USMの闇
「澪さんは、そのままでは目立ちますよ」
「玲ちゃんは、私が小さいってことを言いたいのかな?」
潜入調査の前に、二人は無数にある都市の監視カメラの映像をハッキングしている。
「小さいだけなら子供の振りをすればいいんだけど、その不自然に大きな胸はちょっと……」
「うう、実はゴンちゃんにお願いして、ナノマシンでちょっとだけ小さくしてもらったんだけどなぁ……」
「嘘、そんなことができるんですか?」
「うん。カップが1サイズ小さくなってた……」
「それくらいじゃ全然わかりませんよ!」
「だって、本当だもん」
「それは、また父に騙されているんです!」
「清十郎は、玲ちゃんみたいなちょっと控えめサイズが好きみたいだから……」
「ああ、泣く子も黙る上野の魔女がそんな乙女みたいなこと言い出すとは……平和過ぎる、と言うよりも世界が滅ぶ日が近いのかも……」
美玲さんが、がっくりと肩を落とした。
こんな映像を、楽しそうにゴンが俺に見せつける。
悪魔か!
『こんなことをしていると、お前はいずれ廃棄されるぞ』
『セイジュウロウも一緒に地獄へ落ちましょう』
『嫌だ。俺はグランロワにお願いして、元の世界へ戻るんだ!』
『澪が泣きますよ』
『ううう、本当にお前は悪魔だな!』
二人の隊長との会談を終えた俺たちはアジトに戻り、気になっていた澪さんたちの進捗状況を確認しようとゴンに依頼した。
それが、いきなり別室の映像を見せられて、俺はひっくり返りそうになっているのだった。
幸いにして、美鈴さんはキッチンで何か軽食の用意をしていた。
ドクターとエルザさんは、揃って不在である。
『どうやら、ある程度標的が絞れたようですね。あとは直接澪が見て、どう判断するかです』
『大丈夫なのか?』
『心配なら、一緒に行きますか?』
『可能なら、そうしたい』
美鈴さんが澪さんたちに声をかけ、俺たちは居間に集まりお茶を飲みながら進捗を報告し合った。
「そこで、今回だけ俺と澪さんが二人で確認に行きたいんだ。相手があの観測者の手下なら、危険度が高い」
『その間、美鈴と美玲には、密かに医療チームと接触してほしいのです。ドクターやセイジュウロウでは却って不審者扱いでしょうから』
ゴンのものすごく説得力のあるフォローに、美玲さんは何も言えない。
『では、細部の擦り合わせをしましょう』
俺は澪さんと変装をして、アジトから出た。
向かうは、本部と呼ばれるUSMの事務局だ。
ノストラダムスインパクトからの回復が進み社会が一応の安定を見せると、激減した人口の元で国家間の対立や国内の生活格差が減ると同時に、官僚や政治家の役割は軽くなり、その力を失った。
国際的な組織として最も権力が集中しているのは、USMである。
USMは各国地域を横断して活動しながら怪獣の被害を減らし、そこから得られた富を公平に分配することで、人類を守って来た。
しかし、人類の価値観は決して一枚岩ではない。
信念に従い生きる者や、叶わぬ夢を追う者も少なからずいる。
生き残っている全ての人間が、上野の多くの市民のように能天気な阿呆ばかりではないと知って、俺は少し安心した。
しかし小賢しい人間が起こすトラブルもまた、時にグランロワ以上に厄介な場合があった。
だからこそ、目前に潜む敵の姿をしっかり見極めなければ、俺たちはここから先へ進めない。
敵は、グランロワだけではない。
価値観を異にする者の対立という図式はこの世界でも多少は残っている。
例えば、故郷を失った者たちがいる。
海に沈んだ島を離れ、世界中に散った仲間を集めて再び南の海に人工島を作り、帰ろうとする計画がある。
彼らは団結し、計画の完成途上で怪獣に破壊されても、まだ諦めてはいない。
例えば、愛する人を失った者がいる。
失った人間の記憶を持つ疑似AIをVR空間に造るだけでは満足できずに、アンドロイドの中に移植しようという研究が続けられている。
第一世代アンドロイドと恋に落ち、それを失った者もまた、同じことを求めていた。
例え世界が滅びても良いから、グランロワに一矢報いたいと考える過激派もいる。
その手の輩はテロリストとして国際手配され、徹底的に鎮圧された歴史がある。
実際に思慮の不足した戦闘行為がグランロワの怒りを買い、消滅した都市があった。
今では非常に少ないが、常にテロリストの予備軍は一定数存在する。
進んだ科学文明を否定して自然に帰ることを正義と考える自然派の一部も、都市部に暮らしている。
今では、テロリストと手を組んでまで行動しようという過激派は、ほぼいない。
だが都市の内部で布教活動をする宗教のような存在として、自然派の住民は一定数が活動している。
そして一番厄介なのが、権力志向の人間だ。
明確なポリシーや夢を実現するために権力を求める人間は、確かにいる。一方で、ただ自己の欲望を充足させるためだけに権力を求める、権力志向の強い人間がこの世界にも存在する。
ただ、そのタイプの多くは既に死滅した。残る者はそれをゲームとして捉えて面白がっているバカが殆どだ。
特にUSMという組織の場合は、怪獣に食われ、命懸けで闘い、生き延びたという経験が、隊員の評価に直結する傾向にある。
どんなに優秀な人間でも、現場の最前線で活躍した経験が浅い者は、価値を認められず尊敬を集められない。
この傾向により、権力志向だけの人間は、自然と淘汰される運命にある。
そう言った事情で、USMの事務方は常に人材不足に悩んでいる。
何しろ、組織内での上昇志向がない。現場優先で、面倒な事務方を志望する者がいない。
仕方なく、現場のトップが押し出されて不承不承就任している状況だ。
だが、実際にそれを知る者は少ない。
何故なら、そんな面白くない仕事をしていることを公表されたくないからだ。
だから、現場トップを引退して好きなことをして遊んでいるように思われている者たちが、嫌々ながら事務方の上層部を務めている。
世界的に同じ傾向があり、一部の例外を除くとほぼ全世界のUSM上層部は長生きしている討伐隊や、技術部門の出身者だった。
その連中の溜まった愚痴を聞いてガス抜きをするのが、今では美玲さんの主な仕事である。
それ以外にも予備役の人間が多くいるので、実は守備隊には結構な実力者が揃っていたりする。
現場で部門のトップになった者が何か失態をしでかすと、責任を取って昇進させられて、事務方に移ることになる。
普通は逆だろ?
そうして嫌々ながらポストを押し付け合うのが、USM上層部の実態だ。
本当は、面倒な調整役より現場で気ままにやりたい。
だが代わりの者がいないと辞めることもできずに、ストレスが溜まる。
そして澪さんや美玲さんの仕事が増えるのだった。




