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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第五章 プリンセス・アリス号の悲劇

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一話 足りないもの一つ

 ジャックの脱獄は、翌朝のトップニュースになった。

 警察は『容疑者が古くなっていた鍵を壊して牢屋から出た』と発表したが、私が一時的に誘拐された件については伏せられた。


(警察の不手際で、貴族令嬢を危険にさらしたとあっては、上流階級から避難が殺到するものね)


 常日頃から妻や娘が誘拐されないか警戒している貴族は、もしも私の一件を耳にしたら、警察に介入して犯罪者を厳しく検挙させようとするだろう。


 無駄を嫌うドードー警部は、彼らの意見を聞き入れたくないはずだ。

 逮捕したジャックを裁判に送り、さっさと有罪の札を付けることで、切り裂きジャック事件を解決するという最短ルートを目指している。軽微な犯罪を防ぐのは仕事ではない。


(そもそも、途中に『ドキドキ☆脱獄イベント』をはさんで喜ぶのは、性根の腐った悪魔か、普通の乙女ゲームに飽きてしまった前世の私みたいなプレイヤーだけよ!)


 その理屈で言うと、ドードー警部は鏡の悪魔ではない。

 今までのキャラクターから考えると、可能性が高いのはシャロンデイル公爵か、不意打ちで現われたトレヴァー判事か、再登場したティエラ・ロックホームズ。


 誰を選び取っても、ダークをロンドンに留めている理由が分からないのが問題だ。

 ジャックに脱獄させて徳をする人間もいない。

 なぜ事件現場のメッセージにジャックの名前が残されていたのかも、誰が描いたのかも分からないし、二人目の被害者だって見つかっていないのだ。


「もう、分からないことだらけだわ! 紅茶もお菓子も我慢するから、誰か真相を教えてくれないかしら?」

「お嬢、お行儀が悪いわよ。髪がお菓子についてしまうわ」


 私がテーブルに顔を伏せると、コーヒーを飲んでいたリーズが三段皿を退かした。

 お皿にのったレーズン入りのスコーンと、薄切りキュウリを挟んだサンドイッチは彼のお手製だ。一番上のフルーツと合わせると、ディナーまでの小腹を満たすには十分な量がある。


 庭に咲いた薔薇は今日も美しい。

 私の両サイドに座って、お砂糖をどっさり入れたミルクティーを飲むトゥイードルズも、いつもの調子で話しかけてくる。


「アリス。悩んでいると紅茶が冷める」

「アリス。悩まなくても紅茶は冷める」


「考えてもしょうがないって分かっているわ。今だけでいいから愚痴を言わせて。ジャックが連行されてから、真っ暗なウサギ穴に落ちていっているような気分なのよ」


 いくら落ちても底に着かない焦りは、じわじわと私の元気を奪っていく。


「前までは、一寸先が見えない闇のなかでも安心していられたのに。最近どうにも調子が出ないの。何が悪いのかしら……」

「あら。アタシも同じよ、お嬢」


 手を合わせたリーズは、自分の頬をポンポンと叩いた。


「最近、お化粧のノリが悪いし、どことなく気分が上がらないのよね。何かこう、パーッと明るくなれる新情報があったらいいのに。二人目の被害者についての手がかりが見つかるとか」

「それはいいわね!」


 犯行声明に使われていた血の凝集反応から、被害者は二名いたと思われる。だが遺体は一人分しか見つかっていない。

 ジャックの情報集めを優先させていたので、こちらの深掘りはまだだ。


「もう一人は、真犯人が隠してしまったんじゃないかしら?」

「現場に隠せる場所はなかったわよねぇ。いくらイーストエンドでも、死体が落ちてたら誰かしら通報するだろうし。木を隠すには森っていうけど、死体はどこに行っちゃったのかしら?」


 思案するリーズに向けて、カップをコトリと置いた双子が言う。


「石を付けて川に」

「穴を掘って山に」

「ダムもディーも冴えているわ! 川と山と重点的に調べましょう。近くで、不審な肉片を見ませんでしたかって、周辺住民に聞き込みをして――」

「君たち……。少しいいかな?」


 ガーデンテーブルの奥で声が上がった。スコーンを食べた口元を片手で押えているのは、ストライプ生地を使ったジャケット姿のダークだ。

 ご自慢の美貌と、帽子に飾りつけられた小鳥の模型が真っ青になっている。


「事件が気になる気持ちは分かるが、アフタヌーンティーの時間ぐらいは、血なまぐさい話は止めないかい。食欲が失せてしまうんだが」

「そう? どんな話をしていても、美味しいものは美味しいけれど……」


 きょとんとした私に、双子とリーズも頷く。


「アタシたち、食べられるときに食べておく習慣が身についているのよ。敵に襲撃されたときに、食欲不振で体調不良だったなんて、殺してくださいって言っているようなものだもの。みっともないじゃない?」


「「満腹は無敵」」

「リデル一家は強靱な胃をお持ちだね。俺は、しばらく肉料理は遠慮したい」


 それを聞いたヒスイは、スコーンを取り分けていた手を止めた。


「ゴシュジン。今晩のメニュー、内臓イッパイ、キドニーパイ」

「報せてくれてありがとう、ヒスイ。最悪のパターンだ。早急にナイトレイ伯爵邸に行って、魚料理に変更してきてくれ」

「ガッテンダ」


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