第六十九話
「こりゃいい! カボチャのパスタだな!」
「ああ、このオレンジのはカボチャだったのか! 変わった色のソースだが、うんめぇな!」
「スープも良い、飲みやすいのにしっかり味がする。不思議な感じだ、こんなに薄い色なのに」
「肉も良い。こんくらい『肉食った!』って感じの肉が良いんだ。やっぱ鍛冶仕事の後は肉だな」
うっそだろ……全然疲れてないぞ俺……。
流石、生産職とは言えカンストしてるキャラなだけはあるな……。
セイラの全能感(厨房限定)が凄すぎる、癖になりそうだ。
「本部長。試験の結果はどうでしょうか?」
ようやく鍛冶職人の皆さんへの配膳、おかわりの対応を終えた俺は、コック帽を脱ぎ髪を解放し、試験の合否を尋ねる。
「……合格だ。味見をした限りだが、とても大人数向けに作った料理とは思えない程手が込んでいる。特に……このスープが異彩を放っているわね」
「あー……なるほど。やっぱりそこに気が付きますか」
脳内にある数多の料理知識。そこから導き出された、日本人お得意の『旨味の概念』。
どうやら『旨味』という概念そのものが、地球でも近代になってから、アジア圏から他の国に伝わったそうだ。
これは流石に俺も分かるぞ、シズマとして知っている。
あれだろ、昆布とかカツオだろ? 味噌汁で顆粒出汁使ってたけど、パッケージに書いてたわ。
どうやら、昆布とカツオの出汁を、疑似的に再現したらしい。
『乾燥ベーコン』と『乾燥トマト』で同じ効果が得られるのだとか
「制限時間二時間。他の料理を仕込みながらにしてはスープの出来が良すぎる。スープストックもフリーザーには入っていなかったはず。具も特に変わったものは入っていない。なにか秘密が?」
「見ての通り、乾燥トマトとベーコン、玉ねぎといくつかのハーブ、塩だけですね」
「そうね、でも……分からないわね」
トマトに含まれる『グルタミン酸』。
乾燥によりそのグルタミン酸が増し、昆布と同じ役割を果たす。つまり『こんぶっぽいの』だ。
グルタミン酸は云わば『旨味の塊』。
そして同時に、動物性の旨味である『イノシン酸』と合わさると、相乗効果によりその旨味を何倍にも増してくれる。
今回、乾燥し濃縮されたベーコンを使うことにより、そのイノシン酸を抽出、同時に燻煙香とベーコンの仕込みに使われたスパイスも溶けだしている。
余計な味付けをせず、まずは乾燥トマトと乾燥ベーコンだけで、低温のお湯でじっくり煮出したのがポイント……らしい。
なんか頭の中にウィキペディアでも入ってるような感覚がする。
「時間ギリギリまでただお湯で乾燥トマトとベーコンを……それだけでこの味が出るなんて、信じられないわね」
「ですが、無意識に似たようなことをしているはずなんです、他の方達も。その中から味のベースを生み出す工程だけを取り出し、集約したのがこのスープなんです」
「……凄いわね。伊達に放浪の旅をしていない。私が教えを請いたいくらいさ。試験は文句なしに合格、貴女は今日から、正式に料理人ギルドのメンバーよ。後ほど認定バッジを授与するよ」
「ありがとうございます。よかった、これでそちらの仕事を受けられるのですね」
「ああ。今、ちょっと厄介というか、恐らく激戦が予想される依頼が舞い込んでいるんだ。今日は作戦会議の用意が整っていないけれど、明日も同じ時間、正午にここに来てくれるかい?」
「激戦……了解」
「正直本当に助かったわ。私達は貴族の昼餐会や晩餐会、その他にも遠方での催し等の臨時の料理人として派遣されることもある。いずれも激務、疲労で動けなくなる人間が後を絶たない。そこに今回さらに大きな仕事が舞い込んでね。貴女のような即戦力が来てくれて本当に嬉しい限りさ」
「そこまで期待されると逆にプレッシャーですけどね。分かりました、明日の正午ですね?」
「ああ、お願いするよ」
そうして、ギルドの受付で料理人ギルド所属の証であるバッジを受け取った俺は、そのまま総合ギルドに戻り、メルトが残っていないか探しに戻るのだった。
総合ギルドに戻り、メルトがどこにいるのか訊ねようと冒険者ギルドの受付へと向かう。
「すみません、連れがここにまだいるか聞きたいんですけど」
「ん? うおっ! ……いや、なんですか? 連れというと?」
今一瞬こっちの姿見て驚いたな? どこ見て驚いたんだ。
「メルトです。私、現在メルトの住む家の留守を任されている人間でして」
「ああ、メルトの嬢ちゃんの。彼女なら――あそこにいますよ。薬師ギルドと錬金術ギルドの依頼掲示板の前です」
「本当だ。ありがとうございます」
何やら興味が引かれる依頼でもあったのだろうか?
早速傍へ向かうと――
「メルト、何か面白そうな依頼があったのかい?」
「あ、セイラ……」
振り返ったメルトの目が、赤くはれていた。
表情が優れない。
元気がない。
なんだ、何があった。何かされたのか。
誰にやられた。ここは総合ギルドの中だぞ。
「メルト、泣かされた?」
「ううん、勝手に泣いただけよ」
「原因は?」
「ええと……私?」
「本当に? 他に誰かいた?」
「えーと……セイラ顔が恐いわ。どうしたの?」
「ん? そんなことないよ」
誰かに害されたわけではないのか。
……うちの家族を泣かせたら国相手だろうがタダでは済まさんぞ。
「それで、結局どんな用事だったんだい? シグルトさんに呼び止められていたけど」
「うん、そのことで相談があるんだー」
「ふむ……」
「ここだと話せないと思うから、一度お家に帰ろう?」
そうか……シグルトさん、冒険者ギルドがメルトが泣いたことに関わっているのか。
……事と次第によっちゃあ……。
家に戻り、メルトが相談にこの場所を選ぶくらいならきっと重要な話なのだろうと、しっかりと施錠してからサンルームで周囲の反応を探る。
よし、今日も怪しい人物の反応はないな。
「それで相談って?」
「うん、実はね――」
メルトは、シグルトさんに呼び出された後に起きたことを語ってくれた。
そして、自分が情けなくて、思わず恥ずかしくて泣いてしまったことも。
……精神年齢が、まだ肉体年齢程成熟していないのは、知っていた。
安易に一人でギルドに残すべきではなかったのだ。いや……でもこれはメルトの成長に繋がっているとも言える。
「よく、自分で判断せずに俺の指示を仰いでくれたね。メルト、それは十分に『自分で考えた結果』だよ。メルトは考えた結果『安易に広めるのは危険かもしれない』という結論に至り、それで決断する為に家族に相談するって決めた。十分、メルトは自分で考えて、行動を決めたんだよ」
「そうなのかしら? 私、聞きに来てくれた錬金術師のおじいさんを帰らせてしまったのよ?」
「よくあることだよ。重大な決断を迫られた時に『一旦持ち帰って検討します』なんて言って、その場で決断しないことなんて、大人の世界では日常茶飯事なんだから」
ほら、俺がダンジョンコアについて決めずに情報だけ持ち帰ったようにさ。
「そうなんだ……じゃあ、泣いたりなんてしなくてよかったのね……! 恥ずかしい!」
「おーよしよし。今度からは自信を持って『家で考えてくる!』って言うといいぞー」
なでなで。耳が巧みに手を回避するがなでなで。
「んー……お母さんってこういう感じなのかしら? セイラ、おっぱい大きい大人の女の人だからお母さんみたいかも?」
「えー、そうかー? ……確かにデカいけど」
キャラメイク時、安易に『まだ巨乳のキャラいなかったな』ってノリで作ったので……。
「それで本題。確かにセイムとして出したあの薬、あれは正直、世の中の秩序を乱しかねない効力があると思うんだ。だから当然、広めるわけにはいかない」
「そうね……グラントはたぶん、あのままだと死んでいたと思うわ。神話に出てくるような伝説のお薬じゃないと治せないくらいだと思う。それか、凄腕の治癒術師さんとか」
「なるほどね。そういうのがいきなり出てきたら世界が混乱する。だから俺は情報を隠したんだ。じゃあメルト、今回提案された、セッカ草の実の代用、それで出来るエリキシル剤っていうのはどういうものなんだい?」
「ええと、体力と疲労の回復、怪我の治癒促進と、軽い傷ならその場で癒えると思う。あと、魔力欠乏の応急手当が出来るくらいには、急速に魔力を回復出来るわ」
……凄いな。エリキシル、神の血を冠するだけはある……!
それだけの効能をたった一つの薬で賄えるなんて。
「エリキシルにも等級があるの。えっと、今説明したセッカ草の実をベースにしたエリキシル剤で、貴重……て言う程じゃないけど、季節とか地方によってはたぶん良いお値段がすると思う。ゴルダだと一瓶で金貨三枚で買い取ってもらえたわ」
「買い取ってくれた人は信用出来る人かい?」
「分からないけれど、長い間獣人の私からも、ちゃんと色々買い取って、お金を払ってくれたわ。他の行商人さんは相手にもしてくれなかったもの」
ふむ、恐らく行商人も儲けを出す為に多少安く買い取っていたとは思うが……それでも日本円で三万円程度の薬か。
結構貴重ではあるけど、リンドブルムくらい大きければ手に入りやすい部類ではありそうだ。
「たぶん、メルトの知識があれば、そのエリキシル剤が今より多く出回るようになる。結果として、そのエリキシルを作って商売をしている人間は、自分の商品価値が下がるから残念がるとは思う」
「な、なるほど……じゃあ秘密にする?」
「いや。薬は本来困っている人、ピンチの人を助ける為のものだ。値崩れなんてどんな薬だっていつかは起こる。みんな努力して研究して、少しでも多くの人を助けようとしているんだから」
きっと例外もいるとは思う。が、今はいいだろう。
「メルトの知識で、困っている人に薬が届き易くなるかもしれない。悪用する人間、文句のある人間も出てくるかもしれないけれど、それに対応するのは『薬を販売する商人ギルドと錬金術ギルド』の仕事だ。メルトが気にすることじゃないと思う。メルトは知識を錬金術ギルドに教えても良いし、教えなくても良い、自分で決めても問題ないんだよ。むしろ俺は『情報の対価でどんな報酬を支払ってくれるのかしら?』くらい言ってもいいとすら思っているよ」
「そ、そうなの!? ど、どうしましょう……報酬……お金とか……かしら?」
「どんな対価を出せるのか、一度聞いてみたらいいと思うよ。今回、俺はセイラとして活動中だから同行するのはおかしいからね、メルトに任せることになるけれど」
一種のテスト、試練だ。
自分が優位に立っている状況での交渉を、メルトがどう落としどころを決めるのか。
「……分かったわ! 私、明日もう一度総合ギルドに行ってくるわ!」
「よし、頑張れメルト! 俺の方は明日、料理人ギルドの本部っていうところに行って、打ち合わせをしてくるよ」
「料理人ギルドって本部があるのねー? 今日はどんなことしたの?」
「凄いぞ、三〇人くらいの鍛冶職人が一斉に来るから、全員分の料理を今すぐ作れって言われたよ。それがギルド加入試験だったんだ」
「わあ! それで、セイラは出来たのかしら?」
「余裕で出来ました。しっかしあの辺りは鍛冶場とかアトリエが沢山あったけど、結構冒険者の巣窟から離れているんだよね。普段はどこで食べてるんだろう?」
「確かに職人さんとかはあまり見かけなかったわね? うーん……他にも近くに料理が食べられる場所があるのかしら」
「今度、あの通りを一緒に見て回ろうか」
「賛成よ! あ、そうだ。私、ケーガイっていうのが欲しかったんだった。きっと鍛冶職人さんとか沢山いる通りなら、どこで買えるか分かるよね?」
「ケーガイ……ああ、軽鎧か。なるほど、メルトのスタイルならあった方がいいね」
「レティちゃんが言うには、あれってほぼオーダーメイドなんだって。おっぱいの大きさに合わせて作らないとだからかしら?」
「メルト、そういう時は『身体に合わせて作らないと』って言おう。おっぱいって言わないように」
「ん! 分かった!」
きっと、メルトはこれから少しずつ集団生活や社会生活における壁にぶつかるかもしれない。
俺だって、本来はまだ高校生の若造だ。
でも、沢山の知識と経験を吸収してしまったから。
少しは、大人に近づけたのだと思う。
ならば、導こう……とまではいかなくても、手を差し伸ばそう。
俺を家族と認めてくれた、この心優しい、純真無垢な女の子を。
「よし! じゃあそろそろ晩御飯の準備をしようか。メルト、何食べたい?」
「んーと……私が食べたことのないものがいいかなぁ……?」
「ふむふむ。じゃあ食材はどうしよっか?」
「野菜が良いわ! 今の時期ってカボチャが美味しいのよね?」
「よしきた。じゃあ……野菜の天ぷらにしよう! ハーブソルトで食べてもきっと美味しいし」
よし、いつもの調子が戻って来たな!
そしてカボチャは俺の好物なのだ……!
「テンプリャ? それってどういうものかしら?」
「揚げ物、だね。揚げパイと同じようなものだよ。お野菜に衣を付けて揚げるんだ」
「ふむふむ……私、揚げ物って好きだよ」
よーし、じゃあちゃちゃっと作るか!
そういえば昔から狐って『行燈の油に惹かれる』『油揚げを好む』とか言われてたよな。
……もしかしてメルトもそうだったりして。
今度、油揚げを再現出来ないか試してみよう。いや……ゲーム時代の料理を出してみよう。
実はあるんです……『稲荷寿司』が。
「かぼちゃ天! 最高よ! さっくりほくほく! そのあとまったりと甘い!」
「完全に同意……カボチャの天ぷらは最強だ……」
その後、二人で様々な食材を天ぷらにして頂きました。
なお、メルトが川で獲って来たエビをそのまま持って来たので、処理して唐揚げにもしてあげましたが、何を思ったのか小川をせき止めてエビを閉じ込めると言い出したので、さすがに止めさせました。
そうか……エビのから揚げがそこまで気に入ったのか……。




