四話 転生ヒロインの親衛隊
路肩のアイスクリームスタンドで、淡いオレンジ色のツインテールを揺らした美少女が両手を振っていた。
ダイナー風のサーキュラードレスは丈が短めで、ヴィクトリア朝を土台にした世界観から逸脱している。
「ティエラ・ロックホームズだわ……」
ティエラと私は、前の事件で関わりがあった。
治安維持を訴えるキャンペーンガールとして活動していた彼女は、ダークの婚約者のように振る舞って令嬢たちにあることないこと吹き込み、私にさまざまな嫌がらせを行ったのだ。
結局、警察署長だった父親の悪事を明るみにしたり、彼女自身のスキャンダルを新聞に打ったりして、表舞台から退陣させたのだが……。
人気は下火になるどころか、熱気を増している。
集まった男性たちは、ティエラの一挙一動に反応して「ウオオオォー!」と雄叫びを上げた。
地下アイドルとファンの構図はそのままに、舞台をプレジャーガーデンズに移したらしい。
「ロンドンで一番おいしい『ひんやり甘~い☆ロンドンアイスクリーム』を食べていってね! このあとは、売り子のティエラが歌って踊る、特別ステージが開催されます。ブロマイド付きのアイスクリームは半ギニー。チケット付きのアイスクリームセットは一ギニーです! よろしくお願いしまーす!!」
売り方も変わっていない。
私は、推し活を邪魔しないように、息をとめて通り過ぎようとした。だが、ティエラの方から「待って!」と呼びとめられる。
観念して立ちどまると、たたたっと走ってきた彼女は、私とダークの前に立ち塞がった。
こんな距離では無視もできない。私は仕方なく相手を買ってでることにした。
「こんにちは、レディ・ロックホームズ。まさか、こんなところでお会いできるとは思っておりませんでした」
眠り姫事件からは私の異能で目覚めさせたが、お礼を聞く前に退室したので話すのは久しぶりだ。身がまえる私の手を、ティエラは両手でガチりと握りしめた。
「お会いしたかったわ、アリス様!」
「…………はい?」
大きな垂れ目をキラキラさせて見上げてくるティエラに、私は盛大に顔をしかめた。
私の記憶が確かならば、感動の再会をする仲ではないはずだ。それなのに、ティエラは感動しきりといった様子で、これまでの経緯を語り出した。
「わたくしが長い眠りから覚めたのは、アリス様のおかげだと聞いておりますわ。お父様のことがあって上流の方との繋がりは絶たれましたが、ずっとお礼が言いたかったのです。今のわたくしが元気に生きていられるのは、アリス様のおかげです。ありがとうございました!」
「感謝される覚えはありませんが……。令嬢達のまえであなたの過去を暴いたり、糾弾したりしましたし……」
ティエラが側に非が会ったとはいえ、私の行いは恨まれてもおかくないことだった。
さりげなく手を引き抜くが、ティエラの猛攻は止まらない。
「あれで目が覚めましたわ。わたくし、これからはお金持ちとの結婚のためではなくて、アリス様のような自立した強い女性を目指して生きていくことにしましたの。こうやって働いているのも、その一環ですわ!」
ティエラは、衣装を見せびらかすように一回転して見せた。
さすがアイドル要員。
そこにいるだけで空気が桃色に染まるような華がある。
「ベーカー街に一人暮らし用の部屋を借りて、このプレジャーガーデンズ付きのパフォーマーになりましたのよ。ここから、じわじわと上流階級に食い込んで、アリス様と繋ぎを作ろうと思っていましたけれど、その手間がはぶけましたわ。これで遠慮なく『アリス様親衛隊』としての活動を始められます!」
女性の一人暮らしと自活は、かなり先進的だ。
この国では女性の仕事はかなり限定的で、しかも結婚するまでの繋ぎという認識が強い。
地方からロンドンに流入する多くの女性は、労働先で有望な相手を見つけて家庭に入るという目標を持っている。
得意なアイドルパフォーマンスで身を立てようとするティエラを応援したい気持ちは山々だが、私は最後の言葉に引っかかりを覚えた。
「私の、親衛隊、とは……?」




