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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第四章 恋人は脱獄犯

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二話 モブ扱いはもったいない

 裏口から続く廊下に視線を向けると、資料室の戸がわずかに開いていて、オレンジ色の明かりが細く伸びていた。隙間に目を当てて観察する。


 すると、議事録を納めた棚のまえに、眼鏡をかけた青年が立っていた。燭台を手にして調べ物をしているようだ。


 体つきはペンのように細い。

 銀フレームの眼鏡は知的で、腰元まで伸ばした髪は素直。

 書類に落とす視線は、真剣そのものである。


 せっかく忍び込んだのに残念だが、先客がいては情報を集めるのは難しい。

 諦めて帰ろうと思ったところ、ダークは「おや?」と、双子から手を離して戸を押し開けた。


「ビル・トレヴァーじゃないか!」

「わわわっ、ナイトレイ伯爵!?」


 青年――トレヴァーは、ぎょっとして燭台を放り投げた。火がついた蝋燭が宙を舞ったのを見て、私は小声で命じる。


「ダム、ディー。拾って!」


 双子は風より早く動いた。

 ダムが燭台を、ディーが蝋燭をキャッチして合体させる。幸いにも火種は消えずに残っていて、再び赤い炎を上げた。


「「どうぞ」」

「ありがとうございます。うっかり火事を起こしてしまうところでした!」


 燭台を受け取ったトレヴァーは、ダークをビクビクした様子で見上げた。


「こんな真夜中に、天使みたいなお子様を連れて何をなさっているんです。まさか三人で夜遊び――ししし、失礼。貴族は、夜会やら何やらで馬鹿騒ぎすると、小耳に挟んだことがあるだけなので、怒らないでくださいっ!」


 卑屈な話し方と、激しく怯える性格に、私はピンときた。


(この眼鏡男子、単なるモブじゃないわ)


 サラサラの長髪といい、無礼な敬語といい、しっかりキャラ立ちしている。

 もしかしたら、続編で追加された重要なヒントをくれる登場人物かもしれない。


 ダークは、廊下に残されていた私を呼んだ。


「おいで、アリス。怯えられているけれど、彼は俺の友人なんだ」

「こんばんは。私は、リデル男爵家のアリスと申します――」


 スカートをつまんで歩いて行くと、トレヴァーは書棚にさっと隠れてしまった。


「あの……どうされました?」

「すすす、すみません。僕は、女性がほんのちょっぴり苦手でしてっ!」

「ビル・トレヴァーは、女性の前だと緊張してしまうんだ。自己紹介は自分でできそうかな?」

「無理です、伯爵にお願いします!」


 雪山で遭難でもしているようにガタガタ震えるトレヴァーを、ダークは笑顔で紹介してくれた。


「アリス。彼は判事のビル・トレヴァー。有能なせいで、細かくて面倒な仕事を押しつけられている、可哀想な青年だ。法廷では別人のように堂々としているから、仕事ぶりは信頼できる」


「そんなに持ち上げないでください、おそれ多いっ! アリス様、ということは、あなたが、ナイトレイ伯爵の、こここ、婚約者様ですか!?」

「建前上はそういうことになります」


 私が返事を返すと、トレヴァーは「ひっ」と顔を赤らめて、書棚にぐぐぐっと頭を押しつけた。


 縦列に並べられた書棚には、上段に本やファイルが、下段の引き出しには書類がぎっちりと詰め込まれている。

 重量があるので倒れないと思うが、万が一トレヴァーが押し倒したら、資料室全体でドミノ倒しが起こる事態は避けられない。


 私の心配をよそに、ダークはトレヴァーをからかいにかかる。


「建前ではなく本音で想い合っているんだよ。夜の外出は、彼女のご家族から許可を得ているから安心してくれたまえ。彼女には強い護衛もついているから、俺が悪い気を起こしてもどうこうはできないさ。そうだよね、愛しい双子たち」


 ダークに微笑みかけられた双子は、両脇から私のスカートにしがみついた。


「「アリスは、ぼくらがまもる」」

「お二人が、アリス様の護衛なのですね……。お若いのにご立派です」


 トレヴァーは、ひざまずいて双子に笑いかけた。


 丈の黒いローブと斜めにかけた緋色の垂れ布が床にすれる。

 これは司法に携わる人間が身に着ける法服だ。


 実際の裁判官は、これにスカーフやガードル、頭にはカールのついた白いカツラを被るので、いささか滑稽なスタイルになるのだが、余分を省いたトレヴァーの格好は好感度が高い。


(乙女ゲームのキャラクターだもの。乙女受けは大事だわ)


 うんうんと頷く私の足下で、トレヴァーは穏やかに話しはじめる。


「改めまして、僕はビル・トレヴァーと申します。判事――裁判所で人を裁くお仕事をしております。お二人の名前を伺ってもよろしいですか?」


「ぼくはダム。アリスの右腕」

「ぼくはディー。アリスの左腕」


「ダムさん、ディーさんですね。真夜中ですが、眠くはありませんか? よければ休憩室でお茶でも淹れ――ぎゃっ!」


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