五話 推しグッズを無断で作るな
「アリス様を愛し、アリス様を師と崇め、アリス様に死す、アリス様のファンクラブですわ! ロンドン中から隊員を募り、会費を元手に、アリス様のブロマイドやカレンダーを作って、部屋をアリス様で埋め尽くすのが当面の活動目標です」
「ひぇっ」
私の知らない場所で、ものすごく怖い団体が作られようとしていた。
助けを求めてダークを見ると「会費はいくらかな?」と乗り気である。
「ダーク。私で遊ぶのは止めてちょうだい。怒るわよ」
「もう怒っているじゃないか。それとも、愛を捧げるのは俺だけでいいという、いじらしいお願いかな。そういうことなら俺もやぶさかではないよ。ティエラ嬢が作ろうとしている親衛隊の牙城を崩すべく死力を尽くそう」
「わたくしと対決しようなんて怖い物知らずですわね、ナイトレイ伯爵様。アリス様を独占するなんて、このティエラ・ロックホームズが許さなくてよ。いざとなれば、ンドン中の男性を魅了して、伯爵邸へ抗議活動に向かわせますわ」
二人の間にバチバチと火花が散った。真ん中に立たされた私は頭を抱える。
どうして、こんな関係になった……?
「親衛隊も妄想も、たいがいにしてくださらない。ブロマイドやカレンダーを勝手に作られては困ります。私にだって肖像権はあるんですからね」
私たちの後ろでは、遊び足りない様子の護衛たちが無邪気に話し合っている。
「アリスのブロマイド、ほしい」
「アリスのカレンダー、ほしい」
「肖像画なら、ゴシュジン持っテル」
ヒスイの爆弾発言に、私は飛び上がった。
「ヒスイ殿、その肖像画について、詳しく教えてください」
「信じるカ、信じないカハ、あなたシダイ……」
怪談を語るような口調で明かされたのは、ダークが画家をやとって私の絵を描かせているという、驚愕の事実だった。
ダークを問い詰めると、領地に帰る際に、持っていく予定だったという。
「愛しい人と離れている間のなぐさみに、部屋に飾っておこうと思ってね。俺が考えるアリスの最高の笑顔を描いてもらったんだ。最高の完成度になったから心配してなくていい」
「完成度を心配しているんじゃありません。勝手に、私のグッズを製作しないでって言っているの。ヒスイ殿、ダム、ディー。これからナイトレイ伯爵邸へ行くわ。ダークが勝手に作った私の肖像画やもろもろを焼きにね!」
私が命じると、ヒスイは馬車の支度へ向かった。ダークは「本当に焼くのかい」ときょとんとしている。
どんなに可愛らしく振る舞っても無駄だ。私は本気なのだから。
「さすがはアリス様。悪役染みた強硬手段、かっこいいですわ!」
興奮しているティエラは、手を組み合わせてうっとりしている。私は、彼女の右手の薬指に、アクロスティックリングがはまっているのを見つけた。
「ティエラ様、それは……」
「わたくしのファンからの贈り物ですわ。いま流行している、宝石の頭文字でメッセージを作る指輪ですのよ。ペリドット、ルビー、エメラルド、トルマリンが二つ、イエローサファイヤで『PRETTY』ですって」
愛らしいティエラにはぴったりの言葉だ。仕事中も身につけているくらいだから、さぞ嬉しかったのだろうと思ったが、客ウケのためだという。
「これまでに同じメッセージの指輪を七ついただいたので、一つだけ残してあとは売り払いましたの。売ったお金は、衣装を仕立てる資金にしましたわ」
強い……!
人からの贈り物をあっさり売り払う度胸のない私は圧倒された。女性が一人で生きていくためには、ティエラくらいの厚かましさが必要なのかもしれない。
「七人から同じ指輪を贈られるなんて、珍しいこともあるものですね」
「被るだけ流行しているということですわ。大粒の宝石が買えない層にとって、こんなロマンティックな指輪はありませんもの。贈り主が一生懸命にメッセージを考えてくれたと思ったら、それだけで恋心が盛り上がるに違いありません。わたくしは、どこにでもあるような小粒の宝石にはときめきませんけれど。大きければ大きいほど、高価であれば高価なほど良いものに決まっています」
「そう……」
私は、アクロスティックリングを贈り贈られる恋人たちに思いを馳せた。
どんなメッセージなら自分の愛情が伝わるか、宝石図鑑を開いて考える時間さえも幸福に違いない。
ティエラは例外として、気持ちを込めて作られた指輪は、贈られた側を喜びで満たすだろう。
(ジャックには、それほどまでに想う相手がいるのね)
私は、ジャックの秘密に衝撃を受けていた。
彼がどんなメッセージを作ったかも考えたくなかった。
けれど、本当に彼を大切に想うのであれば、その恋を祝福するべきだ。
私が、乙女ゲームの主人公としてではなく、自分なりに考えた人生を歩もうとしているのと同じように、攻略対象キャラクターにだって、彼らの思う幸せを追い求める権利がある。
壊れた『ジャック』にも愛は宿るのだ。
それが寂しくて切ないとしても、わがままは言っていられない。
(親が子離れするように、私も推し離れしないと)
特別ステージの開演が近くなったので、ティエラは名残惜しそうに別れを告げて、アイスクリームスタンドへと戻っていった。
私は、気を取り直してダークを見る。
「さてと。ナイトレイ伯爵邸に向かいましょうか。貴方が描かせた私の肖像画、ぜんぶ見せてもらいますからね!」
その後、白亜の宮殿のごときナイトレイ伯爵邸の壁や、晩餐室、ダークの寝室など、至るところに飾られた自分の肖像画を見て、私は頭痛を覚えた。
ダークが泣いて懇願するので燃やすのはよしたが、額縁ごと撤去させるのに夜中までかかったのは言うまでもない。




