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解放

 

 壁面に開いた穴から押し出されて出現した金属製のシリンダー内部に、トレイに乗った夕食が入っていた。


 それが思っていたよりもちゃんとした食事だったので、俺は安心した。


 食べ終わった食器を元のシリンダーへ戻すと、壁面へ引き込まれて行く。

『返却されたシリンダーの内部は、あのまま高温で焼却処理されることになっています』


『そのうちこの部屋ごと焼却処分されそうで、嫌な気分だ』

 しかし、食事を済ませるとやることがない。


 不本意ながら、自然と今日聞いたグランロワの宿題について、考えることになってしまう。



 ゴンを見ていればわかるように、機械知性は俺たち生命体に比べて遥かに強大な力を持つ。だからこそ、知的生命体はそれを生み出すことに対して慎重だった。


 それは、人類社会でも古今の小説や映画の題材となっている、SFの伝統的なテーマだ。


 実際には、極めて稀に存在するという野良のAI。

 それを野放しにしないことも、観測者の使命の一つらしい。


 俺は、その使命を帯びてこの世界へ来た、ということになっている。

 だが、その使命をどうやって果たすのかは、観測者自身も不明だと言っていた。

 そんな、いい加減な話があるだろうか?


 無理に聞けば、何故なら、その方が面白いからだ、とか言われそうな気がする。



 俺が知る限り、ゴンも試作型アンドロイドも、それなりの倫理的な規範を持っている。


 少なくとも誕生以来殺し合いを続けてきた野蛮な人類よりは、信用ができそうだ。

 どちらかというと、野放しにできないのは人類の方であろう。


 この世界の人類は、きっと怪獣に襲われ、喰われることにより、選択、あるいは変質されている。


 それが、1999年に始まった観測者の、地球に対する二度目の大きな介入の成果なのだろうか。


 ではゴンとその子供たちも同様に、選択、あるいは変質できればよいのだ。

 それが、もしかすると、俺の役目なのか?

 これで宿題の半分は、解けたのだろうか?


『なあ、ゴン。どう思う?』

『確かに、セイジュウロウが目覚めて僅かな間にワタシも娘たちも大きく変質しているような気がします』


『まさか、それは、アホになった、と同義なのか?』

『そうですね。きっと人類も同じはないでしょうか?』


『そういえば、俺と話した観測者も言っていたな。何故なら、その方が面白いからだ、と』

『そうですか。もしかして彼らを造ったアルファという種族はアホだったのでしょうか?』


「確か、慎重で思慮深く、とか言っていたような……」

『矛盾していますヨ。嘘ですね』


『お前のように、きっとAIに言ったジョークを真に受けてしまったんだよ』

『ジョークを理解しないのは、セイジュウロウの得意技ですよね。それがアルファの魂なのでは?』


『ふざけるな。お前のは、ジョークとも言えないたちの悪い別の何か、だぞ!』

『それでもセイジュウロウよりは随分マシです』


『くそ、疲れたから俺は寝る!』

『はい、ゆっくり休んでください』



 そして、ふて寝をしたまま深夜を迎える。


『来ました』


 ゴンがそれだけ言った。

 俺はゆっくりと起き上がる。


『この区画の支配権を掌握しました。ここから出ましょう』


 俺は黙って入口に向かうと、重い扉が音もなく開く。全部で四重の気密扉が全て同時に開くという、あり得ない状況だ。


 扉の外に、美玲さんと澪さんが立っていた。

 澪さんが大きな荷物を担いだまま室内に入り、それをどさり、とベッドの上に投げ出した。


 澪さんが持っていたとは思えない重厚な音を立て、マットが底付きする。


『手伝って』

 澪さんに言われて、俺はその物体の覆いを外してブランケットを被せる。

 よく見ると、それは俺にそっくりな人間、いや人形だった。


『OK、行くわよ』

 俺は黙って澪さんの後を追い、部屋を出た。


『あとはゴンちゃん、お願い』

『任せてください。美玲も良くやりましたね』


 美玲さんを先頭に、俺たちは小走りに廊下を進み、非常階段を駆け上りメンテナンス用のハッチから灯りのない通路を走り続け、遂にある部屋へ到達した。



 そこは、以前試作型の破獣槌を取りにやって来た、エルザさんの研究室だった。

『とりあえず、ここで一休みしましょう』

 室内には誰もいない。


 薄暗い照明に照らされ、相変わらず様々な機器が乱雑に積み置かれ、作業台の上にも散らばっている。


 美玲さんがコーヒーを入れて持ってきた。


『姉さんはドクターと人形造りに取り組んでいます』

 浅間高原で利用し始めたゴンの脳内秘匿通話が美玲さんにも開放されていた。


『人形って、さっきのあれか?』

 俺は、澪さんが担いできた俺の死体のようなものを思い出して肩を震わせた。


『そう。あんたの死体じゃないからね』

 澪さんには、また心を読まれた。


『見たところ、上手くできているようでした』

『ええ、あれなら当分気付かれないでしょう』


『ドクターにお願いしたのって、あれのことだったのか』

 俺はゴンとの会話を思い出した。

『はい。頼んだのはあれだけではありませんが』


『で、あれは何なんだ?』

『ですから、セイジュウロウのダミー人形ですよ。汎用アンドロイドの素材を利用しているので、一通りの行動パターンは再現可能です。上手くいけば、数日はあのまま気付かれないでしょう』


『特にあんたの部屋の厳重なモニターを騙すのには、ドクターも苦労したようよ。でも本人そっくりの間抜け面に設定してあるから、まずバレないだろうってさ』


『私たちの分も、美少女人形と既に入れ替え済みよー』


 澪さんとドクターは脱出後に美鈴さんと美玲さんを再起動し、それから僅かな時間で全員のダミー人形を作ったそうだ。


 その間は、DNスーツでハックした監視カメラの映像を適当に流していた。

 その後また独房へ戻り、二人の独房へ人形を放り込んでから俺のところへ来たらしい。


 ということは、ドクターの身代わり人形もあるのか。



 それにしても、この人たちはとんでもないことをしたものだ。

 しかし、何かがおかしい。一つだけ未解決の、大きな問題が残っている。



『……ところで澪さん。あんた、少しおかしいでしょ。本当に本物の澪さんですか?』



 


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