潜伏2
雛祭りの夜から始まった第四次東京侵攻は、現在も継続中と考えられている。
その後のシーホース以外にも、北東京、南東京で小規模な戦闘が続いている。
大阪からの増援もあり街の復興は進んでいるが、このままでは首都の防衛には不安が残る。
「実は、上野では都市内での失踪事件が続いているの」
美玲さんがUSM幹部しか知らない情報をリークする。
『未確認ですが、どうやら、地下都市へ潜入して活動を継続している怪獣が存在するようです』
ゴンも詳細は掴んでいない。
だが、桜の木の下で俺の右腕を切り飛ばしたような奴がまだこの地下に潜伏しているとなると、落ち着いてはいられない。
しかもその失踪事件には、何故か多かれ少なかれタロスや第一世代アンドロイドの関与という共通点があるという。
過去に、怪獣はタロスやアンドロイドを積極的に破壊し、人間だけを呑み込んでいた。
しかし今回の失踪事件では、怪獣がAIを監視していたかのような場面すら疑われている。
怪獣はAIに興味を持ち始めたのか?
そして、怪獣だけではなく、明らかに俺たちと敵対する知的存在がある。
その存在が、ゴンも知らない未知のAIであるとはちょっと考えにくい。
だからと言って、あのような罠を作り俺たちを待ち構えていた観測者自身が、自らこの都市へ入るとも考えられない。
もしかすると、観測者自身の人類への干渉には、何らかの制限があるのかもしれない。
『だとすれば、観測者の陰謀に加担している人物が都市の内部にいるということになります。ただし、本人も知らずに利用されているだけ、という可能性もありますが』
ゴンの言葉には、全員が不愉快そうな顔で頷く。
ここまでの事情を確認した俺たちは、これに対抗する策を考え、今後の行動を決めねばならない。
実際、様々なセンサー類を用いてAIが監視をする都市の内部では、住民が秘密を持つことは難しい。
住居内のプライベートな空間でさえ、常にAIが住民の要求を予測し、快適な暮らしを送る手助けをしている。
この社会での犯罪発生率の低さは人類が共通の敵と戦っているという事情を鑑みても、俺の眼からは異常に低い。低すぎる。
未来の監視社会の恐ろしさに、俺の肌は粟立つ。
『それは、ワタシへの嫌味ですか?』
「私にもね」
その中でも、俺のように内から外から丸見えの人生を送っている者は少ないだろう。
「でもその割には、清十郎さんは悪いことを平気でしていますよね」
「美鈴さん、それはどういう意味ですか?」
この清廉潔白な俺に対して言う言葉とは思えない。
「父を利用して訓練をサボりゲーム三昧とか。怪獣の冷凍保管庫の隅に極上の天然マグロを隠し持っているとか。大阪の理恵さんをこっそり食事に誘ったとか……この浮気者。この国は一夫多妻を認めていませんからね」
「鈴ちゃん、そんな軽い罪だけではないわ。この男はUSMの最高機密情報を盗み、貴重な怪獣組織のサンプルを炭火で焼いて食べ、挙句の果てに隔離レベル6の極秘エリアを解放して脱出し、危険なナノマシンを体内へ大量に所持したまま逃走中の危険極まる凶悪犯よ」
「その極秘エリアへ人形を担いで侵入して来た人が言いますかね、それ。それを言ったら、みんな脱獄犯と逃亡ほう助犯でしょうが。ドクターは人権無視で倫理規定違反の闇医者だし……」
「ああ、もう嫌。こんな犯罪者集団と関わり合いになるなんて……」
エルザさんが頭を抱える。
「でもあなた、この犯罪者集団を率いる首領のファーストレディでしょ?」
「そうですよ、姐さん」
「諦めて話を続けましょう、おかみさん!」
澪さんに諭され、美鈴さんと美玲さんに慰められて、エルザさんは顔を上げる。
「エルザ。君を巻き込んで済まないと思うが、ここは人類の未来の為と思い協力してくれ」
「そうよ。人類の為にこの変態科学者の犠牲になって」
『皆さん、そろそろ現実から目を逸らすのは止めて、前向きな話し合いをしましょう』
冷静なゴンの言葉に、一同赤面して下を向く。
『さて、敵が情報戦を挑んでいるのならば、ワタシが負けるわけがありません。これからすることは三つ。一つは敵を発見するすること。二つ目は味方を囲い込むこと。三つ目は、戦いの準備をすること』
「敵が人間と怪獣ならば、私と美玲がその正体を暴く」
澪さんと美玲さんの役回りは決まった。
「戦いの支度は、私と安朗さんで」
『頼みます』
こんな簡単に話が進むということは、こちらは既に打ち合わせ済みということなのか。
「では、わたしと清十郎さんは味方の囲い込みですか?」
「囲い込み?」
『そうですね。先ずは間違いなく敵ではない人を確実に味方に引き入れましょう。あとは澪と美玲の結果を見て敵の目の届かぬところで慎重に進めないと』
俺と美鈴さんが密かにコンタクトを取ったのは、討伐隊と調査隊の隊長だった。
話すだけならバーチャル世界でも構わないのだが、俺たちの話を信用してもらうためには現実世界で直接話す必要があるだろう。
これも、ゴンのようなインチキ野郎が跋扈しているおかげだ。
俺自身は、討伐隊の八雲隊長にはよく叱られているが、調査隊の明石隊長とはあまり面識がない。
調査隊の面々とは合同訓練もあり小隊長以下の隊員とは顔なじみが多いのだが、隊長には何となく、近付き難い。
二人まとめて、ゴンが保証する安全地帯で面会することになった。
そこは深度地下に都内の拠点を繋ぐトンネルが集まるターミナル駅、EAST東京ステーションの近く。
駅の駐機場周辺に開けた、繁華街の一画だった。
この駅からは、都心を結ぶハイウェイが三方向に延びている。
北西方面は光が丘の北東京支部へ向かう北東京ステーション行き。
南西方面には皇居にある中央支部と本店行き。
その二つの中間には、本来の都心とも言える西新宿ジャンクション行き。
長距離移動のフライングトレインに対し、近距離輸送を担うのがこの地下トンネルである。
小型のホバーカーやバイクだけでなく、大型のホバーバスが定期運航し、コンテナトレーラーや大小貨物トラックの行き来も多い。
有事の際には他の地区へ退避するための緊急避難路を兼ねていて、歩行者用の通路も用意されている。
駅の周辺は避難場所として大勢の人間が集まれるよう、広い駐機場と歩行者通路が確保されていて、雑多な店舗が繁華街を作り賑わっている。
その繁華街の裏路地にある喫茶店〈ミナト〉は、タロス夫婦が切り盛りする昭和の喫茶店という謎設定の、流行らない店だった。
薄暗い店内には紙の雑誌と新聞が置かれ、今では吸う人もいないはずの煙草のヤニで茶色く変色した壁や天井を、黄色いランプが照らしている。
『変な臭いが充満していますね』
同行した美鈴さんが、店内の空気サンプルを採取して薬物分析をしているように、そっと息を吸っている。
『これは長年店に染みついている、煙草の煙の臭いですよ』
俺にとっては懐かしい臭いだが、美鈴さんは阿片窟にでも迷い込んだような厳しい顔をしている。
『大丈夫、麻薬の類ではありませんから』
俺は不安げな美鈴さんに、笑顔を向ける。
静かに流れている曲が古いジャズかと思ったら、昭和の歌謡曲だとゴンに教えられた。
『ムード歌謡という、戦後に流行した歌謡曲です』
『何でそんなことを知っているんだ? お前って、本当は昭和のおっさんの転生者だろ!』
そんなことを言い合っているうちに、二人の隊長が店の扉を開けた。




