表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第四章 恋人は脱獄犯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/193

六話 バッドエンドへの逃亡劇

「え?」


 ジャックは、ぎゅうっと私の手首をつかんだ。辛そうな表情には影が差している。


「どうしてお嬢は、いつもナイトレイを頼るんだ!」

「その声……。お嬢、開けるわよ!」


 怒鳴り声を聞いて寝室に入ってきたリーズは、ジャックを見て眉をひそめた。


「いつの間に、お嬢の部屋に……。お嬢がどんな思いで事件の捜査をしていると思っているのよ。脱獄なんかしたら、自分は凶悪犯だって言っているようなものじゃない」

「違うわ、リーズ。ジャックが牢屋を出たのは――」


 フォローしようとしたが、リーズは聞く耳を持たなかった。うんざりした顔で腰に手を当てる。


「これでまた、お嬢はナイトレイ伯爵を頼らないとならないわ。頼れば頼るだけ恩が増えるっていうのに。弱みを握られている状態じゃ、婚約破棄なんてできないわよ」

「ちっ。ほんと、うぜぇ……」


 舌打ちしたジャックは、枕元にあったサーベルを引き抜くと、腕を伸ばして私を抱き寄せた。


「きゃっ!?」

「動くな」


 私の喉元にサーベルの刃が当てられる。抱きとめる腕の強さがジャックの本気を物語っていて、うかつに抵抗できなかった。


 リーズは、子どもの悪戯を見つけた親のように、ジャックの行動に呆れている。


「はぁ? お嬢に何してんのよ。離しなさい」

「言うこと聞くかよ。オレはもう凶悪犯なんだろ。お嬢を傷つけられたくなければ、黙って道を空けろ」

「ジャック? 何言ってんのよ……?」


 お説教モードのリーズの顔色が、だんだんと悪くなっていく。

 ジャックが本気で私に刃を当てていると気づいた彼は、ピリッと肌が痛むような殺気を放った。


「お嬢に何かしてみなさい。その前に、アンタの首を落とすわ――」


 リーズが腰元のベルトに手をかけた、とほぼ同時に、屋敷中に警告用のベルが鳴りひびいた。

 敷地に張ってある仕掛けを、到着した警察が乗り越えたのだ。


「行くぞ、お嬢!」


 ジャックは私を横抱きにして窓を蹴破り、バルコニーから飛び降りて、噴水のある庭に着地した。私は振り落とされないように彼の首に抱きつく。


「何をするつもりなの、ジャック!?」

「逃げるに決まってる」


 ジャックが噴水を囲む石を蹴ると、あふれ出ていた水が割れて、地下へ続く階段が現われた。私も知らない、リデル邸から避難するための隠し通路だった。


「待ちなさい、ジャック!」


 リーズがバルコニーから身を乗り出して鎖を投げる。横に飛んでおもりを避けたジャックは、階段を駆け下りて壁を蹴った。

 すると、天井石が動いて穴を塞いでしまった。


「これで時間が稼げる」


 ジャックは私を抱え直すと、灯りのない通路を迷うことなく走って行く。


(早くジャックを止めなくちゃ。今ならまだ、逃亡は不本意だったって説明できるわ)


 通路を引き返して、脱獄する意思はなかったとドードー警部に説明して、ジャックの身柄を引き渡す。


 ダークに鏡の悪魔の仕業だと相談して、真犯人を見つけ、万全の体制で裁判を迎えるのが、彼の汚名をそそぐための最短ルートだ。だけど。


(もう少しだけ、ジャックと一緒にいたい……)


 ジャックが逮捕されてしまって、一番堪えていたのは私自身だった。

 こめかみに触れる柔らかな髪も、弾む呼吸も、広い胸も、何もかもが懐かしくて泣きそうになる。


 ジャックの肩に頭を預けると、抱きしめる力が強くなった。バッドエンドへの道をひた走っていると理解しながら、私はろくな抵抗もしなかった。


「着いたぞ」


 階段をのぼったジャックは、肘で木戸を押し開けた。

 急に視界が開けて、私は頭をもたげる。

 通路を抜けた先にあったのは、人気のない静謐な空間だった。


 木造の天井は高く、床には質素な木のベンチが等間隔で並んでいる。

 照明はないが、壇上には十字架が立てられていて、大きなステンドグラスごしに星明かりが降り注いでいた。


「ここは?」

「ロンドンの外れにある、今は使われていない聖堂だ。通ってきた地下通路は昔からの使用人にだけ伝わるもので、オレしか存在を知らない。噴水の仕掛けを開けても、何も知らないで入れば確実に迷う。双子もリーズもここまでは辿り着けないだろう」


 ジャックは、私を最前のベンチに座らせると、流水道から新鮮な水を汲んできた。


「お嬢、湧き水だ」


 差し出されたカップの水を飲むと目が冴えた。夢の中にいるときのような感傷は鎮まっていき、一気に現実感に襲われる。


「ジャック……。私たち、とんでもないことを仕出かしてしまったわね。ベルに驚いたとしても、リーズを振り切ったのは間違いだったわ。彼は家族なんだから、あなたを悪いようにはしなかった。鏡を通り抜けてきたんだって正直に話せば、どうやって警察に説明すればいいか、一緒に考えてくれたはずだわ」


「あいつを味方にしたところで、あの警部が聞くわけないだろ。それに、もう人任せは嫌だ。他力本願に甘んじていたから、お嬢をあいつに奪われそうになったんだ」


「あいつ?」

「ナイトレイのことだ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ