第三十九話
「では、本日より出品する品物の警備、よろしくお願い致します。本日の夜には品物の査定にオークション運営の人間が訪れますので、私も同席しますが、皆さんの中からも一人、共に倉庫内に同行してくださいね」
「了解しました。全力で警備にあたります」
早いものでオークションの前日。
この日、ピジョン商会は街の上層区、貴族街に存在する美術館、その地下に広がる広大な倉庫群に、オークションに出品する品を搬入していた。
見渡す限りどこまでも続く地下倉庫群。鉄格子に守られているそれぞれの倉庫には、各商会が持ち寄った品々が収められ、現状この地下倉庫群は、リンドブルムで最も富が集まっていると言っても過言ではない状況であり、同時に『最も襲撃される可能性の高い場所』となっていた。
商会長の言葉に返答するのは、グローリーナイツから派遣された冒険者、その中でも古参にあたるメンバーだった。
警備班の班長である彼の言葉に、同行している他の警備の人間も強く頷く。
「よし、じゃあそうだな……警備は二人一組の交代制だ。警備の人間の詰め所として美術館の旧館が手配されている。まぁ他の商会の警備の人間も合同だがな。それでも中々の待遇だ。しっかりと英気を養い、夜の交代に備えてくれ。まずは俺とコイツが警備を担当する。メルトの嬢ちゃんとレティ嬢は夜まで待機していてくれ」
「了解」
「分かった」
ベテランの冒険者である彼の指示に従い、メルトとレティは旧館へと向かう。
もう日にちも経っているが、自分を完全に負かせたメルトに対し、レティはもう『格下だと見下すような態度』を決して取らないと心に決めていたようで――
「メルトさん、旧館に行きましょう。場所は覚えていますか?」
「メルトでいいよ? 場所はねぇ……降りてきた階段の途中の扉だったかな? そこから出られるんだよね?」
「そうです。こういう警備の仕事の場合、順路やもしもの時に避難する為の道も頭に入れておくのが通例ですから、しっかりと覚えておいてくださいね」
「そんなに丁寧に話さなくてもいいよ? お友達になろう?」
「……私がもう少し強くなったらそうします」
「レティちゃん強いのになー……」
「……メルトさんに言われても皮肉にしか聞こえません」
完全に、格上の相手に向ける態度となっていた。
完膚なきまでに技量の差を見せつけられた上、自分の反則すら完全に対処し、さらに『もしかすればとんでもない立場の人間かもしれない希少種族』と知っているのだ、それも仕方のないことかもしれない。
そうして二人は旧館へと向かい、夜まで待機するのであった。
「なるほど、契約書ですか」
「はい。今回の出品者は我々の商会ですが、あくまで『代理出品』という形をとる予定ですので」
「なるほど、売り上げの大半がこちらの取り分になる以上、代理出品と言った方が正確ですからね。了解です、この契約書ですね」
俺はオークションの前日である今日、納品に同行し、他商会の人間や出品者が待機するサロンで、契約書の説明を受けていた。
……文字、覚えておいてよかった……!
「…………確認しました。免責や保証、補填についても理解しました。確かに警備の人間は慎重に選ばないと、一発で商会が潰れてしまいそうな催しみたいですね」
「ええ、そういうことです。……やはり、読み書きも本当は出来たんですね」
「おや? もしかして俺が出来ないと思っていたんですか?」
「ええ、実は。しかしどうやらそれも……こちらを油断させるための罠だったようですね。本当に……貴方は魅力的だ。商人として雇いたいくらいですよ」
すみません、買いかぶり過ぎです。あの時はマジで読めませんでした。
しかしそうか……メルトに読ませていた意味を正確に理解していたのか。
なんかもっと深読みしてくれたらいいなって思っていたのに。
「しかし何が起きても責任は自分の商会持ちですか……このオークションの主催や商人ギルドは一切責任を負わないんですね」
「ええ、そうです。この都市で生き抜くのなら……それくらい背負い戦う覚悟がないといけませんから」
「……なるほど」
まぁカースフェイス商工会の事務所がある通り、あそこにはかなりマフィアくずれみたいな商会が犇めいていたようだし、それくらいの覚悟が必要なんだろうな。
署名をし、後は夜まで俺の役割は無いと言われ、せっかくなので会場であるこの美術館を見て回ることにした。
「へぇ……世界が変わっても……芸術は変わらないんだな」
詳しい技法やらは知らないけれど、油絵の絵画だってことは分かる。
描かれているモチーフや人物から、この世界がどんな歴史を辿ってきていたのかを想像しながら見ていると、ぼんやりとだが『この世界は地球以上に多くの戦いを経て成り立っている』という感想が浮かんできた。
それほどまでに……戦いの様子を描いた作品が多いのだ。
そして同時に、武具が芸術品として、朽ちることなくそのままの姿で展示されていることも、俺の抱いた予想を補強してくれていた。
「凄いな……『冥竜ブライを討ち取った大剣』どんなモンスターか知らないけど」
きっと、名だたる相手に違いない。
煌びやかではないが、大きく、そして刃こぼれ一つない、けれども刀身に幾つも傷が残されている大剣が展示されているが、きっと本当にそんな相手を討ち取った剣なんだろうな。
「冥竜を知らないとは、不思議なことを言うな」
その時、大剣を眺めていたこちらに声がかかる。
振り返ると、そこには以前、一度だけ顔を会わせたことのある人物、名前は知らないが、深く印象づいている男性が立っていた。
「貴方は、確かカースフェイス商工会の方、ですよね」
「ああ、久しぶりだ。まさかこんな場所で再会するとは思わなかった。察するに、どこかの護衛として雇われた、か?」
それは、カースフェイスに所属しているであろう、用心棒の男性だった。
メルト曰く『私より強い相手』という話だったが、彼女の強さを目の当たりにした今、その言葉の意味がもっと強くなっている。
気配だけであのメルトが自分じゃ敵わないと判断した相手……間違いなく、セイムである俺よりも格上の相手だろうな。
「いえ、自分は出品者側ですね。護衛も警備もハズレです。相棒は警備の方に回っていますけどね」
「あの察知能力が鋭いという娘か。ふ、何かまた問題でも起こしそうではあるな」
「あながちないとは言い切れないんですよねぇ……」
軽く談笑する。恐ろしい相手ではあるが、人付き合いが嫌い……という訳ではなさそうだった。
どうやら彼も、カースフェイス商工会の護衛として出席するらしく、今日は会場の下見に来ていたようだ。
曰く、オークションの開催地は毎年変わるらしく、大きな倉庫を所有する施設が、この国には他に三カ所もあるそうな。
去年は首都リンドブルムからかなり離れた港町で開催されたらしく、今年は面倒な移動が無くて助かったのだとか。
まぁ……オークションの品を長距離輸送するとなると、襲撃のリスクも跳ね上がるからなぁ……。
「さて……では私はそろそろお暇しよう。自己紹介が遅れたな、私は『ガリアン・ガスフィルド』と言う。カースフェイスに雇われている用心棒といったところだ」
「これはご丁寧に。自分は冒険者のセイムです。特別どこかの護衛や所属ではないですね」
「そうか、冒険者か。ふふ、そのうち私も冒険者に転職するかもしれないな、楽しそうだ」
そう冗談めかしながら立ち去るガリアンさん。
んー、ヤーさんの用心棒なんて似合わないな、なんとなく。
何か理由があって今の仕事をしているのだろうか?
美術館の見学や必要な手続きを終えた俺は、オークショニアによる査定に同伴すべく、夜まで貴族街から離れ、同じ上層区にある図書館で時間をつぶすことにした。
メルトは残念ながら、夜の警備に備え美術館の控え部屋で待機しているそうだ。
「んー……俺も何かこの辺りの地理とか調べておこうかな」
司書の女性に、地理関係の資料はないかと尋ねると、親切に一緒に探してくれた。
「こちらが、リンドブルム周辺の山や川、農村についての情報が載っている資料となっております。ご満足いただけたでしょうか?」
「はい、助かりました。業務を中断させてしまい申し訳ありませんでした、司書さん」
「いえ、どういたしまして。よろしければ『ネーカ』とお呼びください。司書は他にも沢山おりますので」
「そうですか、分かりました。ネーカさん、ありがとうございました」
「もし、他に何か御用がありましたら、いつでもお声掛けくださいね」
綺麗な所作で立ち去るネーカさん。
まさに司書のお姉さんって感じで、若干恐そうな印象を受けたのだが、とても親切にしてくれた。第一印象なんてアテにならないな。
そうして、資料を読みながら夜まで時間を潰すのだった。
「なぁなぁ、アンタらどこの警備なんだよ。俺らあのミシガー商会の警備なんだぜ?」
「私達はピジョン商会だよ」
「知らないとこだな、なら新人か? 今回は警備にかなり冒険者が雇われてるんだが、弱小は金のかからない新人ばかり雇ってるらしいな」
旧館、警備員の詰め所にて。
メルトとレティは特に会話を交わすでもなく、ただ待合室に用意されたソファに座り、それぞれ暇をつぶしていた。
レティは本を読み、メルトは興味深そうに室内を歩き回っていたのだった。
すると、メルトがソファに戻るタイミングで、他の商会の警備と思しき若い冒険者に声をかけられていた。
「ふーん、そうなのね? 私もまだ一月も経ってないわね、冒険者になって」
「やっぱそうか。初めての警備の仕事、不安だろ? 俺らは毎年この商会に雇われてんだ、よければ色々教えてやるぜ? 俺達のスペースに来いよ」
ただ、早い話が今回声を掛けられたのは、ただのナンパ目的だ。
だが、そういったことに不慣れなメルトは、言葉通りに受け取り、ほいほい男に付いて行きそうになり――
「メルトさん、大人しくソファに座っていてください。それとアンタ、相手を選びなさい。なによりも待機中も職務に含まれているわ」
「なんだ、だったらお前も来いよ、嫉妬か?」
「三流冒険者が女に飢えてみっともないって言ってんのよ」
レティのやや言い過ぎな返しに男は逆上する。
だが、すぐに男の同僚とおぼしき人員が駆けつけ、男を取り押さえる。
「お前リンドブルムの会場は初めてだよな!? だったらせめてリンドブルムの勢力について勉強しとけ! 馬鹿!」
「あんだよ! このガキがなんだってんだよ!」
「レティちゃんはガキじゃないよ、私と同い年だよ」
「メルトさん、黙っていてくれるかしら」
「ん! 分かった口閉じる! ん!」
唇を隠すように口を閉じるメルトに一瞬気が緩むレティ。
そして、そのまま立ち上がり、取り押さえられている男に剣を突きつける。
「別段、私闘は禁じられていないそうよ。毎年こういういざこざって多いらしいし。かなり荒っぽい催しとは聞いていたけど本当みたいね」
「すんません! こいつ港の方で活動してるヤツなんですわ! すぐに分からせますから!」
「私がやるわ。もう取り押さえなくていいわよ」
「すみません……勘弁してください」
そう言って、同僚の男は暴れている男の顔面に何度も拳を叩き込み、ぐったりするまで制裁を続け、やがて引きずるようにして連れ戻されていく。
過剰ともいえる行動。だが、成り行きを見守っていた他の警備の面々は、ホッと胸をなでおろしていた。
「むーむー」
「もう口を開けて良いですよ」
「なんであんなに殴られていたの? 可哀そう。喧嘩しちゃダメだと思うわ、私」
「……メルトさん、今の男は早い話が『メルトさんの身体目当て』みたいなものです。男なんて、どんな理由を並び立てても、行きつく先は身体ですから。あんな知らない男の誘いに乗るなんてどうかしてますよ」
「身体……尻尾とか? ダメよ、換毛期になったらたまに毛を売りに行くけど」
「……どうしよう、この人何も知らない……とにかく、知らない人と口をきかないでください」
メルトには、まだ男女の関係、身体を求められるという意味についての知識はないようだった。
「あの男が殴られたのは、私にこれから粛清されるのを防ぐ為ですね。私達グローリーナイツは、決して嘗められてはいけない。職務上で同業者と衝突すれば、必ずそれらを力でねじ伏せる。それが許されるだけの特権を与えられているクランなんです」
「ふ、ふーん? ……どういうこと?」
「馬鹿にされたら死ぬぎりぎりまで痛めつけても大丈夫ですよって偉い人に許されているってことです」
「へー! 恐いわね! じゃあレティちゃんに逆らわないようにしないとねー?」
「……私より強い人が何言ってるんですか」
事実、グローリーナイツは本来、国の騎士にしか許されていない『冒険者および他ギルドとの諍いにおいて、武力を以ってそれらを鎮圧することを許可する』という特権を有している。
エリート冒険者である以上に、神公国におけるある程度の警察権を有しているからこそ、毎年数多くの冒険者がグローリーナイツに入団を希望しているのだ。
「ほら、あっちの方で殴られていた男が教えられているわ。大方、なんらかのコネで毎年同じ商会から警備の仕事を貰っているだけの名ばかり冒険者でしょう。私達の鎧の意味を知らないんだから」
「ケーガイって言うのよね? 私も欲しいわねー……動きやすくて、急所だけ守りやすい形だもの。おっぱいってその鎧のおっぱいの膨らんでるところにギュって押し込むの?」
「な……! メルトさん、やっぱりまた口を閉じていてください。今度軽鎧を取り扱うお店に連れて行きますから」
「ん! んんっん!」
再び唇を隠すメルト。まるで子供のような振る舞いに、レティは庇護欲半分、呆れ半分という表情で肩をすくめるのだった。
(´・ω・`)暴力!暴力!暴力!
(´・ω・`)良い時代になったものだ!




