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村の地下へ

 

 夜遅くまで騒いでいても、山の朝は早い。


 翌朝明るくなるころには、キャラバンの人々は既にテントを撤収して出発準備を始めている。


 昨夜密かに怪獣たちが村を包囲していた事件は、一部の人間しか知らぬことである。

 それでもやはり山の民の習性としては、このように大勢の人間がひと所へ集まることに抵抗を感じているようだ。


「また来年もみんなで花見ができるといいですね」

 旅立ちの支度を終えた浅間隊の唐原さんが挨拶に来た。


「こんなに大勢で集まるのは、初めての機会でした。それも、雷獣という大きな脅威が消えた今だからできたことです。さて、来年はどうでしょうね?」


 群馬から栃木に至る山中に少人数で分散して暮らす山の民にとって、昨夜のような大宴会は初めての出来事であったらしい。


「来年も脅威となる怪物が現れたら呼んでください。すぐ退治しに来ますよ」

 俺は気楽に口にするが、来年の春まで何人が生き残っているかわからぬ、危険な武装商隊の暮らしである。


「それまで元気に暮らせるよう、お互いに頑張りましょうね」


 そう言って笑顔で俺たち三人と握手をして、隊長さんは仲間の所へ戻った。


 こんな爽やかに頑張りましょうね、などという人とは久しぶりに出会った気がする。

(ゲームの世界以外では……)


 この世界の住人は、あまり頑張ろうとしないから。

 基本的に自分に期待しない分、他人にも期待をしない。


 まあ、中にはドクター永益のようにプライドを持って頑張っている人もいるのだが、その割に尊敬されない。


 あの変人の場合、天才が頑張ってしまうので一般人の追随を許さぬレベルまで到達してしまい、凡人の理解が追い付かず手に負えない。


 おかげで余計に、高慢で独善的な性格ばかりが強調されてしまう。

 だからと言って、ドクターが気の毒であるとは全く思わないが。


 それに比べると、山の住民は皆気持ちのいい人だった。


 最初にこの村に来た時に感じた前時代的な違和感や閉塞感の多くは、俺たちがとんでもなく警戒された不審人物だったことの裏返しだったらしい。


 無防備な村に武装した怪しい三人組が押し掛けたのだから、ある意味仕方がない。


 昨夜のように腹を割って話してみれば、皆極めて人の好い常識人である。

 その人柄は素朴で、上野の変人どもとは明らかに違う。


 隙あらば足を引っ張り合い凹ませて、皆で笑いものにしようという底意地の悪い人間はいない。

 何しろうっかりすれば、アンドロイドにすら脚を引かれるのが上野という場所だ。



 そんなわけで、俺たち三人は村の皆さんのご厚意で、本日の午前中に地下の居住区を案内してもらうことになっていた。


「今は百人足らずの村人しかいませんが、15年ほど前の最盛期には、その倍近い人がここで暮らしていたんですよ」


 本物の村長である小山田正平おやまだしょうへいさんが、案内役になってくれた。


 この人は、前回の来訪時に野良仕事をしながら俺たちと話してくれた爺さんである。


「最近では近隣の都市へ出たり、武装商隊の隊員に加わったりと、村を出る者が増えているものでね」


「じゃあ、村は高齢化が進んでいるのですか?」


 なんとなく、俺がいた世界の限界集落をイメージしてしまう。


「それが、そうでもなくて。体の弱った年寄りは街へ移転して行きますが、逆に定住して子育てをしたいという家族を、キャラバンから受け入れています」


「なるほど」


「だから村には意外と小さな子供もいて、人口もまた増えつつあります」

 それに加えて、都市部の暮らしに飽きた若者が山暮らしを始める時の第一歩として、ここで受け入れるケースも増えているのだとか。


「物流だけでなく、人的交流も含めたシステムが出来上がっているんですね」


 俺はまだまだ、この世界のことを知らな過ぎる。


「まあ、他の国のことはよく知りませんが、今の日本は無政府状態のようなものですから。弱者は互いに協力し合わないと生き残れませんので……」


 村長は簡単に言うが、ここが俺の住んでいた世界の無法地帯だったなら、きっと野盗や山賊が跋扈して治安が悪化し、悪夢のような場所になっていたかもしれない。


 そういう狂った人間の脅威に比べれば、熊やら猪やら、たまに出現する怪獣の脅威などは、まだマトモに思える。


 ここは文明が崩壊した狂気の世紀末的世界とは無縁の、非常に人道的な人々の暮らす場所だ。


 例えそれが、得体の知れないグランロワの掌の上であったとしても。



 俺たちは自分の履物を手にぶら下げたまま、ゲストハウスの押し入れの奥にあった隠し扉から階段を降りて行った。


 忍者屋敷に潜入するような、胸がドキドキする場面だ。


 薄暗い照明に照らされた木製の階段が、途中から冷たい石に変わり、更に下へ続く。

 隠し扉の奥にあったのが妖しく光る転移魔法陣とかじゃなくて、俺は少し安心していた。


『この通路のこと、前に来た時から知っていたんだろ?』

 俺はゴンに尋ねる。


『もちろんです。でも、直接地下へ降りなくても全容を把握していましたから』


『ハイハイ、そうですか。で、この一か月で何か変化はあったか?』


『一つ大きな変化がありますね』


『何よ、それは?』

『さすがの澪にもわかりませんか?』


『ゴンちゃん、もったいぶらないの!』


『そうだぞ。変にもったいをつけるのは、変態ドクターの悪い癖だ。真似するな』

『清十郎、それはあんたにも言っておくわ』


『うわ、澪さんそれはないでしょ、ひどいな!』


『痴話喧嘩は終わりましたか?』


『『うるさい、黙れ!』』


『あの、皆さん。これでは話が進みませんよ……』


 美鈴さんに呆れられてしまった……



「さて、ここが入口になります」


 先頭を歩いていた正平さんが、壁の前で立ち止まる。

 黒く光る鋼鉄製の両開き扉が、石壁に埋め込まれていた。



 扉を手前に引いて中へ入る。


 椅子とテーブル、厨房を備えた安食堂のような場所で、その中央を通路はそのまま続いて、奥には同じような鉄扉があった。


「ここがゲスト用の居間兼食堂になっていて、左右の奥にはバスルームや寝室があります」


 そう言いながら村長は真直ぐ歩いて鉄扉の前の土間で手にした靴を履いた。

 俺たちも同様に靴を履く。どうやらここがこの部屋の玄関のようだ。


 村長が扉を開ける。


 両側に扉の並んだホテルの廊下のような通路が真直ぐ延びていて、磨かれた石貼りの床が冷たい光を反射していた。


「以前はこの辺りが村の主要な住居になっていましたが、今ではこの通り、ゲストルームの一部になっています」


 俺たちは黙って村長の後ろを歩く。


 そのまま廊下の突き当りまで行くと、再び両開きの鉄扉を開ける。


 中は狭い小部屋で、右手には非常階段のピクトサインの付いた扉が見える。


 村長は階段には目もくれずに直進し、更に奥の扉を開けた。


「おお!」

「これは凄い!」


 そこは高い天井の広大な空間で、緑に覆われた広場を中心に、木造の家屋が並んでいた。


「ここが現在の、地下の居住区画です」

 村長の言葉に俺たちは返事もせず目を奪われていた。


 


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