遭遇
「どんな感じだ?」
地下に先行している部隊へ山岸小隊長が問いかける。
「地下水に浸かったコンクリート壁の一部に見えますが、確かに幽かな白い光を観測しています。本体のほとんどは水中なので、いずれ発掘部隊を呼ばないと、これ以上は何もできませんね」
「よし、わかった。こちらも合流しよう」
隊長の決断に、山野さんは喜びを爆発させる。
「私たちも行っていいの?」
「まあ、休眠中の怪獣が動きだすことはないからな。心配なかろう」
「でも徹底的に捜索済みって言っていましたよね?」
「ああ、確かにこんなのは非常に珍しい。ひょっとすると大発見かもしれんぞ?」
「休眠中っていうのは、死んでいないってことですか?」
俺は少し不安な気持ちで隊長に疑問を投げかけた。
「まあ、死んでいないって言えば、死んでいない。だが、生きているかと言えば、そうでもない」
「何ですかそれは?」
すると、山野さんが続きを説明してくれる。
「あの連中は三つの胃袋を持っているのよ。怪獣に喰われるとまず第一胃に運ばれて、通常の獲物はそこから第二胃へ運ばれる。第二胃に送られた者はそこで消化されて、化け物の栄養源となる」
それは、まあ普通に食われるということだ。
「でも第一胃から第三胃へ送られる幸運な者もいる。その幸運なあなたは消化されずに、その中で保存液に浸かったまま長い眠りにつくことになる。普通はそのまま怪獣が人類に討伐されたり寿命が尽きたりして死体となり、第三胃だけが体の中で保存されている」
これは、俺がガイダンスビデオで見た浦島太郎の玉手箱の正体のことを言っているのだろう。
「だけど、たまに怪獣が死んでいない場合があるの。たぶん、怪獣が人を大勢喰って、この保存用の第三胃が満タンになると、こいつらも仮死状態になり眠りにつくのよ。好意的に考えれば、それ以上無駄に人間を襲わないようにできているってことでしょうけど、そうじゃなくても暴れて平気で人を踏み潰す奴らだからね……」
俺は、山野さんの言葉に驚きを隠せない。
地球は隕石と怪獣による無差別攻撃を受けたと思っていたのだが、そうではなかったのか。怪獣は、ある種の人間を選んで生き残らせるために送り込まれたとでもいうのだろうか?
「そうさ。だから怪獣どもは、人類選別マシンとも呼ばれる。これは最近のUSMでは主流になっている考え方だ」
隊長がそう締めくくる。俺は唖然としているだけだ。
「まあ、俺が知る限り、この満腹で休眠状態になった怪獣が動き出したケースはない。だから生きているとも言えないが、確かに死んだ怪獣と違い、僅かな生命反応がある」
俺たちはヘッドギアの照明を灯して暗い階段を下りた。
踊り場で曲がると更に周囲が暗くなる。平らな通路へ出て、明かりの見える右手の奥へ向かう。破壊された地下鉄駅の先は大きく崩れ落ちて、地下水の池の中へ消えている。
「一度、明かりを消してみてください」
一斉に照明が消えると、先行していた102号機の隊員が指差していた暗闇の先に、白い光が見えた。
「この程度の光では、外まで漏れそうにないな」
隊長が呟く。
「いえ、隊長。この光は徐々に変化しているようです。我々が到着したときは、もっと弱い光でしたが、この5分足らずの間にやや強く光るようになっています」
しかも、光はより短い周期で強弱を繰り返している。まるで呼吸をするように。
白い光の大部分は水中にあり、よく見えない。目の前に見えている光は白いコンクリート壁の一部分だけが光っているように見える。
これが怪獣の一部なのだろうか。しかし光を放つ部分はコンクリート壁と一体化しているようにしか見えない。
俺たちは、謎の光に向けて歩み寄った。光量は更に強く広がっている。
「確かに、これなら夜間に外へ光が漏れてもおかしくないな」
それほどに、強く輝き始めている。光っているのは水中に沈んでいる部分と、コンクリートに接している部分だ。
「光量が一番多いのは、生命反応のある部分のうち、瓦礫のコンクリートと接している場所になります。きっとカルシウム分と反応して光を発しているのでしょう」
隊員の一人がそう分析する。
「これは、発光する深海クラゲのような怪物かもしれませんね」
「とにかく、これ以上は危険だ。一度戻って、回収部隊を連れて来よう。今日の調査はこれで十分だ。照明を点けて戻るぞ」
隊長はこれ以上の危険を冒して調査を進めることを断念する。
だが、その隊長の判断をあざ笑うかのように白い光が震えると、コンクリートの壁が砕けて水中へ崩れ落ちた。
「バカな、こいつ、動くぞ!」
水しぶきと入れ替えに水面から現れたのは、ウミウシのように白い表面が波打つS級の怪獣だった。
「休眠状態だった怪獣が動くのなんて、見たことがないぞ!」
隊員たちは銃を構えたまま無防備な俺と山野さんを囲むように前に出た。
「いや、少ないけれど前例はあるわ」
山野さんが冷静な声で言う。
「そうか……第三胃に欠員が出ていたか、くそっ」
隊長がそう言いながら大ぶりのハンドガンを抜いた。
「そうよ。何らかの理由で第三胃に眠っている人間が死んでしまった後で外部からの刺激を受けると、怪獣は目を覚ましてその欠員分を補おうと再起動する場合があるの」
「そんな馬鹿な?」
「第三胃で仮死状態にある人間だって、完全に時間が停止しているわけじゃない。条件によっては途中で命を失うこともあるのよ。脳内出血が進行していたり、臓器が壊死したりとかね」
「冗談じゃないのね!」
「学校じゃ習わないぞ、そんなこと」
「俺は知ってたぜ。けど俺たちは余程運が悪いんだな、こんなこたぁ全く想定外だ」
隊員たちは口々に叫びながら、怪獣の周囲を囲み武器を向けた。
「ここで撃つな、崩落するぞ! 総員地上へ退避!」
隊長の号令に、隊員たちはすぐに反応する。
「全員、階段へ向かって全力で走れ。俺がしんがりを務める。閃光弾を使うから、決して後ろを振り向くな!」
山岸小隊長が叫ぶと、全員が踵を返して走り出す。
俺も必死で走り始めると、後方で小さな爆発音がした。続いて目が眩むような閃光が走る。
俺は山野さんの手を引いて、階段の上の明かりを目指して無我夢中で走った。
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