八話 アリスの答え
ダークは、大粒の涙をこぼす私をチラリと見て、すぐさまジャックに焦点を定めた。
「ジャック君、久しぶりだね。残念ながら、君の位置は丸わかりなんだ。アリスと俺は烙印で繋がっているからね」
ダークがステッキの先を私達の方に向ける。
先端から流れ出した青白い光の粒子は、三日月型の紋章を宙に描いた。
胸元が熱くなって見下げると、ネグリジェの衿からのぞく私の肌にも、同じ紋章が浮かび上がっている。
「彼女への手出しは許さない。反省したまえ」
ダークがフェンシング選手のように杖を突き出すと、紋章が宙を飛んでジャックを跳ね飛ばした。
彼の体は、ステンドグラスに叩きつけられる。
「くっ!」
割れたガラスの破片はバラバラと落ちるが、ジャックの体は紋章によって、空中にはりつけられたように浮かんでいる。
ぶつかった拍子に切ったらしく、頭から赤い鮮血が流れ落ちた。
「ジャック!」
「手を出してはいけないよ、アリス。破片で切れたら大変だ」
ダークは、私を背中から抱きとめた。
「彼はやってはならないことをした。黙って牢屋にいてくれれば、無実を証明する時間は十分に与えられていたのにね。脱獄するだけでは飽き足らず、主人であるアリスを誘拐までした。どうしてこんな馬鹿な真似に至ったのか問いつめたいよ」
呼吸を荒くしていたジャックは、高い位置からダークを鼻で笑った。
「あんたにだけは、絶対に、教えてやらない……」
「分かり合えなくて残念だよ」
ダークがステッキをなぐと紋章の光は消えて、ジャックの体は床に落ちた。
外から多数の足音が響いて、聖堂に警官が押しよせてきた。彼らは無抵抗のジャックに群がり、乱暴に縄をかける。
遅れてカツカツと歩いてきたドードー警部は、懐中時計で時刻を確認した。
「午前二時三分五十秒、脱獄犯ジャックを確保。ナイトレイ伯爵、人質に怪我はありませんでしたかな」
「見たところは。念のため、伯爵家専属の医師に診せます」
「それがよろしい。アリス嬢は信頼していた使用人に誘拐されて、心に痛手を負っているかもしれません。何かあればすぐに署まで届け出ていただきたい。ジャックの罪状に、殺人罪、脱獄罪に加えて、傷害罪も加えますので。容疑者が暴れているぞ。黙らせろ」
ドードー警部の合図で、縛られたジャックに蹴りが入れられた。
「乱暴はやめてください! ジャックは、私に何もしませんでした!」
私の訴えもむなしく、気を失ったジャックは担ぎ上げられて、手荒に運ばれていった。
バタンと扉が閉じられて、静まった聖堂の中には、私とダークだけが残される。
「無事でよかった……」
ダークは私の頭に頬をくっつけて、安堵の息を吐いた。
「君が誘拐されたと聞いて、生きた心地がしなかったよ。酷いことはされなかったかい?」
「貴方までそんなこと……。ジャックが、私に酷いことをするはずないじゃない」
「追い詰められた人間は、何を仕出かすか分からないものだ。居場所を探している間、君が落ち込んだり、悲しんだりしているのが伝わってきたよ。辛い思いをしたんだね」
ダークは、普段は私を探ったりはしないけれど、本気になれば今回みたいにどこにいるか、何をしているかは判然とするらしい。
「今なら俺しかいない。正直に話してくれ。ジャック君は、本当に何もしなかったのかい?」
「告白されたわ。イーストエンドの宝飾店で作った指輪を贈ってくれたの」
右手をかざして指輪を見せると、ダークの青い瞳が熱を持った。ジャックが身を焦がしたのと同じ、嫉妬の炎が彼の内側で燃え上がっている。
「……アリスの答えは?」




