三話 かどわかしショータイム
私が動揺している間に、冴えないウエイターは美しい青年へと変貌してしまった。
高くてすらりとした体のてっぺんに、小さな頭がのっている。
形のよい唇やまっすぐな鼻のライン、ほっそりした顎は高貴な血筋にふさわしい優雅さをたたえていた。
なにより魅力的な切れ長の瞳は、サファイアのように深い青だ。
(夜の色だわ――)
見惚れる私に、彼はにこりと笑いかけてくる。
「主催者として、レディをつまらない気持ちのまま帰らせるわけにはいかない。どうやって君を喜ばせようか――」
指先で上を向かされた私は、目を丸くした。
「主催者って――まさか、あなたがナイトレイ伯爵なのっ!?」
ざわめく周囲の客の間から、先ほど青薔薇を渡してくれたおじいさんが現れた。
「ダーク様、こんなところにおられましたか!」
「じいや! どうだい、素晴らしい変装だったろう!!」
子どものように胸をはる伯爵に、おじいさん――じいやはにっこりと頷く。
「ええ、じつにお見事でございました。ですが、そろそろお顔を見せませんと、皆さま寂しがっておいでですよ。家令のわたしが『ダーク様はお着替え中』とお答えするのにも限度がございますから」
「そうか。では、正体がばれたところで、ご挨拶をすませよう!」
私から手を離した伯爵は、大きなリボン飾りが目立つ帽子をかぶり、衿の高いマントをひるがえして、手近なテーブルに飛びのった。
「お集まりのみなさま、ようこそナイトレイ伯爵邸へ! 私が、当代伯爵のダーク・アーランド・ナイトレイでございます」
よく通る声の演説に、客たちは拍手を送る。
伯爵から目を離せない私の耳元では、熱を持った血がドクンドクンとさわぐ。
(私、この人に、見覚えがある……)
彼の姿は、前世でよく見つめていた画面の中にいた。
つまり、ナイトレイ伯爵は『悪役アリスの恋人』のキャラクター。
脇役として登場していた《《謎の貴族》》だ――。
「今日は、大道芸人のほかに、東方より歴史ある曲芸雑技団を招いております。ここでは、みなさんはおしなべて観客です。紳士も婦人も令嬢も、そして従者のみなさまも、魔法の一夜をお楽しみください!」
伯爵が胸に手をあててお辞儀すると、吹き抜けの二階にある演奏席でドワンと銅鑼が鳴らされた。
それを合図に、ホールの四方からチャイナ風の衣装をきた踊り子が走り出てきた。
踊り子は一列にならび、エキゾチックな音楽に合わせて、竹ひごの先で皿を回したり、白いボールを体にはわしたりといった芸を見せる。
芸が続くかぎり列は途切れない。
列の向こう側にいたリーズと私は、完全に分断されてしまった。
「リーズ……!」
「そこで待ってて、お嬢!」
リーズは列のはしを目指して走り出した。
テーブルから下りた伯爵は、せいせいした顔で声をかけてくる。
「やはりすばらしい! そう思わないかい、レディ?」
「そ、そうですわね……」
気もそぞろの私を見て、伯爵は「ふむ」と顎に手をあてた。
「お気に召さないようだ。これは主催者として由々しき事態! じいや。あとは任せた!」
「ひゃっ」
私は、いきなり伯爵に横抱きにされた。
いわゆるお姫様だっこという体勢だ。
伯爵は、そのままホールを抜けて、屋敷のおくへ向かう。
(ど、どうしようっ!)
意気揚々《いきようよう》と進む伯爵は、浅黒い肌の従者があけた扉をくぐった。
中から漏れだした白い光に照らされて、私の目がくらんだ――。




