十一話 推しに秘密の恋人が!?
見上げると、ブラウンの外壁がお洒落な宝飾店がある。
立ち止まった私に気づいて、リーズも店構えを確かめた。
「お嬢、この店が気になるの?」
「ええ。シャロンデイル公爵……。事件現場でジャックを目撃したと証言している貴族が関わっているお店だと思うわ」
「へえ。見ていきましょうか」
リーズのエスコートで、私は店内に入った。
ガラスケースには、爪の先ほどの小さな宝石があしらわれたアクセサリーが並んでいる。お値段も手頃なので、労働者向けの店のようだ。
「お嬢が持っている宝石からすると玩具みたいでしょうけれど、労働者にとっては背伸びしないと買えない値段なのよ。安いなりに工夫して愛を伝えるのよね。これなんか、その筆頭だと思うわ」
リーズが指さしたのは、ルビーやサファイヤ、ダイヤ、エメラルドなど、複数の宝石が一列に埋め込まれた指輪だ。
宝石の頭文字をとって、渡す相手に伝えたいメッセージを作る、アクロスティックという手法がとられている。
前世で言うところの折句や縦読みだが、これはヴィクトリア朝期に流行った技法だ。『鏡の国のアリス』に出てくる詞の頭文字が、主人公『アリス』のモデルになった少女の名前になっていることで有名だろう。
見本として展示されている指輪は、ルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイヤモンドを横並びに配置して、その頭文字で、好意を示す『REGARD(尊敬)』という単語が作られている。
「素敵ねえ。こんなの買って渡されたら、アタシなら惚れちゃうわ」
目を輝かせてうっとりするリーズに、まとめ髪の店員が「お手伝いしましょうか」と声をかけてきた。私は、これ幸いと尋ねかえす。
「ここはシャロンデイル公爵のお店で間違いないですか?」
「ええ。公爵の人脈で、世界中から選りすぐりの宝石を集めていますの。大粒のものは一等地にある高級宝飾店の方に回すので、こちらはその残りで作られています。だからお値段が手頃なんですよ。あら?」
店員は、外で待っていたヒスイの執事服に目を留めた。
「あんな風に、服を着崩したお客様がいらしたんですよ。プロポーズ用のアクロスティックリングをご注文なさって、先日引き取りに来られましたの。どうしても、とおっしゃるので、真夜中に店を開けてお渡ししたんです」
「その客は、手に包帯を巻いていましたか?」
恐る恐る問いかける私に、店員はにこりと微笑む。
「ええ。何でも、不注意でお皿を割ってしまったのだとか。お知り合いですか?」
「……いいえ」
私は、それだけ言ってカウンターを離れた。
ジャックがどうしてイーストエンドまで来て、秘密のアルバイトをしていたか分かってしまった。プロポーズ用の指輪を買うためだ。
貸本屋から宝石辞典を借りていたのは、指輪に込めるメッセージを一人で考えるため。私に外出を秘密にしていたのも、私が渡したお金を使わなかったのも、そうだ。
ジャックには、『アリス』が及ばないかたちで尽くしたい『誰か』がいたのだ。
(最推しの熱愛発覚が、こんなにも心をえぐることだったなんて……)
ショックで目の前がチカチカする。雲の上を歩いているような、ふわふわした足どりで店を出ると、ヒスイが心配そうに支えてくれた。
「アリス、真っ青。ダイジョブ?」
「大丈夫ではありませんわ……」
私は、ヨークシャープディングを収めたお腹に手を当てて思う。
少しでいいから横になって、乙女ゲームの世界にでも逃避してしまいたい。




