二話 玻璃宮ガーデンワルツ
ダークは、私の手を取ってワルツのステップを踏み始めた。天井のガラスドームからさし込む陽光が、スポットライトのように私たちを照らしだす。
足を動かす私は緊張していた。踊れることには踊れるが、これまでの夜会ではたいてい壁の花になっていたので不慣れなのだ。
うっかりダークの足を踏まないように気をつける。
(左足、右足、後ろに、後ろに)
必死に付いていくと、ダークから「君のペースでいいよ」と囁かれた。
「俺が合わせるから。君がそうしたいなら、飛び跳ねても、回ってもいい」
「回る。いきなり難易度が高いわ」
「それほどでもないよ。やってみよう」
ダークが腕を持ち上げたので、私は自然につま先立ちになる。そのまま指先で手の平を返されると、体がクルリと一回転した。
スカートが鳥の羽のように円く広がる。体は重力から解き放たれたように軽く、オーケストラの演奏に合わせて踊っているような錯覚を起こした。
「上手だよ、アリス」
「上手なのは、あなたの誘導よ……」
抱き止められた私は、視線を上げて心を打たれた。
見下ろしてくるダークの視線が、あまりにも優しかったから。光を浴びてキラキラと輝く銀髪や青い瞳は夢のように美しく、悪魔というより王子様のようだ。
ダークはずっと、こんなにも綺麗な瞳で自分を見てくれていたのだ。
眠り姫事件を解決するために対立していたときも、切り裂きジャック事件に振り回されて醜態をさらしている今も、変わらずに。
いつもは、ときめく自分を認めたくなくて視線を逸らしてしまうけれど、今だけは見つめ合っていたかった。
ダークといると、私はただの少女になれる。
大英帝国の黒幕として生きると運命づけられた一家の当主ではなく、好きな人と手を取り合って踊るだけで、幸せな気持ちになる女の子でいられる。
踊っていたら、ジャックが連行されてから不安で張り詰めていた心が、少しずつ解されていった。
懸命だった足どりは軽くなり、二人の息が合っていく。
最後に三回転して目を回した私は、ダークの胸元に飛び込んで大笑いした。
「ふふ、楽しかったわ!」
「息抜きになったようだね。ここに誘った甲斐があった」
「出掛けてきたのは、私の息抜きのためだったの? てっきり婚約披露パーティーのための足場固めをするものだと思っていたわ」
目を丸くする私に、ダークは肩をすくめた。
「さすがの俺も、君のご家族が大変なときに、そんな真似はしないよ。切り裂きジャック事件が片付いて、お互いの未来を前向きに考えられるようになったら、改めて考えよう。そのときは君の理想も聞かせてほしい。二人の婚約披露パーティーなのに、俺ばかり話しているからね」
「…………私の希望は、」
闇に身を隠せる夜に、ひっそりと行えたらいいと思った。
警備が行き届いた安全な場所で、招待客は持ち物検査をクリアした最小限で、何が起きても対処できるように仕掛けと武器をあちらこちらに配置して――。
そこまで考えて、ああ、と膝から崩れ落ちそうになる。
(普通じゃないのは私の方だわ)
自分の異常性におののいた私は、そっとダークから離れる。
「アリス?」
「……ダーク、貴方は本当に私でいいの?」




