一話 お試しデートでかくれんぼ
暗闇を裂いて走る馬車の中で、ダークはおいおいと声を上げて泣いていた。
「アリスから逢いたいと言ってもらえるなんて。しかも夜中に、愛する双子を連れてきてくれるなんて。俺の心は歓喜しているよ!」
彼が涙をぬぐうたびに、フロックコートにあしらった黒百合の花が揺れる。
私が『できるだけシンプルな黒い服で』と指定したこともあり装飾は控えめだが、トップハットには大きなリボンとレースが多重に縫い止められている。
ダークの隣には、黒いセーラー服を着たダムが、向かいに座る私の隣には、同じ装いのディーがいて、ダークを物珍しそうに見つめている。
「アリス、なぐさめた方がいい?」
「アリス、殴っておさめた方がいい?」
「どちらも不要よ。ダーク、うるさいわ。そろそろ泣きやんで」
いい加減うんざりして頼むが、ダークは首を横に振った。
「無理だ。だって、これは『子どもと遊びに連れ出してみて、気に入ってくれるようだったら、家族になることを考えてみてもいいかな?』ってお試しデートだろう。安心してくれアリス。俺は双子とは切っても切れない仲良しだ。君と結婚したあかつきには、立派な父親になってみせるよ!」
「どうしてあなたは父親になりたがるのよ。勝手にうちの子を家族認定しないでって、いつも言っているでしょう!?」
私は、ハート型のポシェットから取り出した拳銃を、ダークの眉間に突きつけた。
「これ以上、不愉快な動きをしたら、馬車から叩き出しますからね」
「酷いな。俺だって、未だにロンドンから出られなくて困っているのに」
嘘泣きをやめたダークは、遠くにあるビックベンを眺めた。
「鏡の悪魔が何者なのかは分からないが、目的として考えられるのは二つ。一つは、ナイトレイ伯爵領を狙っている可能性だ。連絡を取ってみたが、土地も領民も収穫も天候も平穏だった。となると残るのは二つ目。鏡の悪魔は、俺自身を狙っている」
「ダークを?」
背筋がすうっと冷えた。
悪魔は手強い相手だ。ダークが相応の力を持っていても、数で来られたら一溜まりもないということは、襲撃にあった経験から分かっている。
「あなた、大丈夫なの。悪魔に襲われたりしていない?」
「今のところは、何の被害もないよ」
不安になる私の頭を、ダークはポンポンとなでた。
「心配してくれてありがとう、アリス。こんな状況だが、俺はアリスの近くで過ごせて幸せだよ。この点に関してだけは、鏡の悪魔に感謝している」
ダークが幸せそうに笑うから、私は照れくさくなってツンとそっぽを向いた。
「はた迷惑な悪魔だわ。早く見つけて懲らしめないと」
公文書館の手前で馬車を降りた私たちは、門が見える木立へと潜り込んだ。
黒い服のおかげで、木々が作った暗がりに紛れこめる。
なぜこんな風に隠れているのかというと、双子の烙印に宿った能力を使うためだ。
トゥイードルズ兄弟の異能は『かくれんぼ』といって、自分の姿を透明にすることができる。
この能力を使い、衛兵が守る公文書館に侵入して、新たな情報を得るのだ。
四人で円を描くように手を繋いでしゃがむ。
並びのせいで、私はダークと手を繋ぐことになった。さっきの発言もあって頬を膨らましていると、双子が首を傾けた。
「「どうしたの、アリス」」
「なんでもないわ。早く行きましょう」
私が合図をすると、ダムとディーは目を合わせてうなずき合った。
左右の頬にある泣き黒子が涙のように頬に伝って、柔らかそうな頬に広がり薔薇の花を描く。
静電気が走るような感覚に襲われて、ふわりと前髪が浮く。それをきっかけに、私たちの体は透き通っていった。繋いだ手を通して、足下に繁る草が見える。
双子の異能力をはじめて体験するダークは、驚いて手を離しそうになった。
「これは……」
「双子と離れてしまうと効果が消えるわ。手を繋いだまま移動するのよ」
「了解した。本当に不思議な力だね。二人とかくれんぼをするときは目を凝らして探さないといけないな」
手を繋いだまま歩き出した私たちは、林を抜けて裏門に近づいた。
銃剣を肩に当てた衛兵が門番を交代する隙をついて敷地に入る。
石造りの建物は堅牢そうに見えるが、歴史ある建造物は特有のほころびを抱えているものだ。
公文書館も例にもれず、立て付けの悪い窓がある。本来ならば、まっすぐそちらを目指すべきだったが、私の足は自然と裏口に向かってしまった。
(前世で何度も繰り返したから、癖になっているんだわ)
ゲームでは、裏口が錠前で閉じられているのを確認すると、建物の脇に回る選択肢が出るのだ。
華やかな彫刻が施された扉を確認すると、いつもとは様子が異なった。
(錠前がかかっていないわ)
あろうことか、裏口は施錠されていなかった。
ゲームの中ではあり得ない展開だ。
私は、衛兵がこちらを見ていないのを確かめてから、そうっと扉を開ける。
内部に人気はなかったので、四人で建物の中に滑りこみ、音を立てないように扉を締めて、ほっと一息つく。
「これで一安心ね。それにしても、どうして鍵が空いているのかしら?」




