいぶん楽になるのですがね」
「確かに、林よりも大森の方が、かなり強そうだ……」
『セイジュウロウが好きなのは、大盛の方でしょう』
「そうだ。今日の昼飯は大盛にしないと。あの第一食堂の定食は安くて美味いんだけど、ちょっと量が少ないんですよね!」
『第一食堂の一番人気はオムライスですよ』
「そうか、じゃあ今日はそれにしよう。それにしても、奴はハヤシライスではなくカレーライスを食っていた。つまり林としてのアイデンティティが確立していない重要な証拠だな」
「……富岡君は、いつもこうなんですか?」
明石さんが呆れたように八雲隊長の顔を仰ぎ見る。
「ん、まあ、そうかな、トミー……」
「何言ってるんです、八雲隊長。討伐隊は全員こんな感じですよね!」
「ひ、否定はできないな……」
「あれ、でも俺の会った調査隊の人たちも似たような感じで……」
だが明石隊長は眉間にしわを寄せて、俺を睨む。
「山岸さんの小隊でしょ、それは!」
「はい、そうですけど……」
調査隊の山岸小隊長が率いる部隊とは、湯島でウミウシの化け物と遭遇した時に一緒だった。
俺にとって初めての外出だったが、とてもフレンドリーで良い人たちだった。
明石さんには、何か個人的な恨みでもありそうな雰囲気だが。
「山岸さんがあんな感じなので、結局私が押し出されるように隊長にされてしまったの。あの人のことは恨んでいるんだから!」
俺には関係ないはずだが、明石さんは何故かそう言いながら、俺を睨んでいる。
「まあまあ、ミコちゃん。ギシさんもいい歳だからさ、最近はおとなしいじゃないの」
「でも、あの人のおかげで今期のポイントが危ないんです。今度の仕事で大きなトラブルがあったら私、もう隊を辞めますからね」
「短気を起こすなって。ミコちゃんみたいなのが本部にいたら俺たちも助かるからさ」
「じゃあ八雲さんが行けばいいじゃないですか」
「いや、俺にはまだこういう阿呆連中を指導するという重要任務が残っているから……」
「おい、トミー。こんなこと、他所で言うなよ」
「じゃあ、少しだけ教えてくださいよ。明石さんの言ってたポイントって何ですか?」
「ああ、それな。現場のトップにはポイント制度ってのがある。業務の評価で持ち点が減点されるんだ。プラスはないぞ。そしてその持ち点が無くなると、めでたく本部へご昇進ってわけだ」
「私の持ち点を減らす原因を作るのは、たいていその山岸さんのところなのよ!」
なるほど。そうして嫌々事務局の仕事に就くと不平不満が噴出して、美玲さんが愚痴を聞く羽目になると……
何がカウンセリングだ、とも思うが、そればかりでもないのだろう。
『ところで証拠、というには弱いですが、ドクターと美玲は、今ではワタシたちと同じ怪獣素材を不法に隠し持っていた、ということになっています。しかし最初は別件での逮捕でした』
ゴンがいいタイミングで話を戻したので、俺もそれに乗る。
「それは主に、ドクターの生命倫理学違反と聞きました。俺の肉体に対しての非倫理的な人体実験と試作型アンドロイドに対するAI規制法違反、だったか?」
「でも、それって10年も前のことじゃないんですか?」
明石さんが不思議そうに首を傾げる。
「そうです。ドクターが拘束された時の映像はライブラリの極秘事項として隅に追いやられ、今では俺たちと同じ疑惑で拘束ということに表向きはなっている……」
「確かに、妙だな。今も上層部はお前たちが拘束されている事実を公表していない」
「それは、拘束自体が法務担当林の暴走によるもので、公開したくてもできない、ということかもしれないわね」
明石さんの言う通り、この一件が公になるだけでも本部は大騒ぎになるはずだ。
「私から、ちょっと支部長に当たってみます。もちろん、林さんには十分注意します」
『それなら、ランチタイムが有効です。今日も12時半にミスターハヤシは低層階の第一食堂に行き、最低でも13時までは戻りません』
ふんふん、と八雲隊長が相槌を打つ。
『そして今日は、大森支部長は同じ時間に一人で高層階の第四食堂へ足を運ぶでしょう。火曜の日替わりA定食は、好物のビーフシチューです。いつも注文するのは普通盛りですが……』
「ほう、本物のスパイみたいだな」
八雲隊長がゴンに感心するが、俺は嫌な予感しかしない。
『ヤクモさんは、昨夜地下8層のドゥマンというケーキ屋でお嬢さんにロールケーキを買って帰りましたね。1820円のチェリーパイと悩んだ末に、安い方を選びました』
やっちまった。
「な、何でそんなことを知っている……」
八雲隊長が青ざめる。
『今後、スパイはワタシだけではないと考えて行動してください。今日のことも、くれぐれも内密にお願いしますヨ』
「……」
「隊長、俺を睨むのは止めてください!」
「本当に、あなたたちは無駄話が多くて、緊張感の欠片もないのね。心配だわ……」
心底呆れたように、明石さんが呟いた。
きっと明石さんには、ゴンに暴露されて慌てるようなプライバシーはないとの自負があるのだろう。




