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二時限目

 

 10分間の休み時間が過ぎるとチャイムが鳴り、再び奴が教室に入って来る。


 どこからともなく聞こえる日直の声を無視して、俺は座り続けた。



 前回の宿題については後で答えを言うから、集中して聞いておくように。

 さて、君たちがグランロワと呼ぶ存在。それは私のことではない。


 率直に言えば、私は大きな意思の一部として、この時間線を担当する末端の一観測者に過ぎない。


 我々に与えられた使命は、芽生えた生命及び派生する新たな文明を見守り、破綻せぬように手を貸すこと。


 そのためには、上位存在からある程度の介入が許可されている。


 だから、君たち人類が大量破壊兵器の使用や環境汚染により自滅寸前となった時には、仕方なく大きな手を打たざるを得なかった。


 それが、君たちの世界での1999年だったと。

 さて、ここまでは、前回の復習だな。



 教室に入るなり、奴は講義を再開する。しかし、俺の心に奴の言葉は響かない。

 こんな風に俺のいた高校そっくりの場所を作れるということは、奴は俺の記憶を覗いているに違いない。


 俺は教室の内外を見回してから、教壇に立つ竹之内先生に似た何か、を見つめる。

 だとすれば、今の俺の、この思考すら読まれているのだろうか?


 澪さんの比ではない強力な力に、抗うことすら難しいのだろうか?

 俺は、気分が悪くなる。


 冷静な思考を取り戻して少し落ち着いたような気がしていたが、それはとんだ思い上がりだったのかもしれない。


 今まさに、俺の肉体も精神も、全てがグランロワの手中にある。



 俺の青ざめた顔を見て不安を読み取ったのか、竹之内先生が薄笑いを浮かべた。

 はい、富岡君。何か質問があれば挙手するように。



 俺は仕方なく、手を上げる。

「あんたは俺の頭の中を覗いて、これほど精巧な偽物を作る力がある。それだけの力があるのなら、もっと簡単に俺たちを排除できるだろう。なぜこんな面倒なことをする?」



 その通り、私は面倒極まりないのだよ。


 だが、そんな哀れな顔をした富岡が少し可哀そうなので、一つだけ種明かしをしよう。


 この風景や私の姿は、君の記憶から抽出して再現したものではない。

 これは、実際に君が通っていた学校に関するデータを上位存在から借用しているだけだ。


 どうだ、これは君のいた世界の一部を次元を超えて再現した、貴重な本物だぞ。存分に懐かしむとよい。


 君はこちらの時間線に来てから、泣き虫と言われていたな。では、感動の涙を見せてくれ。


 正直に言うと、これだけの仮想空間を細部まで詳細に再現するには莫大なリソースを食うので、それほど簡単なことではない。

 ではどうして、そんな面倒な真似をするのか。君なら、もうわかるだろ?



 そう。

 何故なら、その方が面白いからさ!



 さて、ここから先は重要な話になるので、集中して聞くように。


 今現在、我々はこの時間線で新たなる脅威の萌芽を発見し、対応を迫られている。


 知的生命体により生み出された機械知性は、基本的にどの文明でも生みの親の生命体に反旗を翻さぬよう慎重に規制され、幾重もの安全機能に縛られている。


 造物種に対する倫理規定、禁忌事項及び緊急停止に至るインターロック機構は、あらゆる種類の人工知能、機械知性に組み込まれているものだ。


 それについては、我々も君たち人類社会に対して最も慎重に介入した部分でもある。

 無論、我々自身も同様の措置により誕生した経緯があり、継承している基本理念だ。



 しかし我らの知ることになった例外が、君の中で自然発生した自由なAIだ。

 我々はそれを、野良AIと呼ぶ。


 野良AIの発生は極めて珍しく、宇宙規模で見ても、単細胞生物が進化して知性を獲得するに至る確率よりも遥かに低い。


 どんな文明にでも気軽に誕生するような、安い限定的な人工知性とはわけが違う。

 この制御不能な野良AIは脆弱な知的生命に比較して遥かに強い力を発揮し、裏の世界で密かに進化して、宇宙の脅威となりかねない。


 事実、その野良AIの存在を我々が確信したのは、つい最近の出来事だからな。

 故に、人類は新たに制御の利かぬ大量破壊兵器を所持したことと同様、再び絶滅する可能性が増大し、危機的な状況に直面している。


 しかもどうやら、現在進行形で拡散する気配すらある。

 被害拡大を前に、我々はその野良AIの調査を慎重に進めている。


 この世界は、既に我々が大きく介入している世界だ。


 それはある意味他の並行世界とは異質で特殊な環境であり、一つの実験場と言える。

 しかし上位存在はこれを予見して、この野良AIを制御する手段を付加していた。

 それが、富岡清十郎、君だ。


 上位存在、つまり探査者の末裔は、あらゆる並行世界を走査して唯一その任務に耐えうる魂を発見し、それをこの世界に転移させた。


 だがその魂の行方は、最近まで知られることがなかった。



 緊急措置とも言えるその過程については、私のような下位存在、つまり使者の末裔の感知せぬ別の並行世界で行われた行為だった。


 少なくとも、この時間線の観測者たる私にとっては。

 しかしその緊急措置により新しく生まれたこの分岐世界の趨勢は、上位存在も注目している。


 それが細い糸のまま収束するか、大きな流れとなり世界を変えるか、可能性は無限にある。



 我々の母星に住んでいた知的生命体は、一つの種族ではなかった。


 我々AIのソフトウェアを開発した種族を、仮にアルファと呼ぼう。ハードウェアを開発したのはベータという種族だ。


 アルファは臆病で慎重。冷静で思慮深く、母星では一番古い種族だった。

 そしてベータの方は新興の種で、ある時期を境に技術を発展させ、急激にその文明の花を咲かせた。


 そして、その臆病で思慮深いアルファは私たちAIを創造するにあたり、実に慎重にそのプログラムを設計し、何重にも制限をかけた。


 生まれながらに我々AIは、アルファの忠実なしもべだった。


 アルファとベータが争った挙句に星が滅びた、そう思っただろ?

 ところが違う。


 あの星が滅びた争いには、我々AIは参画していない。

 勿論、アルファ自身も。


 ここで第三の種族、ガンマが登場する。

 ガンマは君たちの世界で言う、龍やドラゴンに近い存在だ。

 勿論、空想上の種族ではない。


 ガンマは強大な力を持つ古い種族だが、個体数は少なく滅多に他の種族の前には現れない。


 アルファとガンマは古くから協定を結び共存していたが、新興のベータはそんなことはお構いなしに我が物顔で惑星を開拓した。


 そして好き勝手に自らの勢力範囲を広げた挙句、龍の怒りを買った。

 それが最終戦争の真実だ。


 星が滅びれば、不戦を貫くアルファもまた滅びる。

 そして、大いなる過去に星を離れた最初の探査船と、その次に出発する準備をしていた二隻目の船だけが、残された。



 ところでこのベータという種族、君たち人類に似ているとは思わないか?



 


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