帰路
俺は前回の反省を生かし、地上にいる怪獣に気付かれぬよう、ある程度の高度まで上昇してからフライングバイクを水平飛行させた。
天気は薄曇りで下り坂のようだ。早く東京へ帰った方がいい。
標高千メートル近い高原の上空から下っていくので、エネルギーの効率は良好だ。
また澪さんが乗り物酔いするといけないので、高度を保ったまま、なるべく速度を上げて直進する。
不愉快な重力変動は変わらないが、乗っている時間を短縮することが唯一の解決手段である。
帰投する旨を上野の支部へ連絡したが、特に向こうも変わりはないらしい。
順調に飛行して埼玉を縦断し、東京が見えてきた辺りで、妙な信号を受信した。
『微弱ですが、救難信号のようですね』
ゴンが言う。
『どの辺りだろう?』
『前方11時の方角。まだ遠く途切れがちですね』
俺たちは荒川を超えて都内に入ったところでやや速度を落とした。
『この辺は北東京支部の管轄だろ。そっちへ連絡してやれよ』
『毎度毎度トラブルに巻き込まれる清十郎の体質は、本当にスゴイねぇ』
『澪さん、他人事みたいに言わないでくださいよ。あなたも美鈴さんも同類ですから』
とりあえず、俺は発信源の方角へ向かいつつ速度を落とし、高度を下げる。
『確かに救難信号ですね。発信地を特定しました。王子の飛鳥山周辺です』
『なあ、それってどこの管轄だ?』
『はい。石神井川の南なので、ぎりぎり東東京、上野の管轄になりますね』
途端に、澪さんと美鈴さんが叫んで頭を抱える。
『ほら、やっぱりあんたのせいでこうなるのよ』
『たまには無事に帰らせてください!』
『お、俺のせいじゃないですって!』
念のため上野へ連絡して指示を仰いだが、先行して調査し、報告せよとのお言葉が返ってきた。
『ほら、どうせ碌なことにならないわよ』
『お願いです、怪獣との交戦だけは止めてください』
澪さんと美鈴さんが競って、悪いフラグを立て始めた。
『落ち着いてください。まだ何もわからないんですから。さあ、行きますよ』
現場が近くなり、より慎重に低速で接近する。
第一次侵攻前には王子駅のあった場所で、ドクターのような二十世紀生まれや俺であれば、幽かにまだ京浜東北線と都電の走っていた王子駅周辺を覚えている。
だが今では何処も同じく、当時の面影もない。
上野と同様、東側は隅田川と荒川が決壊し暴れまわる大湿地帯が、中川を超えて江戸川まで達している。
西から流入する石神井川は川幅も広がり、その南岸に盛り上がった緑濃い丘が、旧飛鳥山公園だ。八代将軍徳川吉宗が千本を超える桜を植えたと言われる、花見の名所である。
と例によってゴンが解説してくれた。
その小さな飛鳥山の中腹に開いた、明らかに人口の穴。
橋が崩れてトンネルだけが残ったのか、何か他の目的で掘られたのか。今では不明だが、その穴の中が救難信号の発信源らしい。
『あそこだって?』
『怪しいですよ』
『湯島駅の時と似てるわよね……』
どう考えてもこの流れは、また怪獣に遭遇するパターンだ。
『罠ですね』
『わかってるけど、行くしかないだろ?』
ゴンに言われるまでもなく、見え見えの罠だ。
『俺一人で行くから、何かあったら美鈴さんがバイクを操縦して救援を呼んで来てください』
『ダメです』
『ダメよ』
じゃあ、どうしろというのだ?
『三人で行くわよ』
『当然です』
そういうことですか。
『上野へ報告してからですよ』
俺はトンネル入口付近でホバリングして、八雲隊長へ映像を送る。
「というわけで、これから三人で中を確認します。映像はこのまま流し続けますので、あとはよろしく」
「その前に、偵察用のドローンがあっただろ!」
「あっ!」
そうでした。
「バカ者。早くドローンを中に入れて映像を送れ!」
前回の反省もあり、今回は小型のドローンを持たされていたのだった。
『内部の様子はワタシにも観測不能です。遠隔操作ではなくAIの自律航法で行けるところまで行かせましょう』
ゴンの言う通りに八雲隊長へ伝えて、俺はドローンを放った。
10メートル、20メートルと何もないトンネルをドローンは進む。そして50メートルほど進んで突然映像が途絶える。その後10分待っても、ドローンとの通信は回復せず、戻らなかった。
「えーと、というわけで、改めて。これから俺一人で内部を確認します。澪さんと美鈴さんは入口に駐機したバイクで待機、ということでいいですね」
「了解だ」
隊長も俺の提案に納得したので、俺一人で入ることになった。
「では、行きますか」
俺はトンネル入口にバイクを降ろし、アイドリング状態のままバイクから降りる。
改良型の破獣槌をバックパックから取り出した。
「50メートルまでは何もないと思いますが、念のため映像をよくチェックしておいてください。では、行ってきます」
俺がカメラをONにして暗いトンネルの奥へ歩を進める。
10メートル、20メートルとやはり何もない。
だが、何故か背後には二人が普通に歩いている気配が。
俺は一度足を止めた。
振り返らず前方に注意を向けたまま、声を発する。
「あの、お二人さん。入り口で待機って……」
「だから、一緒に行くって言ったでしょ!」
「ですよ」
「ですか……」
俺のカメラによる中継映像はまだ生きていて、上野へ送信しているはずなのだが。
これは明らかな命令違反だが、隊長のお怒りの言葉は聞こえない。
再び入口へ戻り言い合いになるのも面倒なので、そのまま縦一列になり三人で奥へ進んだ。
地面はひび割れたアスファルトで、道は真直ぐ続いている。
しかし30メートル付近で奥からやって来る白い靄がヘッドライトに照らされて、視界は悪くなった。
「離れないでください」
俺は振り向き澪さんの手を取ろうとしたが、そこには澪さんも美鈴さんも、いなかった。
『おい、どうなってるんだ?』
こうなると、ゴンの探知だけが頼りだ。
しかし、何時まで待ってもゴンからの返事がない。
『おい、ゴン、どうした?』
返事がない。
俺は体に纏わり着く白い靄に視界も奪われ、一人立ち尽くした。




