三話 贈り物のように
喉につかえていた疑問が、私の胸から噴き出してくる。
「リデル男爵家を恨んでいる人間は国中にいるわ。今まで断罪してきた犯罪の数だけ命を狙われる。私は、そういう一家の当主なのよ。護衛を連れないで外出なんかできないの。今日だってそうでしょう?」
今頃、城の周りをダムとディーが警戒しているはずだ。
二人は、ダークと私がプレジャーガーデンズを歩きまわる間、邪魔しない距離感を保って警護してくれていた。
「私は、いつも周りを注意しているわ。屋敷では、侵入者に対応できるように、真夜中でも誰かが起きて見張っているの。まかり間違って起動させたら、命を奪うような仕掛けが満載でも、安心できないのよ」
仕掛けの威力はダークも知っているはずだ。
あれだけの罠があっても惨劇は防げなかった。家族を失った苦い記憶は、生乾きの血のように私の内側にべったりと張り付いている。
「私との結婚は、普通のご令嬢を妻にするのとは大違いだわ。二度と熟睡できなくなるかもしれない。それでも私がいいの?」
「君がいい」
ダークの返答は早かった。そして、真摯でもあった。
「俺が結婚したいのは、この世界でただ一人、アリス・リデルだけだ」
そう言って、ダークは私のまえにひざまずき、胸に片手を当てた。
「俺の愛を差し上げます。受け取っていただけますか、レディ?」
芝居染みた物言いに、私は笑ってしまった。
「私の部屋は、あなたが持ってきた贈り物でいっぱいよ」
ロンドンから出られなくなる前から、ダークはリデル男爵邸をひんぱんに訪問していた。その際、必ず手土産を持ってくる。
私には手袋や日傘やアクセサリーを。
双子にはおもちゃや絵本を。
リーズには貴族サロンで知り合った相手の連絡先を。
ジャックには珍しい食器を。
気を使いすぎだと言ったら、今度はお菓子やその日のお茶会で使うものを持参するようになった。ヒスイを連れてくるのも双子が喜ぶからだ。
私を口説き落として終わりではなく、どうやったら家族に認めてもらえるのかを考えてくれている。
私が、リデル一家の未来について話せるのは、ダーク以外にいない。
「でも、お屋敷にはまだ空きがあるの。だから、愛も、もらってあげるわ」
私は、ダークの手を取った。彼の手は、意外にも少し震えていた。
「婚約のお申し出を正式にお受けします。けれど、結婚についてはもう少し考えさせてほしいの。このままナイトレイ伯爵家に嫁げば、リデル男爵家は断絶してしまうわ。家業を伯爵家に委譲して解決する話ではないの。唯一の血族である私が他家の人間として生きることは、歴史あるリデル一家への裏切りなのよ」
「それについては一度、話し合わなければならないと思っていた。できれば、爵位の継承に詳しい法曹の専門家を交えてね。幸い、そちらの人脈もあることにはある。俺と君の婚姻は女王陛下も祝福してくださるだろうし、時間をかけて考えていこう」
ダークが同意してくれたので、私はほっとした。
彼が恋愛に突っ走って、家も爵位も何もかも捨ててしまうような愚か者でなくて、本当に良かった。
二人で城から出ると、ダムとディーとヒスイが小川に足を入れて水遊びをしていた。
「見て。頼りになる護衛でしょう」
「そのようだ。いつでも共闘できるように、友好を育んでいるんだろうね。アリスは神経質になっているけれど、君の周囲には平和な時間もたくさんあると、彼らが証明してくれているよ。君は、他のご令嬢とさして変わりはないんだ。このところは、悪魔の影も形も見えないしね」
「そういえば、薔薇の悪魔が去ってから、低級の悪魔はまったく見ていないわ」
「別の悪魔が何とかしているからね」
ダークは、微笑みながら私の髪を撫でた。
「俺の大事なものを、低級には触れさせないよ」
「貴方が守ってくれていたわけね。道理で毎日のように訪ねてくると思ったわ」
屋敷に帰ったら、ダークから贈られた品物をよく見てみよう。
思わぬ形で三日月の烙印が入れられている可能性が高い。
(物に入れられた悪魔の紋章って、他の悪魔の進入を防ぐ以外に、どんな能力があるのかしら?)
盗聴や盗撮機能があったら庭で焼こうと決心しながら、私は三人に声をかけた。
「ダム、ディー、ヒスイ殿。そろそろ帰るわよ」
水をぬぐって靴を履かせ、またダークの元に戻る。
正面入り口に向かって遊歩道を歩いて行くと、軽食ゾーンの茶店に人だかりができている。つづけて聞こえてきた甘ったるい声に、嫌な予感がふつふつと沸き上がる。
「みんな、今日はわたくしのために集まってくれてありがとう!」




